SAVING ALL MY LOVE FOR YOU

〜すべてをあなたに〜

「ねえ、アンジェ、もうすぐヴァレンタインだしさ、もしよかったら、チョコ見に寄ってかない?」
 キツイ練習に耐えた後にもかかわらず、レイチェルの申し出がアンジェリークは嬉しかった。
 彼がチョコレートを沢山貰うことぐらいはわかっている。
 けれどもこの日は特別だから、、彼に想いを伝えたい。
 その想いが彼女の心の中で大きくこだましてゆく。
「レイチェル、私も行きたい」
 彼女は一も二もなく頷く。
「決まりだね! じゃあ寄っていこ?」
「うん!!」
 少女たちは、練習の疲れなどもろともせず、駅前のショッピングビルへと、胸を弾ませながら向かった。


 やはり、ヴァレンタインデー間近なことも有り、雑貨店はチョコレートを求めた若い女性たちで、ごった返していた。
「レイチェルはどんなチョコレートをあげるの?」
「あ、ワタシ? う〜ん、栄養補助食品のチョコ味。なまじ作るより、そっちの方が喜ぶからね!」
 少し照れくさそうだが、嬉しそうに、自信を持って彼を語るレイチェル。
 その顔は明るくきらきらと輝いている。
 そんな彼女を、アンジェリークは本当に綺麗だと思った。
「アンジェは…、アリオス先生に何をあげるの?」
 アリオス----
 突然、彼の名前を出されて、アンジェリークは頬を染める。
 彼は、彼女の密かな恋人。
 アンジェリークの深く静かな恋を知っているのは、尊敬する先輩である、彼女と同じ名前のアンジェリーク・リモージュ、ロザリア、そして親友のレイチェルだけ。
 彼女たちの優しい眼差しだけが、彼女の恋を祝福してくれていた。
 決して”日向の恋”ではないけれども、アンジェリークは充分に幸せだった。
「…うん…、手作りにしようかなって…、きっと、そっちのほうが喜んでくれると思うから・・」
 すこしはにかんで答える彼女は、コートの中とは別人で、少し内気な恋する少女に戻っている。
 そんな彼女が、レイチェルは一番好きだった。
「頑張りなよ? ワタシも一生懸命チョコ探してくるから。ねえ、レジで待ち合わせ? いい?」
 ウィンクしながら嬉しそうに答える彼女に、アンジェリークもふんわり微笑みながら頷いた。
「じゃあレイチェル、レジでね?」
「うん!」
 二人の恋する乙女たちは、夫々の目的に合わせた売り場へと向かった。
 アンジェリークは、手作りチョコレートの材料を、ひとつ、ひとつ吟味しながら決めてゆく。

 年に一度の大切な日だから、心を込めて作りたい…。
 アリオス…、あなたに喜んでもらいたいから…。
 いまは、ままならない私たちの恋だけれど、幸せだということをあなたに伝えたいから…

 ラッピングの材料も悩んだ末に決めて、アンジェリークがレジを終えると、レイチェルがその前で待っててくれた。
「遅〜い」
「ごめん!」
「悪いと思ったら、ワタシにもチョコ頂戴ね!」
 からりとレイチェルは笑いながら許してくれる。
 アンジェリークは、彼女のこういったところが大好きだった。
 戦利品を手にした少女たちは、幸せそうに家路へと向かう。
 夫々の愛する男性(ひと)の顔を思い浮かべながら---- 

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 ヴァレンタインデーの前日もハードな練習があり、それが終わった後、アンジェリークは家に飛んで帰った。
 もちろんチョコレートを作るためである。
 平日は、学校やテニス連盟の仕事などで彼が多忙なせいか、一緒に帰れないことがほとんどだった。
 いつもは寂しいが、今日だけは、それが都合よかった。
 夕食を手早く済ませ、彼女はキッチンの中に篭ってチョコレートを作り始めた。

 アリオス…、喜んでくれるかな…。
 クラスのコたちやクラブのコたちの多くが、アリオスにチョコレートを渡すって、言ってた…。
 義理のコもいるけど、本命のコたちもいるだろうな・・・

 彼女は凄く不安になってしまう。
 だが、気を取り直して、チョコレートを作りつづける。

 もっと自信を持たなきゃアンジェ、ファイト!!

 結局、彼女はハート型の大きなチョコレートひとつと、レイチェルやリモージュ、ロザリアのお世話になっている人の為に小ぶりのハート型のチョコレートをいくつか作った。
 小さなものには、"いつもありがとう”
 そして、アリオスのために作った大きな物には、”大好き!! アリオス”と、ホワイトチョコペンで描いた。
 それらを見て、彼女は満足げにふふと微笑んだ----  

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 いよいよヴァレンタインデー当日。
 朝から、少女たちはそわそわしていて、授業どころではなかった。
 もちろんデートを約束している少女たちはもちろんのこと、片思いの告白組もまたしかりである。
 アンジェリークもまた、朝から緊張していた。
 特に彼とは、デートの約束をしてはいなかったが、それは仕事が多忙だろうと、あえてこちらから訊かなかった。
 いつも気を遣いすぎるほどの優しさを彼女は持っていた。
 朝、SHRにやってきた彼をいつもよりも、意識して見つめてしまう。
 ぱっと、目が合っただけで、はにかんでしまった彼女が可愛くて、アリオスは愛しげに微笑む。
 その眼差しに気づいたのは、レイチェルだけだった。

 スモルニィには、暗黙の了解事項がある。
 教師にチョコレートを渡す場合、昼休みに渡す。
 もしお目当ての教師が所属クラブの顧問のときは、クラブ終了後。
 というものである。
 当然、アンジェリークが渡すタイミングは後者ということになる。
 彼の恋人は言え、隠している以上は、条件は同じなのだ。
 昼休み、アンジェリークは、アリオス目当てに数学準備室に向かうクラスメイトを尻目に、教室で悶々と過ごすことになった。
 正直言って、彼に他の少女たちがチョコレートを渡すだけでも嫌なのに、ましてや、彼が嬉しそうに受け取ったところを見れば堪えられなくなってしまう。

 私だけのチョコレートを受け取って欲しいっていうのは、やっぱり我儘なのかな…

「きゃ〜っ!! アリオス先生、笑いながら受け取ってくれたの〜!!」
 騒ぎながら入ってくる少女たちに、アンジェリークの心中は穏やかじゃない。
 だが、そこはグッと堪えて、何とか感情が表に出ないようにする。
 そんな彼女が痛々しく、レイチェルには映った。


 放課後、クラブがいつものように始まり、アンジェリークはいつものようにアリオスの特訓を受けていた。
 だが、昼休みのことが頭に引っかかり、彼女は今日に限って練習に身が入らなかった。
「どうした!! やる気がねえのか!!」
 いつものようにアリオスの罵声が飛んだが、いつもならすぐに向かっていける彼女なのに、今日は一向に立ち上がることが出来ない。
「コレット!! やる気がねえなら、今日の特訓は止めだ!! ったく、頭冷やして来い!!」
 いつもの彼女と様子が違うことに怪訝に思いつつも、アリオスは彼女に冷酷な言葉を突きつける。
 その言葉は、何時にも増して彼女の胸に深く突き刺さる。
 涙が溢れてくるが、それを俯いて必死に隠す。
「そこで反省でもしとけ…」
 低く呟くと、アリオスはコートから出て行ってしまった。
 彼が行ったことを見計らって、アンジェリークもコートから出、そのままふらふらと更衣室へと向かった----

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 そこで気がすむまで泣いた後、彼女は呼びに来たレイチェルに連れられて、何とか説得されて最後の挨拶だけやってきた。
 その姿があまりにも苦しげで、誰もが彼女に同情をする。

 いつもの埋め合わせを今日するために、おまえを驚かせる為に色々準備したのにな…。おまえはさせてくれないのか? アンジェ…

 挨拶の間もアンジェリークは決して顔を上げることはなく、礼が済むや否や、彼女は飛んで逃げてしまった。
 アリオスが声をかける間もなく素早くにである。
「アンジェ!」
 レイチェルがアンジェリークの後を追っかけてゆき、アリオスも追いかけようとしたが、出来なかった。
「先生!! チョコレートを受け取ってください!!」
 口々に言う、生徒の束のために。


「レイチェル…、ごめんね、大丈夫、一人で帰れるから…」
 二人っきりの更衣室。
 まだ誰も帰ってきてはいない。
「アンジェ…」
 気遣わしげにレイチェルはそっと彼女の肩を抱く。
「ダメよレイチェル、そんな顔しちゃ、ね? これからエルンストさんとデートでしょ? あ、これ、レイチェルにチョコレートね。先輩のはロッカーに入れておいたし…」
 励ましたのに、逆にアンジェリークに励まされてしまい、レイチェルの方が泣きたくなる。
「アンジェ…」
「ね、だから、元気出してね?」
「それじゃあ、反対だよ〜!!」
「そうね」
 二人はお互いに泣き笑いしながら、抱き合った----

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 結局、チョコレート、無駄になっちゃった…

 いつもアリオスと一緒に帰るときは、必ず寄る児童公園。
 今日は一人で、アンジェリークはブランコに乗っていた。
 膝の上に載せたチョコレートの包みを解いて、彼女は切なげにそれを見つめる。
「いいや、もったいないから食べちゃお!!」
 開き直って、チョコレートを口に運ぼうとしていたときだった。
「----食うなよ。それは俺んだろ?」
 よく響くテノールが聴こえ、彼女は思わず振り向いた。
 そこにいるのは、艶やかに深く微笑むアリオス。
「いいんです!! 先生はいっぱい食べるチョコレートがあるでしょ!」
 しゃくりあげながらも、彼女は精一杯の抵抗をして、むきになってチョコレートにかぶりつく。
「やめろ! 俺のだって言ってるだろ? それに二人っきりのときは"先生”じゃねえだろ?」
「え!?」
 息を飲んだときにはもう遅かった。
 彼に、簡単に手首を掴まれると、そのまま深く唇を奪われた。
「…うっ…!!」
 最初は少し抗っていた彼女も、彼の舌先で唇を舐められ、思わず、唇を開く。
 それの隙間から彼の舌は滑らかに侵入し、彼女の口腔内を余すことなく愛撫を続けた。
 いつの間にか、アンジェリークは彼の首に両手を巻きつけていた。
「あ…」
「上手かったぜ、アンジェ…」
 唇がようやく離され、彼の言葉に彼女は恥ずかしそうに俯く。
「残りも…、くれるんだろ?」
 力無く少女は頷くと、おずおずと彼に残りのチョコレートを差し出した。
 かろうじて、メッセージを彼は読み取ることが出来た。
 "大好き!! アリオス”
 本当に幸せそうに、彼はフッと暖かく微笑むと、そのまま彼女を抱きしめた。
「サンキュ! 今日は済まなかったな。あんなに怒っちまって…」
「----ううん。私が悪いの。お昼休みに、あなたにチョコレートをあげたって子の話聞いて、嫉妬しちゃったの…。それで練習が身入らなくなっちゃった…」
「アンジェ…」
 彼女の可愛らしい理由が愛しく思えてくる。
 以前の彼なら、そんなことを言うものなら、更に厳しい言葉が飛んでいたことだろう。
 だが目の前の天使がすべてを変えてしまった。
 彼女のためなら、優しくなれる。
 彼は抱きしめる腕に力を込める。
「私…、我儘だったの…、だって、私以外の女の子からチョコレートを受け取ってもらいたくないって、思ったから…。でも、あなたの恋人がいないって思ってる彼女たちの行為は、正統なのにね」
「----食うのはおまえのだけだ・…」
 再び彼の唇が降りてくる。
 今度は優しく甘いキス。
 何度も何度も、恋を囁くかのように口づけは繰り返された。
「----アンジェ、車が置いてあるから、今日は俺のところに来い? 最初からそのつもりで、昨日、色々な準備をしてた。おまえを驚かすためにな?」
「うん…行く!!!」
 彼に手を差し出されて、彼女はその手をしっかり握って立ち上がる。
「----冷たいな…、おまえの手」
「ずっと外にいたから…」
「だったら、ここに入って行けよ」
 アリオスは、そっと、コートを開いて彼女を招きいれた。
「ふふ、あったか〜い」
 彼女はそれこそ嬉しそうに歓声を上げる。
「家に行ったら、もっと、温めてやるよ」
 彼の艶やかな笑みを含んだ言葉に、少女はそれこそ真赤になって、俯いてしまった。
 二人はお互いの温もりを感じながら、月明かりに見守られて歩く。
「今年は最高のヴァレンタインだ、サンキュ」
「----私こそ…、嬉しかった…」
 秘めやかな恋かもしれない。
 だが、二人は、お互いに幸せであれば、そんなことは関係ないと、身をもって感じていた---- 

THE END


コメント
8888番のキリ番を踏まれたサリア様のリクエストで、「WHEN YOU SAY NOTHING AT ALL」設定のヴァレンタインです。
"障害のある恋"を成就させた後の“秘めたる恋”をテーマに、それ故に起こる誤解などを絡めて見ましたが、いかがでしょうか?
すみません。リクエスト通りっぽくならなかったかもしれません。
反省します。
タイトルはホイットニー・ヒューストンの初ナンバーワンソングから。
この曲のプロモ何故か“放送禁止”だったんですよね〜。
エッチシーンなんてなかったのに。