3月14に日---- この日は、スモルニィ学院は学年の終業式を迎える。 アンジェリークも今度はいよいよ三年で、受験とクラブに忙しいところだ。 そして、恋も---- 彼女の恋のお相手は、所属クラブであるテニス部の顧問でコーチであり、担任のアリオス。 独身で、どこかクールなカッコよさがある彼は、女子生徒に絶大な人気を持っている。 当然恋人であるアンジェリークは気が気でなかったが、とうの彼は、あまり気にしていない様子だった。 終業式も済み、担任のアリオスは、チョコレートを貰った生徒たちには、平等に小さな袋に入ったクッキーを渡した。 「コレット。ほらおまえのだ」 一瞬、アンジェリークは、探るようにアリオスの顔を見た。 「チョコレートのお返しだ。食えよ?」 「あ、はい…」 みんなと同じお返し。 それがアンジェリークを落胆させてしまう。 「そうそう。俺が来るまで、ちゃんと練習しとけよ? おまえももうチームの中心なんだからな」 「はい・・・」 職員室へと消える彼を見送りながら、彼女はがっくりと肩を落として教室に戻った。 教室には、アリオスから、例え小さくてもお返しがもらえたと、喜んでいるクラスメイトたちがたくさんいる。 私、やっぱり贅沢になっちゃったのかな・・・ 彼女はそっと包みを掲げて見つめ、大きな溜め息をつくと、そっとかばんの中にそれをしまった。 今日は特別な日だからと、さりげなく言っておいたけど、結局、特にデートの約束だってしてないし、私やっぱり・・・、アリオスにとっては”都合のいい女の子”なのかな・・・ 「アンジェ!」 いつも元気のいい友人が、声をかけてきたので、彼女はそっと顔を上げた。 「レイチェル・・・」 「どうしたの? しけた顔しちゃって?」 「・・・うん・・・」 勢いのないアンジェリークを見て、レイチェルはすぐさま、何があったかを判断する。 「また、アリオス先生そっけなかったの?」 「何でもない。大丈夫だから、ね?」 力無く微笑む彼女に、レイチェルは気遣わしげに眉根を寄せた。 「ね、レイチェル練習行こう! 今日は四時までだから、早く帰れるしね?」 「うん、そうね」 二人は気を取り直して、テニスコートへと急いだ。 ------------------------------------ アリオスが、テニスコートに現れたのは、基礎体力作りの為のトレーニングをたっぷり一時間ほどこなした時だった。 「今日はペアを組んでの練習だ。コレットは俺と組む。以上」 もうテニス部員にとって離れてしまったこと。 アンジェリークにつきっきりで、アリオスが指導することは。 アリオスのお蔭で一躍トップジュニア入りをした彼女は、この春から正式に彼が専属コーチとなる。 そのせいか、もう誰も陰口を叩くものはいない。 「お願いします!!」 「よし!」 アリオスのアンジェリークへの特訓が、今日も開始された。 前のヴァレンタインのときは、感情が出てしまって戸惑ったけど、今日はそれがないように頑張ろう・・・ 彼女は決意を秘めて、アリオスが放つ速いボールに食らいついていった---- ----------------------------------------- 四時になり、練習も無事に済んだ。 今度は部員の中で、アリオスにチョコレートを上げた者たちが呼ばれ、アンジェリークと同じ包みをアリオスから貰っている。 彼女はそれを憂いを秘めた眼差しで見つめている。 「アンジェ!」 「あっ、行こう、レイチェル」 「あ、うん・・・」 また寂しい瞳。 レイチェルは、アンジェリークのその瞳が気になって、心配そうに見つめる。 「もう、レイチェル。そんな目をしないで? 今日はエルンストさんと折角のホワイトデーのデートでしょ?」 「でも・・・、アンジェは?」 フッと哀しそうな顔をすると、アンジェリークは栗色の髪を僅かに揺らし、首を横に振る。 「アンジェ・・・」 その姿が可哀想で、レイチェルのほうが泣きそうになり彼女を抱きしめる。 「もう、ほら、レイチェルってば! 早く着替えておうちに帰らないと、おめかしする時間がないでしょ?」 「うん・・・」 二人は互いに方を抱き合って、更衣室へと向かった。 更衣室で着替えていると、後から入ってきた、アリオスにお返しを貰った少女たちが、嬉しそうに笑っている。 「アリオス先生、いっつもクールだけれど、こーゆう時は優しいよね〜」 「そうね!!」 楽しげに語り合う部員の声を耳にしながら、アンジェリークは自分自身を省みる。 私って、本当にわがままだな・・・ 彼女は自分の独占欲の強さに、胸が痛んだ---- ---------------------------------------------- 「じゃあね、アンジェ!」 「うん! また明後日ね?」 アンジェリークとレイチェルは手を振って、校門の前で別れた。 レイチェルは走って駅に向かっている。 恋人であるエルンストとのデートの為に、彼女は急いでいるのだ。 「頑張れ、レイチェル!」 背中を見送りながら、アンジェリークは親友に優しく囁いた。 「さてと、私は公園によってクッキーでも食べてから帰ろう」 彼女は、駅とは反対の児童公園に向かって歩き始める。 そこは。アリオスとの待ち合わせに使われる場所。 ひっそりとたたずんでいるその公園は、学校から歩いても15分ほどのところにあり、二人が誰にも見られずに逢うには絶好の場所でもある。 彼女は散歩がてらのんびりと歩いて、ゆっくりめに児童公園についた。 丁度ブランコがあいていたので、彼女はそこに腰を降ろすと、寂れた鉄の音を軋ませながら、小さく漕ぐ。 「クッキー食べるかな・・・」 彼女はごそごそと鞄のなかを探り、アリオスからもらった袋を取り出し、中を開けた。 「あっ、結構美味しそうじゃない」 少しだけ幸せな気分になって、彼女は袋の中に指を突っ込んだ。 「あれ?」 鉄のような感触があり、彼女は怪訝に思いながら、それを取り出してみた。 「なんだろ?」 それは白い紙に包まれたもので、彼女は思わずそれを目の前に掲げてみる。 好奇心に駆られて、彼女はそっとその包みを開けてみた。 「何かしら? おまけかな? グ○コみたいな」 白い紙に包まれたものが出てきた瞬間、アンジェリークは思わず息を飲んだ。 白い紙には達筆なメッセージが、そしてそこには綺麗な小さな石のついた指輪があった。 「アリオス・・・」 嬉しくて、そして、彼を信じて上げられなかった自分への苛立ちが、彼女に涙を流させる。 ”アンジェへ・・・。 いつも有難う。 ヴァレンタインのお返しだ。 一つ向こうの駅の裏の図書館前で待ってる。 アリオス。 最後の文字が涙で滲んで見えない。 「もう・・・遅いよ・・・。私のバカ・・・」 「遅くないぜ?」 魅力的なテノールが響いて、彼女は思わず顔を上げた。 「アリオス・・・」 そこには艶やかに銀の髪を揺らしたアリオスが深い微笑を浮かべて立っている。 涙が溢れて視界が見えない。 「どうせおまえのことだから、この指輪に気付かずに、ここでたむろしていると思ったぜ」 「アリオス!!!」 彼女は華奢な腕を彼に伸ばし、強く抱きつく。 「おいっ! 苦しいだろ?」 フッと微笑みながら、彼も彼女の華奢な体を優しく抱いてやる。 「ほら、泣くな。涙を拭いて、指輪をしてやるから」 「・・・ん・・・」 顔を上げると、彼はいきなり唇で涙を拭ってきた。 「あっ・・・、アリオス・・・」 「恋人の涙を拭うのは、これが一番だろ?」 「・・・ん・・・」 何度も優しく、キスの雨を顔に受け、彼女は喘ぐ。 やがて唇は、彼女の唇をゆっくりと捕らえる。 深く、しっとりと、彼女を味わい尽くすかのように重ねられた。 唇が離されても、アンジェリークはその余韻にしばし呆然としている。 「左手、出してみろ?」 「うん・・・」 おずおずと出された小さな左手にそっと口づけると、指輪の位置に相応しい薬指に、彼は指輪をはめる。 「あっ・・」 「そこが一番ぴったりだろ?」 してもらった指輪を彼女は大事そうに指でなぞり、涙ぐむ。 「…有難う・・・」 潤んだ蒼い瞳で見つめられてしまうと、アリオスの理性は崩れ落ちる。 「きゃっ!!」 突然抱き上げられ、彼女は甘い小さな叫びを上げる。 「俺のマンションに行こう。おまえが欲しくて堪らない・・・」 「もう・・・」 抗議の声を上げるが、彼女は怒ってはいない。むしろはにかんでいる。 「アンジェ?」 「何?」 「左手の薬指に、俺以外の男の指輪ははめるなよ? 判ったな?」 明らかな独占欲。 彼女はそれが嬉しくって、そのままそっと頷いた。 恋人たちのホワイトデーは、まだ始まったばかり---- |
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コメント
8888番を踏まれたサリア様のリクエストの「SAVING ALL MY LOVE FOR YOU」のホワイトデーバージョンです。
いつも二人は懲りずに、「公園」が好きですね。
アリオスのとっては、最高のヴァレンタインになったでしょうが。
しかし、この本編止まってるのね。
速く更新しなくっちゃ!
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