ONE FINEDAY


「ねえ、アリオス、そのチョーカーとっても素敵ね? どうしたの?」
 アリオスの頸にかかる硬質でクールなデザインのチョーカーを、アンジェリークは憬れの眼差しで捉える。
 結局は彼によく似合っているから素敵と思うだけで、彼が身に付けていなければ意味がないことぐらい、彼女にはよく判っていた。
「ああ、これか? アンティーク市で俺の好みの鎖と石の台を買って、持ってた石を使って加工した。この世界にひとつしかねえ一品だ」
 軽くチョーカーを持ち上げ、僅かに口角を上げて微笑む。
 再会した頃は、彼は中々笑ってはくれなかった。
 それが今は、あの頃と同じような微笑を頻繁に見せてくれるようになった。
 いや、あの頃よりも更に屈託のない微笑が、そこにある。
 それが、今の彼女には、何よりも嬉しく、幸せに思う。
 ついついうっとりと、彼の微笑を見てしまう。
「アンジェ?」
 低く、ぶきらぼうだけれども、優しい彼の声に、彼女ははっと自分を取り戻す。
「…チョーカー、アリオスに似合ってて、とってもすてきね」
「サンキュ。俺、こういうゴツゴツとしたヤツ結構好きなんだ」
 黄金と翡翠の瞳が少し照れくさそうに輝き、それに彼女は魅了されずにはいられない。
「ホント、とっても素敵」
 僅かに俯き、少し照れたように呟く、初々しい彼女が、彼は愛しくて堪らなかった。
 だがらこそ、可愛さの余り彼女をからかいたくもなる。
 ある考えがアリオスの脳裏によぎり、彼はニヤリと良くない微笑を浮かべた。
「そう言うんだったら…、ふん…俺の首に手を回して、自分の手で外せるか? それなら貸してやってもイイゼ? ----但し、俺は立ったままな?」
 抗えないほどの魅力的で、そして意地悪な微笑みと言葉は、瞬時に彼女の顔を赤らめさせる。
「なっ…、それって、抱きつくのと同じじゃない!!」
 顔を赤くしながら、拗ねる彼女が可愛くて、その表情が見たくて、彼は意地悪にも拍車がかかる。
「できないのか? それじゃ、貸せねぇな。残念でした」
 挑戦的にアリオスは眉を上げると、クッと咽喉を鳴らして満足げに笑う。まるでそれは"好きだから苛める"という、子供ならではの行為のよう。実際に彼はそうなのだが。
「いいもん!! やるから!!」
 彼の甘い意地悪に、すっかりご機嫌を悪くしてしまった彼のお姫様は、頬を膨らませながら、上目遣いで恨めしそうに彼を見た。
 それはまた、彼の心の琴線に触れて、すっかり彼女の表情に虜になってしまう。
 大体負けず嫌いの彼女にこう言えば、こうなることぐらい彼にはお見通しなのだ。
「やってみろよ?」
 彼女をあおるように言いながらも、彼の表情から笑みが消えることはない。

 コイツといると…、心が満ち足りてくる・・・。

 こんなことは今までなかったと、アリオスは心の底から思っていた。
「やる!!」
 覚悟を決めたように頷くと、アンジェリークは彼の頸にそっと手を伸ばした。
 大体187センチの長身の彼に対して、彼女は162センチ。
 少し背伸びをしないと到底届かない。
「え…と…」
 アリオスの頸に手を伸ばすと、アンジェリークの身体は自然と彼の身体にピタリと密着する。
 彼の身体の温かさと、鼻腔を擽る懐かしくも心を乱す彼の香りが、彼女の胸の鼓動を早くさせる。
 ようやくチョーカーの留め金部分二手が届いたが、余りにも甘美な行為に指先が震えてしまい、上手く外せない。
「うん…と…」
「頑張れよ、チビ?」
 笑いながらアリオスは言ったが、彼の理性も、半ば飛んでゆきそうだったことは否定できない。
 彼女が動く度に、その柔らかな胸が彼の精悍な胸をかすり、彼の心を乱す。
 なんとか、アリオスは踏みとどまって、理性にしがみ付く。
「ほら…、もう少しだぜ? チビ!!」
「そ、そりゃあ、アリオスに比べたら背は低いかもしれないけど、女の子では普通なの! あんまり、チビ、チビ、って言わないでよ」
 憤慨しながら、それでも彼女はチョーカーの留め金を外そうとする。
 こうなったら、もう意地だ。
「そうか? そりゃあ、身長は標準かもしれねえが、身体はまるっきり棒っきれみたいじゃねえか」
「えっ!?」
 彼女が息を飲んだときにはもう遅く、彼に軽々と抱きかかえられていた。
「アリオス〜…」
 それこそ、林檎のように彼女は顔を赤らめて、彼の視線から顔を逸らそうとする。
「これで、同じ視線だな、アンジェ・・・。体は羽根よりも軽いくせに、出ているところは、ちゃんと成長してるんだな?」
 からかうように微笑む彼だが、その不思議な瞳の奥には艶やかな欲望が渦巻いている。
「もう…、アリオスのバカ…、知らない!!」
 拗ねるように言ったかと思うと、彼女はすっとチョーカーの留め金を外した。
「やった…、外れた!!!」
 嬉しそうな声を上げると、今度はアンジェリークが自慢げに外したチョーカーを彼の目の前に揺らした。
「ふふ、私の勝ち〜」
 楽しげに笑う彼女は、純粋で、温かい。
 その笑顔に完全にノックアウトされてしまったアリオスは、フッと優しげに目を細めながら微笑んだ。
 その笑顔に、アンジェリークはとろけそうになる。
「約束だからな。貸してやるよ」
「ホント!?」
 彼女の紺碧の瞳は明るく輝き、彼女はさも嬉しそうにチョーカーを頬に当てる。
「----あのね、アリオス…」
「・・・ん・・・?」
 探るような声で、恥ずかしそうに俯いて離す彼女に、甘さの含んだ包み込むような眼差しを彼女に送った。
「私ね…、このチョーカー今度逢うときまで身につけて大事にするから、アリオスも私のピンクのハートのチョーカーをその日まで持ってて欲しいの…」
 少女らしい願いに、彼も深い笑みで答える。
「ああ、いいぜ? じゃあ、交換な?」
「うん」
 彼女は、勝手知ったる自分のチョーカーを手早く外すと、彼に手渡した。
 まるで彼にそうされたように彼女は感じ、胸の鼓動が早くなる。
「サンキュ。俺もそれまでは大事にする」
 受け取ったチョーカーを彼は軽く口づける。
「次はおまえだな?」
「え?」
 彼女の瞳が期待の中で閉じられ、彼の唇が彼女の唇に近付く----
 太陽の柔らかに光が彼らを黄金に照らし、さわやかな風が彼らを包み込む。
「----愛してる…」
 聴こえるか、聴こえないか判らないぐらいの、小さく低い声で、アリオスはアンジェリークに囁くと、甘い口づけを降ろして行く----
 恋人たちの甘い午後は、まさに始まったばかりだった----        

THE END


コメント
誰もが考える話第二弾(笑)
「チョーカー」のお話です。実はこの話の冒頭に出てくる「宝石」は、私が今書こうとしている、SIDEの連載に出てくるもので、アンジェにとっては意味のあるものです。
詳しいことはこれ以上言えませんが、tink版妄想「ジェムストーリー」です(笑)
ところで、今凄く気になっていることがあります。
それは、アンジェがエレミアを育成している間、アリオスは何をしていたということです。
私の妄想SIDEとして、「実はアリオスは、陰ではアンジェリークを守る"親衛隊”みたいなボディガード集団に属していて、知らないところで彼女を守る任についている。彼女は女王なわけだから、当然そういった組織もあるはずです。だから、夜は主に彼女のみを守るために、宮殿の周りを警備しているから逢えない。火と木に逢えるのは、その日がたまたまローテーションで夜からの勤務だから」と勝手に考えてます。そのうち書くと思います。
楽しみにせずに、待っててください(笑)