王立スモルニィ女学園は幼稚園から大学までのエスカレーター方式である。外部入学してきた生徒も少なくはないが、温室育ちの生徒が多いのも事実で。そのために視野が狭くなるようなことがないように外部との交流が計られていた。 校外でのボランティア活動、学園祭、体育祭などの学校行事の一般公開など様々なもの。そして、他校生との交流会もその一環であった。 互いに自分たちの学校に対しての意見を語りあったり、食事会を行って交流を計るのが目的である。この交流会で生まれるカップルも少なくはないため、生徒たちの期待も大きい。それゆえに、企画及び準備を担当する生徒会役員の役目は重大なものであった。 「アリオス先生、交流会の企画書ができました。目を通して下さい」 生徒会長であるアンジェリーク・コレットは簡潔かつ手際よくまとめあげられた決裁書類を生徒会顧問であるアリオスに提出する。 「ああ、今から、目を通すから貸せ」 「はい」 企画書の内容は交流会と食事会。ここまでは今までと変わらない。 「ダンスパーティ? 今年はこんなものまでするつもりか」 「そういう声があがってるんですよ。今年はガーディアン高校とでしょう? あの学校には素敵な人がたくさんいますから」 そう答えるアンジェリークの態度は事務的なもので淡々としている。 「企画の狙い目は面白いが、本来の趣旨から外れてるんじゃないか? 多分、そういう圧力がOBからかかってくるぞ」 「いつまでも、箱庭育ちのお嬢様じゃないんですけどね……」 伝統ある学校であるため、改革を唱えようとすると、校長、教頭などのお偉方よりも古くからいる教師やOBの発言力が強くなる。下らないとは思いつつ、それが伝統というものらしい。 「でも、相手はガーディアン高校だし、大丈夫じゃないですか」 スモルニィと同様に伝統ある名門校を相手にするのに、うるさくは言ってこない、それを計算し、売ってきたのだろう。 「何の手も打たなくて、許可が降りるとは思いませんしね」 「なるほどね」 流石は自他とも認める天才少女、レイチェル・ハートと言う参謀を副会長に据えているだけはある。優秀なブレーンと有言実行な行動力を持つアンジェリークは歴代の生徒会長の中でも実力者である認識を持たれていた。 「じゃ、私、向こうの会長と会う約束がありますから」 そう言って、生徒会室を出ていこうとするアンジェリーク。が、その動きはアリオスによって遮られる。 「先生?」 「先生じゃない、アリオスだ。それに二人きりの敬語をやめろと言ったはずだ」 「じゃあ、こういう行動にでないでよ!」 そう言いながら、ピシャリとアリオスの手を弾く。 「何だよ、随分つれねえ態度だな?」 「当たり前でしょ? ここは生徒会室よ。場所を考えてよ!」 生徒会の顧問と、生徒会長というのは、表向きの二人の関係。もう一つの関係は誰にも内緒の恋人同士という関係。 「それに、今から向こうの高校に行くのに、邪魔しないで」 「気をつけろよ。男子校の男なんざ、女っ気ないから、飢えてるかもしれねえしな。どんな名門校っても、ただの男だからな」 「何を言うのかと思えば……。ご心配ご無用よ。向こうの生徒会長は誰かさんと違う爽やかな人らしいから」 「爽やかな高校生らしいってことは健全なおツキアイってことか? それは、それは」 その口調にアンジェリークはムッと顔を歪ませる。 「どういう意味よ、それ……」 「別に意味はねえよ。ただ間違いがあったら、顧問の俺の立場もあるしな」 その言い方があんまりといえば。あんまりすぎて、ますますアンジェリークは機嫌を悪くする。 「だったら、アリオスだって、まだ子供の私に手をだしてたら、問題があるわよね。高校生らしいお付き合いが必要だわ」 そう告げると、、キッときついまなざしでアリオスを見上げる。 「そういうわけだから、キス以上のことはしないでよ」 「お、おい……」 話がとんでもない方向へ行ってしまっている。慌てて、軌道を修正しようと思っても、後のまつり。 「そういうわけで、健全に打ち合わせに行ってくるから」 そう宣言すると、アリオスの手を振り払って、アンジェリークは出ていってしまった。 「マジかよ……」 言い出したら聞かない性格なのは、判りきっている。当分は禁欲生活を強いられるのは確実である。生徒会長として、他校の男子の生徒会役員と会うと言うことで、自らの中に生まれた嫉妬心をごまかすために言った言葉がかえってまずかった。 『アリオスは大人だから、余裕があるんだわ』 アンジェリークが口にする言葉。その余裕が子供である自分との距離なのだと言って。 だが、アリオスが余裕しゃくしゃくというわけではない。アンジェリークの不安はその裏返しとして、アリオスにも存在する。アンジェリークが年齢差のあるアリオスよりも、共通の話題が多い同年代の相手を選ぶことも考えられるのだ。余裕であるはずがない。それを悟られぬように先手を打っているだけだ。 らしくないと思いつつ、フッと溜め息をつくアリオスであった。 ガーディアン高校の生徒会長のランディはアンジェリークより一学年上で、この交流会が終われば、生徒会を引退する。ダンスパーティの申し出は彼の方からだった。 「これが終われば、もう受験一色になるしさ。その前にいい思い出になれば、と思って」 「いいアイデアですよね。うちの生徒たちも喜んでいたんですよ」 「それなら、良かったよ」 そう言いながら、二人して笑いあう。 企画としては、交流会、食事会の後にダンスパーティの予定。ただし、ダンスパーティは希望者のみの参加としている。 「スタッフは生徒会と有志で。なるべく手づくりでいきたいですよね。」 「そうだね。皆で参加できる形でないとついてこないからな」 交流会まであまり日数に余裕があるとは言えない。だが、その気になれば、何でもできるのもこの世代なのだから。 「頑張ろうな」 「はい」 大切な思い出作りを誓いあい二人はコーラで乾杯した。 軽快な音楽が体育館に流れる。色とりどりに鮮やかな少女たち。慣れない礼服に戸惑いつつ、ダンスの誘いをかける少年たち。交流会は例年にない活気に満ちていた。 「アンジェリーク。君も参加して来なよ。スタッフも交替で参加できるんだから」 「あ、私はいいんです。それより、ランディさんこそ。彼女が待ってるんでしょ?」 「えっっ!」 途端に真っ赤になるランディにアンジェリークはクスリ、と笑みを零す。 「知ってたのかい?」 「ええ。前から。彼女、さっきからずっと壁の花ですよ。誘いも断ってるし。早く行ってあげないと」 そう言って、アンジェリークはポンとランディの背中を叩く。 「でも、君だって……」 「私…いいんです。一番に踊りたい人は別にいるから……」 「そっか……。じゃ、君も頑張れよ!」 今度はランディが背中を押す。 「じゃ、お言葉に甘えるよ。何かあったら、呼んでくれよ!」 そう言って、ランディは彼のただ一人の少女の所へ走って行く。手を差し延べると、満面の笑顔でその手を取る。幸せそうな恋人たちのダンスは周囲に甘い空気を与えてゆく。 (いいなぁ……) アンジェリークとて、年頃の少女である。憧れないはずがない。だが、一番に踊りたい相手とでなければ、何の意味もない。教師は参加できないし、参加できたところで、彼はこういう場には、面倒だからの一言で、顔を出さないだろう。容易に想像がつく。 (あれから、あまり話ができなかったしな……) この日までの準備に追われ、事務的な会話程度しか交わしていない。しかも、他の生徒もいる中ばかりで、二人での会話は皆無に等しかった。 (アリオスと踊りたかったな……) アリオス以外の人と踊るつもりはなく、今日は裏方に徹するつもりだった。だから、アンジェリークはドレスではなく、パンツスーツといった服装。髪は後ろで一つにまとめている。すっきりとしたラインのスーツはアンジェリークによく似合っており、ある種の凛々しささえ感じさせられた。 「アンジェリーク先輩、踊って下さい!」 などと、数人の後輩たちから声を掛けられるというおまけもついたが。 生徒側の責任者として、会場を行ったりきたりしているアンジェリークをアリオスは黙って見つめている。 「例年にない盛況ぶりだな。お嬢ちゃんたちの頑張りには脱帽したぜ」 スモルニィの教師であり、アリオスの悪友でもあるオスカーが感嘆の声をあげる。 「あたりまえだ。あいつが絡んでるんだ。中途半端にするわけがねえ」 「ふーん。それは顧問としての言葉か?」 「さぁな……」 そう言って、何事もないように笑っているが、アンジェリークの知らないところで、反対する教師やPTA、OBの声を抑えたのはほかならぬアリオスであることを知っているオスカーはかすかに意味をもらした。 ラスト・ダンスも終わり、ようやくパーティは閉幕する。主催者である両校の生徒会メンバーにねぎらいの拍手が惜しげもなく与えられる。 「お疲れさま。アンジェリーク」 「お疲れさまです、ランディさん」 何とか無事にかつ、盛況に終わった交流会に二人は安堵のため息を漏らす。 会場の後片付けや何やらをすべて終わったのは夜の九時をかなり過ぎた時間だった。 「じゃ、反省会は来週に」 「ええ」 反省会という名の打ち上げは、夜も遅いということで後日にという話になっていたので、後は帰るだけだ。 「送っていこうか、アンジェリーク?」 ランディの申し出をアンジェリークにやんわりと笑みを浮かべながらも、首を振る。 「駄目です! 彼女が待ってるんでしょ? お邪魔になりますよ」 「女の子の一人歩きは危ないよ。そんな真似をさせるなって、反対に叱られるさ」 か弱い女の子を狙う不届きものがいないとは限らないのだ。そう言って、ランディも譲らない。 だが、その時、アンジェリークの背後からスッと手が伸びてきた。 「キャッ?!」 「心配いらねえよ。こいつは俺が送ってくからな」 そう言いながら、アンジェリークの肩を引き寄せてしまうアリオス。 「そういうわけだ。おまえさんは彼女を送ってやるんだな」 「あ……」 事情を察したのか、ランディは笑顔で二人を見つめる。 「わかりました。じゃ、アンジェリーク、気をつけて!」 そう言って、立ち去ろうとするランディ。だが、一旦、振り返る。 「頑張れよ、アンジェリーク!」 そう言葉を残し、ランディは彼を待つ人の元に向かった。 「何に気をつけて、何に頑張れだ……?」 「さぁ……」 前者は純粋に夜道が危ないから、気をつけろということ。後者はアンジェリークの恋を応援してくれての言葉だろう。 「ま、どうでもいいな。行くぞ」 「う、うん」 肩を抱かれたまま、連れていかれる。ほとんどの生徒が帰宅したとはいえ、周囲のことが気になる。 「せ、先生……」 「黙ってろ」 そう言って、強引に車に乗せると、アリオスは車を発進させる。だが、車はアンジェリークの家とは別方向に進んでいた。 「アリオス?」 戸惑ったようなアンジェリークの声に応えることなく車を進めた。 ついたのは町外れの公園。 「後ろの座席におまえの着替えを置いてる。着替えたら、出てこい」 「え?」 反応する暇さえ与えずにアリオスは車から出て行く。わけがわからないまま、後部座席に置かれた大きな紙袋を取ると、そこにはドレスと靴、アクセサリー一式が揃っていた。 「え……?」 戸惑いつつも、用意された身につけてゆく。膝上の長さのミニの丈のドレスは夜目にも鮮やかな真紅。アンジェリークの白い肌によく映えている。パールのイアリングとチョーカーは華美すぎず、地味すぎず。パールピンクのハイヒールは可愛らしいアクセント。 「私のために……?」 胸が熱くなる。どんな顔をして、用意してくれたのだろう。アンジェリークはそっと車のドアを開いて、外に出た。 「よく似合ってる」 「あ、ありがとう……。これ、高かったんじゃ……」 超有名デザイナーのブランド物は少女の手には届かないもの。 「気にするな。俺が着せてみたかっただけだ」 「で、でも」 それでも、遠慮がちに何か言おうとする少女を引き寄せる。公園内にある噴水の元まで連れてゆく。噴水の光は鮮やかな月光を反射させていて、幻想的な光景にすら見える。 「わぁ……」 その幻想的な光景に思わず溜め息を漏らす。 「何やってんだ。来いよ」 差し伸べられる手をおずおずとにとる。途端にアリオスの腕の中。 「あ、アリオス?!」 「ダンパで好きな人がいるからって言って、裏方に徹して、踊らなかった健気なお姫様へのプレゼントだぜ?」 「何で知ってるの、そんなこと〜」 その話をしたのはランディにだけだ。ああ言わないと、ランディはアンジェリークを優先するだろうから。ずっと待っていた彼の彼女に対して、申し訳ない気がしていたし。 「昔からいうだろ? 壁に耳あり…ってな」 「立ち聞きしてたの〜?!」 「人聞きが悪いな。聞こえたんだ」 どちらにしても、同じ話だと思うのだが、聞く耳は持ち合わせていないらしい。 「ほら、踊るぜ」 音楽はないけれど、アリオスは巧みにアンジェリークをリードする。月明かりの下で二人だけのダンスパーティ。それはとても幻想的で鼓動が自然に跳ね上がる。 「っ……!」 暫く踊ったところで、不意にアンジェリークのステップが乱れ、アリオスにもたれかかる。 「どうした?」 「ハイヒールなんて、履きなれてないから……」 「どれ、見せてみろ」 抱き上げられて、噴水に腰掛けせられる。ハイヒールを脱がせると、ストッキング越しにも爪先が赤くなっているのがわかる。 「取り合えずは消毒だな」 「え、きゃあ!」 ガーターベルトにいきなり手を伸ばされ、ストッキングを脱がされる。当然のことだが、ミニのドレスはまくりあげられて。 「ば、バカ。スケベ!」 「何がバカだ。純粋な治療のためだろ?」 ニヤリ、と笑いアンジェリークの前に膝をつくと、爪先にそっと舌を這わせ始めた。 「や、汚い……」 「汚くないさ。それにこれは消毒だろ?」 足の指を一本一本、丁寧になめて、癒してゆく。これは純粋な治療なのだと、何度も自分に言い聞かせる。そうでなければ、背中に走る甘い感覚に、甘い声を漏らしてしまいそうになる。 「よし、取り合えずの手当ては終わりだ」 ようやく、アリオスの唇が離れ、安堵の溜め息をつく。 「ごめんなさい、せっかく、アリオスが買ってくれたのに……」 心の中が申し訳なさで一杯になる。シュンとうつむくアンジェリークの髪をアリオスは撫でてやる。 「バカ。慣れない靴なんだから、仕方ないだろ? 履きなれたら、また俺とだけ踊るんだぞ?」 「うん……」 さりげない独占欲に軽く頬を染める。その表情にアリオスは唇の端を微かにあげて笑う。 「それに、今からでもできるダンスだってあるんだぜ?」 「え?」 嫌な予感がしたアンジェリークが身構える前に、アリオスはアリオスはアンジェリークに口づける。 「ん〜!」 息苦しさから、空気を求めて、わずかに開いた隙間から、舌が入り込んでくる。それ自身が生き物であるかのように、口内を思うままに蠢き、敏感な部分を確実に捕らえる。やがて、アンジェリークの身体から力が抜けてしまうまで、それは続けられた。 「ち、ちょっと! 何してるのよ!」 「聞きたいか?」 ドレスの裾からのぞいた白い足に指を滑らせながら、アリオスが問い返す。 「き、キス以上はしないって……」 「惚れあってる男と女が一緒にいて、何もない方が不自然だろうが」 「ほ、惚れあってるって……」 「違うか?」 「違わない……」 真っ赤になって、うつむくアンジェリークを見つめるアリオス。結局は彼の手のひらで動かされているようで悔しいけれど。それを上回る言葉をくれるのも、アリオスなのだから。 「でも、ここじゃ、嫌……」 アリオスの服の裾を掴み、告げられたその言葉に満足げな笑みを浮かべる。 「わかってるさ。お姫さまのお望みのままに」 フワリ、とアリオスはアンジェリークを抱き上げ、車に向かう。 二人だけの甘美なダンスパーティの幕はこうして始まりを告げた……。 |
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コメント
『Reasons』さまのアリオス限定キリ番を踏ませていただいた際に頂いた、RYO様からの珠玉の一品。
私はRYO様の書かれる、アリオスとアンジェの学園物が大好きで、リクエストさせていただきました。
やっぱりこの二人は最高です〜!!
何だかStingの「Moonlight」が凄く似合う!!
ちなみにこの局で、ハリソン・フォードとジュリア・オーモンドが踊ってました。
映画の話です。
本当に有難うございました!!
RYO様
