Rain


 雨がしとしとと降っていた。
「私もおまえと一緒ね…。一人ぼっちになっちゃった」
 震える声でアンジェリーくは呟き、黒い喪服の裾を握り締めた。

 もう家族なんかいない------
 事故が一瞬にして私の全てを奪ってしまった--------

 全身を雨で濡らしながら、アンジェリークは寂しげな瞳を、みかん箱の中で震える子猫に向ける。
「私にはもう誰もいないの…。
 一週間後には家を出て、働くことになると思うわ…。
 身よりもないし…、おまえと同じなの…」
 一生懸命勉強をして入った学校ではあるが、それも明日で退学届を出す。
「おまえを飼えたらいいのにね…。
 だったら、私も寂しくなくなるのに…」
 涙が流れてくる。

 アリオスのそばにもいられなくなる…。
 幼馴染の大好きな人…。

 そう思うだけで哀しくなる。
 幼い頃から大好きで、いつも後を追っていた大好きで堪らない男性。
 その彼ともあえないかと思うと、胸が張り裂けそうだった。
 雨なのか、自分の涙なのかわからなくなっていた。

 アンジェ…

 黒い喪服を着た銀の髪の青年が、ゆっくりとアンジェリークに近づいて行く。
「アンジェ、風邪を引く」
 すっと傘を差し出されて、アンジェリークは顔を見上げた。
「アリオス…」
「家に帰るぞ…」
 アリオスの顔をみればその切ない思いはさらに強くなり、アンジェリークは唇を噛締めて頭を振る。
「熱が出たら大変だろ?」
「・・・この子と一緒にいるの…。
 私たち、一人ぼっちだから…」
 アンジェリークは屈みこむと、子猫を抱き上げる。
 ぎゅっと抱きしめると、とても優しい温かさだった。
「この子…、私と同じなの…。
 ここで一緒にずっといるの…」
「アンジェ…」
 アリオスは切なげに微笑むと、アンジェリークの腕の中で震えている子猫を見た。
「------この街を出るまで、このこと暮らすわ…」
 声を震わせながら彼女は呟き、子猫の頭を撫でる。
 子猫は本当に気持ちよさそうに喉を鳴らして目を閉じている。
「家に帰っても、もう誰もいないから、このこと一緒に暮らすわ」
 雨から守るように抱くと、アンジェリークは静かに歩き出した。
「一週間の間にこの子の貰い手を一生懸命さがすね」
 優しい眼差しで目を細めて、アンジェリークは子猫を必死になって雨から守る。
「こら、傘の中に入れ。頑固だなおまえも。
 熱が出て風邪をひいちまうだろ」
「もう心配してくれる人ないいていないもの」
 頑なに言うと、アンジェリークは家に向かって歩き出す。
「しょうがねえな・・・」
 いつものように口は悪いけれども、アリオスは、肝心のところでは優しくて。
 そこがアンジェリークが彼を好きな理由の一つ。
 アリオスは喪服のジャケットを脱ぐと、それをアンジェリークの肩にかけてやった。
「あ…」
 フワリ------
 男物のジャケットはアリオスの香りが染み付いていて、とても胸の奥が甘く苦しくなる。
 アンジェリークは感極まり、声を震わせ礼を述べた。
「-------有難う…。
 この街を出てもアリオスのこと忘れない」
「アンジェ…、こいつ…」
 アリオスは指先をそっと猫に伸ばす。
「俺が面倒を見るってのはどうだ?」

 アリオス…!!!

 面倒を見てもらうのにこれほどの相手もいない。
 アンジェリークは嬉しかった。
 心から嬉しかった。
 体中に安堵感と喜びが駆け巡る。
「よかった…!!!! 有難う!!!!! 凄い嬉しいわ!!!」
 アンジェリークは心から言うと、アリオスに上目遣いで視線を送る。
「ねえ、アリオス、この子に逢いに、たまに遊びに着ていい?」
 純粋なアンジェリークの言葉。
 アリオスはフッと笑うと、アンジェリークを真摯に見つめる。
「------たまにか…。それは困るな」
「え…」
 たちまちアンジェリークの表情は曇り、落胆の余りがっくりと肩を落とした。

 やっぱり私のことなんて…

 次の瞬間、強く抱きしめられていた。
「あっ…」
「たまに何て言うな?
 -------おれはおまえごと子猫を拾うんだからな?」
 最初は意味がわからなかった。
 だが-------
「ここにいていいの?」
「ああ。
 俺のそばにいろ。おまえはこれから、俺と一緒に暮らす。
 子猫と一緒にな。
 どこにも行かせない」
 喜びをどう表現していいか判らない。
 体がふるえ、今度は、嬉しいのに涙が出てくる。
 アンジェリークはたった一言に精一杯の思いを込めて呟いた。
「アリオス…!!!!!!!」

 先ほどまではとても冷たかった雨。
 だが今はなんと温かいのだろうと思う。
 自然と2人は唇を重ねあい、顔を見合わせて笑いあった。
「ねえ、アリオス、今のはプロポーズ?」
 アリオスは優しい微笑を浮かべると、アンジェリークに聴こえるように耳打ちをする
 次の瞬間、彼女の表情が一気に晴れ上がったのは言うまでもない------ 

     
コメント

職場に今、かわいそうな野良猫がいまして、それをモチーフにこの作品は完成しました。
こういったときに頼りになるのがアリオスさんかな〜と、
そう思いながら書きましたです。
この2人のその後はもちろん幸せ・・・

モドル