「俺はあいつがいい。政略結婚するんだったらな」 アリオスは、車の中から、ひとりの栗色の髪をした女子高生を指差した。 彼女は、並み居る彼の花嫁候補の中でも最も若く、そして愛らしかった。 「コレットレストランチェーンの娘ですか? あの会社は成り上がりで、家柄はよくありませんよ。その上、最近会社の経営も思わしくないですしね。大きさもうちの傘下のレストランチェーンより小さいです。何のメリットにもなりませんが」 困苦気味に秘書課長のエルンストは答え、横に座るアリオスを見る。 だが彼の決意は堅く、揺るぎない様子であった。 「俺はあいつを気にいった。それだけだ。コレット側には打診をしておけ。うちの系列の銀行が、融資を行うとな」 「畏まりました」 「俺はあいつを手に入れる」 アリオスはきっぱりと言い切り、車を発進させた。 何も知らない栗色の髪の娘は、立派な車が通り過ぎるのに気にも止めず、まっすぐ前を見つめていた ----------------------- 数日後、栗色の髪の少女----アンジェリーク・コレットは、父親から衝撃の事実を告げられた。 「結婚!? そんな・・・私まだ十七だし、考えたこともない・・・」 「家を助けるためだと思ってくれ、アンジェリーク!!」 父親が土下座をして、彼女に頭を垂れる。 普通の大衆食堂から、一代で財をなした気丈な父親の、初めて見せた弱々しい一面であった。 「お父さん・・・」 素直なまっすぐとした気性の彼女は、父親の表情を見て、全てを受け入れる覚悟をする。 「お父さん、私・・・、結婚します!」 「アンジェリーク、有り難う! 相手はアルウ゛ィース財閥の総帥のアリオス殿だ。きっとおまえは幸せになれる」 父親の本当に心からほっとした顔を見つめながら、アンジェリークは切ない思いを抱き締めていた。 見知らぬ人と結婚するなんて、ぴんとこないな・・・。 だけど、両親の苦しい顔をこれ以上見たくないもの・・・。二人が幸せなら、私が幸せだから・・・。 アンジェリークは、まだ見ぬ結婚相手に、深い不安を覚えながら、切なく苦しい思っていた。 翌日、アンジェリークは親友のレイチェルに逢い、結婚する旨を伝えた。 「嘘!? だってそんな話、時代錯誤もいいとこじゃない!」 レイチェルは言葉を失い、唖然としている。 「相手は!?」 「アルウ゛ィース財団のアリオス様」 「え〜!! あの財界の風雲児と呼ばれる、”銀の狼”!?」 レイチェルは、さらにあんぐりと口を開けている。 「知ってるの!?」 「そりゃあ! もの凄い財界じゃあ有名でね〜! 切れ者だしね!」 そこまで言うと、レイチェルは少し声のトーンを落とした。 「でもね、あの容姿の上、金持ちで、切れ者だから、モテるのよ。綺麗な人ばかりはべらせて、かなりのプレイボーイ!」 「おじさん?」 「28だよ!」 顔の知らない婚約者が以外に若く、凄い人物らしいことにびっくりする。 「どうして、そんなにモテるし、お金もあって、女性はよりどりみどりなのに・・・、どうして、事業の厳しいうちと結び付こうとするのかしら・・・」 アンジェリークは不思議に思いながら、小首を傾げた。 「うん・・・」 レイチェルは言葉を濁す。 アリオスってば、うちに来たとき、アンジェが遊びにきてるのをちらりと見てたのよね。一目惚れ!? あのアリオスが? レイチェルは、アンジェリークの困惑を尻目に、少しほくそえんでしまう。 あの冷徹な従兄殿がだね… ------------------------------------------------- 結婚式まで余り時間もなく、アンジェリークは慌しい日々を送った。 結納の日にも、夫になるはずのアリオスは、仕事が多忙のため表れることはなく、代理のエルンストがやって来て結納を交わした。 両親とアリオスは時間が空くと結婚式の打ち合わせに顔を合わせたりすることもあるようだが、アンジェリークとは、中々顔をあわす機会がなかった。 一度結婚するといった以上、私は後に引くことなんて出来ない…。 けれども、一度も逢うことがないなんて…。 封建社会の結婚ではないんだから…。 一度ぐらいちゃんと逢ってお話をしたいのに… アンジェリークは、夫になるアリオスに、かなりの不信感を感じながら、マリッジブルーに、毎日を暗く過ごしていた。 与えられるものは、総て最高級品で、アンジェリークはその無機質な行為に、さらに心を苦しくさせ、何度も、結婚自体を止めたいとすら感じる。 だが両親のことを思ったり、意外に、結婚の相談を聞いては続けさせようとするレイチェルに、結局は負けてしまって、そのまま結婚式当日へとなだれ込んでしまった。 正式なプロポーズもなく、また挨拶もないまま、父親から話を聞かされて3ヵ月後に、アンジェリークはウェディングドレスを身につけていた。 「綺麗だよ! アンジェ!!」 「有難う、レイチェル」 ニコリと微笑む彼女は、心から喜んでいるようには見えないが、その横顔は透明感に満ち溢れていて美しい。 「本当に綺麗だよ? 自信持って! じゃあ、後で!」 「うん…」 レイチェルは、ブライズメイドとして準備をしなければならないことも多く、挨拶だけをして、そそくさと控え室を出た。 そのドアが閉じられる音を聴きながら、アンジェリークは、さらに憂鬱な思いをする。 私はちゃんと、あんな大きな財閥の総帥の妻として、果たしてやっていくことができるんだろうか…? 力強いノックの音が部屋に響き、アンジェリークははっと身を固くした。 誰!? 聞き覚えのない、印象的なノックをする手。 「アンジェリーク、入るぞ?」 ドアの向こうから、とてつもなく魅力的な声が、聞こえてきて、アンジェリークの胸は甘い漣が立った。 なんて魅力的な声なんだろう… 「アンジェリーク?」 声を掛けられて、彼女は慌てて我に帰る。 「はい、今、開けます」 ドアを開けると、そこには、グレーの燕尾服姿の、長身の銀の髪をした青年が立っていた。 翡翠と黄金の瞳は、不思議だがとても魅力的で、隙のない立ち姿であった。 まさか… 「はじめましてだな。アリオスだ。アンジェリーク…」 フッと微笑を投げかけられて、アンジェリークは暫し見惚れずにはいられない。 この男性が…、私の旦那様!? |