もう誰もいないと思っていた・・・。 アンジェリークは父親を亡くし、天涯孤独となった。 多額の借金を返すために働いた末のことである。 そもそも人の良い彼女の父が、他人の借金の保証人になったところから、地獄が始まったのだ。 父の保険金では、利子によって膨らんだ莫大な借金は半分しか返せない。 ぎゅっと思い詰めたように唇を噛み締める。 私・・・、これからどうなるの? 「おい、おまえがアンジェリーク・コレットか?」 背筋が凍り付くような声が聞こえ、アンジェリークははっとして振り返った。 そこにはぞっとするような脂ぎった男が立っていた。 「なるほど、こいつは可愛い・・・。おまえには体で借金を返してもらうからな・・・」 「・・・い・・・やだ・・・」 何度も首を振りながら、泣きながら彼女は後退りする。 身の毛もよだつような嫌悪感が、全身を覆い尽くす。 手が延ばされ、覚悟をしたその時。 「やめろ。おまえにその権利はない」 感情は籠ってはいないけれども、低くてとても魅力的な声が響いて、少女は恐る恐る瞳を開いた。 そこには、黒髪の端麗な容姿の青年がいて、中年男を締め上げていた。 表情は変わらない。 「何をする!」 「もうおまえにはこの少女に対して何の権利も発生しない。不正な借金はちゃらだ」 「この若造が!」 男は悪態を吐き必死の抵抗をするが、青年は微動だにしない。 「このわしを何だと思っている!?」 「我が名はレウ゛ィアス・ラグナ・アルウ゛ィース。アルウ゛ィース財閥の総帥だ」 その名前にアンジェリークは息を飲む。アルウ゛ィース財団といえば、世界有数の大財閥である。 睨まれれば、この先生きては行けない。 「この少女は、アルウ゛ィース財団の指揮下にある」 彼が鋭いまなざしで男を睨みつけ、手を話すと、一目散で逃げて行く。 「すんませ〜ん!!」 誰もアルウ゛ィース財団を敵にしたいと思わないからである。 青年は、ふと黄金と翡翠の異色のまなざしを、アンジェリークに向ける。 「アンジェリークだな」 「はい・・・」 その魅惑的なまなざしに捕らえられて、アンジェリークは返事以外何も出来ない。 「おまえは頭がいいと聞いた。我の元でおまえは今日から俺と暮らす。片腕となるように、せいぜい勉強をしてもらう」 差し延べられた手。大きくだが繊細な手。 「よろしく、アンジェリーク」 「よろしく・・・」 その手をしっかりと握って、ふたりの生活は始まった---- --------------------------------- アンジェリークは、形こそは、”レウ゛ィアスに借金の形に貰われた”形だったが、実質的には、レウ゛ィアスはアンジェリークを、その頭脳に見合うように、名門校に通わせてくれていて、以前よりもよい状態ですらある。 彼女を使用人扱いしないように、手を回してくれていたりと、大切にしてくれてはいる。 彼女を無視する以外には---- 「ただいま」 「おかえりなさいまし、お嬢様」 家政婦のマリアの挨拶をくすぐったく思いながら、笑顔で答える。 「今日は私がスープを作ります」 「お願いします。お嬢様がお手伝い下さるようになってから、レウ゛ィアス様の食欲が上がりましたわ。お上手ですからね」 「私、節約メニューしか出来ないから」 恥ずかしそうに言うアンジェリークを、マリアは好ましく思っていた。 お嬢様の優しさが、レウ゛ィアス様の心を癒しているのですよ・・・ 褒め言葉も何もないけれども、レウ゛ィアスは黙ってアンジェリークの料理を平らげてくれる。 それだけでも、嬉しくて。 「レウ゛ィアスは何が好きなの?」 何を話しかけても、彼は黙っている。そして不機嫌そうに彼女を見るだけ。 そのまなざしが苦しくて、下を向いてしまう。 その静けさは心地好くもあり、同時に切ないのであった。 レウ゛ィアスは、どうして私なんか引き取ったんだろう・・・。 いつもうざったそうにしているのに・・・。 その日、アンジェリークが屋敷に戻ると、レウ゛ィアスが玄関先で待っていた。 「ただいま、レウ゛ィアス」 「アンジェリーク、パーティに行く、支度しろ」 いきなりそう言われても、アンジェリークは戸惑ってしまう。 「だって・・・、私・・・、そんなパーティに着てゆくような立派な服・・・、持ってないよ・・・・」 もじもじとして、少し暗くなる彼女に、レヴィ明日はきっぱりといった。 「服なら用意はしてある。部屋にはメイドがいる。さっさと支度をしろ」 異色の眼差しを向けられると、有無すら言える状態ではない。 「・・・・判りました・・・」 アンジェリークはとぼとぼと自分の部屋に向った。 シャワーを浴びた後、アンジェリークはメイドたちによって美しく飾り立てられた。 それは少し"着せ替え人形”のきらいすらある。 ま白いアンティークドールのようなドレスを着せ、髪は結い上げて、化粧もほんのりしている。 「まあ、美しいですわ・・・」 マリアが感嘆の声を上げて、アンジェリークに暫し見惚れる。 何だかとてもくすぐったい感触に、アンジェリークは頬を染めた。 「出来たか・・・」 低い声が聞こえてドアを注目すると、レヴィアスが入ってくる。 黒のタキシードに長身を包んだ彼は、目眩がするほど素敵で、アンジェリークは吸い込まれるように見惚れた。 なんてカッコいいんだろう・・・。 レヴィアス・・・・ 「ほら、行くぞ?」 手を突然取られて、アンジェリークは全身に電流が流れるような気がする。 「あ・・・」 思わず甘い声が漏れ、それはレヴィアスの心を揺さぶる。 なんて声を出す・・・。 このままだと我は・・・・。 思いを振りほどくように、彼は一瞬だけ目を閉じると、アンジェリークを見た。 「行こう」 「はい・・・」 アンジェリークは、そのままレヴィアスに手を引かれて、同じリムジンに乗り込む。 パーティーなんか・・・、急にどうしたのかしら・・・ ------------------------------------------------ パーティー会場は、超高級ホテルとして知られる、”ラッツ・カールトン”だった。 その場所だけでも、アンジェリークは気後れしてしまうというのに、パーティーにきている女性たちの絢爛豪華さに、さらに肩身の狭い思いをしてしまう。 しかも---- d苦心女性の誰もがレヴィアスをうっとりと見つめ、アンジェリークを敵視しているのである。 「あら、レヴィアスじゃないの・・・」 艶やかな声がして、アンジェリークが顔を上げると、そこには美しく艶やかな女性が立っていた。 綺麗な女性・・・・。 私とは違って、とても大人っぽい・・・。 私って、やっぱり場違いだな・・・。 アンジェリークはまだ気がついていなかった。 会場の男性が、彼女の美しさに見惚れていることを。 「ねえ、今夜は、ダンスをしたり、おしゃべりしたりしてくださるんでしょ?」 「ああ」 ちらりとレヴィアスはアンジェリークを見つめた。 「私は・・・、構いません・・・」 肩を落としながら、アンジェリークは小さく呟く。 「そう、だったら、行きましょう、レヴィアス・・・」 ねえ、レヴィアス! 行かないで・・・ 「ああ」 非情にもレヴィアスは女の腰に手を回し、そのまま向こうへといってしまった。 その後姿を見つめながら、アンジェリークは力なく壁にあるいすに向って歩き、そこに腰掛けた。 レヴィアス・・・ 胸の奥が痛くてたまらない。 目を開けていると、女とレヴィアスを目で追ってしまうから、そのままうつむいていた。 私なんかいないほうが良いのに・・・。 「大丈夫ですか? ご気分は!?」 顔を上げると、品の良い少年が、こちらを見ていた。 大丈夫です・・・」 「よかった! 僕はティムカと申します。一緒にお話しはいかがですか?」 少年の屈託のない明るさに、アンジェリークは心が癒される気がする。 「そうですね・・・」 「よかった!」 二人は椅子に座り、たわいのない話を始める。 それを、レヴィアスが酷く冷たい瞳で睨んでいた------ ------------------------------------------ パーティーもお開きになり、アンジェリークはレヴィアスとともに家路に着いていた。 レヴィアス・・・。 さっきから機嫌が悪い・・・・。 どうして・・・ 結局、レヴィアスは、家に着くまで機嫌が悪かった。 そのままアンジェリークを部屋まで送る。 今夜は部屋の前までではなく、彼女の部屋まで入ってくる。 「レヴィアス・・・・?」 彼は彼女の華奢な身体をいきなり抱き寄せると、離さない。 嫉妬の炎が彼の奥深く絡めれめれとも得出す。 「さっきの男は何だ!?」 余りもの激しさに、彼女は喘いだ。 「ただお話をしただけ・・・」 「嘘をつけ!!!」 気がついたのは遅かった。 アンジェリークはレヴィアスに乱暴に抱き上げられると、そのままベッドに投げられる。 「レヴィアス!?」 「どうせこうなる運命だったんだ・・・!!」 レヴィアスは突然、野獣のような眼差しを向け、彼女の華奢な身体の上に覆い被さる。 「いやああああっ!!!」 アンジェリークのドレスは、レヴィアスによって非情にも引き裂かれる。 どうして!? レヴィアスもしょせんは身体目当てだったの!? |