PLEASE PLEASE ME

「え…、もう…、ちょっと」
 食器棚の上にあるトレーが取りたくて、アンジェリークは必死になって背伸びをする。
 小さく華奢な彼女には、一番上にあるトレーに届くはずもなく。
 彼のために用意した大量のサンドウィッチを綺麗に飾るために、どうしてもそのトレーを使いたかった。
 いつもは執務に追われ、少しも彼を構ってあげることは出来ないから、せめて日の曜日だけは、恋人らしく何かをしてあげたい。
 そんな気持ちから、アンジェリークは日の曜日は彼のためだけに過ごす。
 もちろん、それが、彼女にとってこの上なく幸福なのは間違いない。
「おい、取ってやるよ」
 さりげなく彼女の横に現れたアリオスがすっと手を伸ばして、トレーを取ろうとした。
 が、しかし----
 次に響いたのはごんと言うに鈍い音。
「アリオス〜!!」
 驚いて、アンジェリークは悲鳴を上げ、彼に駆け寄る。
 先ほど響いた鈍い音の正体は、彼が手を滑らせ、トレーが彼の頭に落下したからであった。
 トレーは純銀製。当たると、石頭であろうと…痛い。
 頭を抱えしゃがみ込むアリオスに、アンジェリークも同じようにしゃがみこみ彼を覗き込む。
「アリオス、大丈夫!? ね、頭痛くない? 記憶は大丈夫?」
 慌てた彼女が頭を優しく包み込もうとすると、急に彼女の胸に彼が頭を埋める。
「きゃっ!! アリオス、ふざけないで…」
「柔らかい…」
「え…!?」
 息を飲む間もなく、いつもの官能的な手つきではなく、まるで幼子が母親の胸を弄るかのように、柔らかく彼女の胸に触れる。
「あ…アリオス…?」
 彼の仕草はまるで子供そのものだった。
「大好きだ…、アンジェ」
 その言葉もアンジェリークは怪訝に思う。
 声自体も、優しい声で、いつものように甘い艶やかさはない。
 アリオスは、常に"愛してる”と甘く囁き、"大好きだ”とは決して言わない。
 それどころか、"大好き"だと言う彼女を、"お子様”と言って窘めるぐらいなのだ。
「アンジェ、お腹すいた・・・」
 胸から顔をゆっくりと離すと、潤んだ黄金と翡翠の瞳を縋るようにアンジェリークに向けた。
「え…、お腹すいたの?」
「ああ」
 いつもなら狼のような艶やかな視線を彼女に向けるのに、今はまるで子犬のような頼りげのない視線を向けている。

 頭を打ったショックで、ひょっとして幼児帰り!? 

 彼女は一瞬、探るように彼を見る。

 でも、かわいい〜!!

 不謹慎だと思ったが、アンジェリークはアリオスを心から可愛いと思った。
「ね、じゃあ立って、お昼、出来てるから一緒に食べましょう?」
「ああ」
 彼を支えて立ち上がらせ、ダイニングまで連れてゆき、席へと座らせる。
「待ってて、すぐに準備をするからね」
 キッチンへと戻ろうとして、彼女は彼にエプロンの裾を持たれて、先にいけないことに気がついた。
「アリオス?」
「行くなよアンジェ、俺の傍にいてくれ」
 拗ねる子供のように彼に見つめられると、何故だか胸がときめく。
 彼が可愛くて仕方がなく、アンジェリークの表情にも穏やかな笑顔が広がる。
「じゃあ、一緒に来て、サンドウィッチを運ぶお手伝いをしてくれる?」
 コクリと頷く彼が、またもや可愛くてアンジェリークの頬は緩みっぱなしだった。
 キッチンに行き、アンジェリークがサンドウィッチを皿に移している間も、アリオスは彼女にくっついて離れない。
 どこに行くにも、彼女の後ろを、とっとと着いて行く。

 ひょっとしたらアリオスは、皇族なんかに生まれなくて、普通の家庭に生まれていれば、こうだったかもしれない。
 可愛い、男の子だったんだろうな…

 子供のようにまとわりついてくる彼が、ひどく愛しく感じる。
 いつもは、大きく広い心で彼女をしっかり支え、守ってくれるけれども、こういった彼も魅力的だとアンジェリークは思った。
 そう思うと、自然と、ふふっと笑顔が浮かんでしまう。

 不謹慎だけど、今日、彼が頭を打った事に感謝かな?

「アンジェ、まだ?」
 今度は体をぴったりとつけられ、甘えるように背後から抱きしめられる。
 耳元に息がかかり、頭を打ったショックで幼児帰りしている彼とは思えない、艶やかさがそこにある。
 電流が全身を駆け抜け、体の奥深くから甘い疼きが押し寄せた。
「も、もうちょっと…、待ってね?」
「ああ」
 言っている間も、アリオスは彼女の耳を甘噛みする。
「やん…」
「ごはん、食べさせてくれ…」
 くらくらするような甘い旋律の海に彼女は体を僅かに震わせながら、何とかサンドウィッチを皿に並べることが出来た。
「アリオス、出来たわよ」
「ああ、運ぶの手伝う」
 彼は皿を受け取ると、再び彼女にくっついてダイニングへと向かった。


 ダイニングテーブルに着くなり、アリオスは、潤んだ視線を彼女に向ける。
 それはまるで小動物のようだ。
「アンジェ、食べさせてくれ」
「えっ!?」
 余りにもの甘い行為の申し出に、アンジェリークは頬を赤らめ、恥ずかしそうにする。
「いやか?」
 アリオスがいつもは見せない視線で見つめられると、彼女は頷くことしか出来い。
「はい、あ〜ん」
 アンジェリークにサンドウィッチを口まで運ばれ、アリオスは嬉しそうに食べる。
 その表情が堪らなく素敵で、アンジェリークの母性本能はまたもやくすぐられるのであった 

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「お腹いっぱい。眠くなってきたな。アンジェ、昼寝してーよ」
「え? 昼寝?」
 いつものようにこの後待ち受けている誘惑のことを思うと、アンジェリークは頬を赤らめる。
「ベットに行くから、寝るまで傍にいてくれよ?」
 いつもなら、彼に抱き上げられるのだが、今日の彼は彼女の手を取る。
 何だかそれが物足りないような気がして、アンジェリークは軽く落胆の溜め息を吐いた。
「どうかしたか?」
「ううん、なんでもない。いいわ、ベットね、傍にいてあげる」
 勤めて彼女は明るくいい、落胆の表情を隠した。
 二人は、そのまま手を繋いで、寝室へと向かった。

 子供っぽいアリオスもいいけど、やっぱり甘えたくなっちゃうな…、私…



 特にアンジェリークに手を出すこともなく、アリオスはあっさりとベットの中にもぐりこんだ。

 キスぐらいして欲しい…

「お休みのキス…」
「あ、うん」
 子供っぽい彼に囁かれて、彼女は頬を赤らめながら彼の頬に優しくキスをした。
「お休み、アンジェ」
「お休み、アリオス」
 彼女の手を握り締めたまま、彼はゆっくりと目を閉じた。
 彼女は、ふふと笑いながらも、いつもの情熱的な彼が懐かしくなってしまう。
「目が覚めたら、いつものあなたに戻っていてね…、たまだったら、子供っぽいあなたもいいけれど…」
「そうか? だったら、いつも通りにするぜ?」
「きゃっ!!」
 突然、掴まれていた腕に力を込められ、気がついたときには、彼の腕の中に閉じ込められていた。
「アリオス〜」
 彼が総てを気づいていたのかと思うと、恥ずかしくて、彼女は全身を赤らめる。
「もう!! バカ!! バカ !! わざとあんな事して!!」
 彼女は彼の胸を叩きながら、必死に抗議をするものの、すぐに情熱的に唇を塞がれてしまう。
「…う…ん!!」
 いつものように激しく唇を貪られ、離されたときには、頭がぼんやりとしていた。
「おまえが、あんまり可愛く笑うもんだから、ついついからかいたくなった」
「も…バカ…」
 はにかむ彼女を、アリオスはいとも簡単に組み敷くと、唇をその首筋へと当てる。
「たまにはいいだろ? ああいう俺も?」
「もう、知らない!!」
 拗ねてしまった彼女を、彼はその唇の動きで官能的に宥める。
「今度は、"大人な俺”を感じさせてやるよ?」
 低くくぐもった声で囁きながら、情熱的に彼女の体を弄る。
「あ…、アリオス…」
 抗議しようにも、彼女の口からは甘いと息しか、最早出すことは出来ない。
 だが、心の奥では、嬉しく思っていた。

 たまには、こういうアリオスもいいかも…    


コメント
chatでリクエストしてくださった甲和様に捧げる「幼児化したアリオス」です。
甥が2,3歳の頃のことを思い出しながら書いてみましたが、いかがでしょうか?
何だかかなりSWEETになりましたが、お好きだと言うことなので、これで許してください(笑)
このときご一緒にchatをしてくださいました「…」様のご意見も参考にさせていただきました。
有難うございました!!