MERRY CHRISTMAS
DARLING

 クリスマスイヴの礼拝の祈りはたった一つだけ。
 私はあなたと一緒にいたいの…。

 アンジェリークは、イヴの朝、レイチェルと一緒に朝の礼拝に出かけた。
 二人とも、今夜のことだけを願っていた。
 ”愛する人と一緒にいたい”
 二人は礼拝を済ませ、教会からの家路をゆっくりと辿る。
「アンジェ、今日は、アリオスさんと約束してるんでしょう?」
「----約束はしてるけど・・・、今夜はイヴだから忙しいみたいで、逢えないかもしれない…。逢えるようだったら、連絡をくれるって」
 アンジェリークの声は、どこかしら元気がなく、切なそうに、指を組んで祈るように口元に持っていった。
「----売れっ子ヘアデザイナーだもんね〜」
「……うん、彼の仕事が恨めしくなるけどね、しょっちゅう」
 穏やかな諦めの微笑が少女を包み、レイチェルは気の毒に思う。
「だったらさ! 今日はワタシとエルンストと一緒に遊ぼうよ!」
 元気な笑顔にウィンクまでくれたうえに、このような提案をしてくれる親友が、アンジェリークは大好きで堪らなかった。
 きっと、二人でいたいはずなのに、温かい提案をくれる親友が。
「ありがと。だけど、遠慮しておくわ。だって、ラヴラヴな二人に当てられたくないもん〜」
 ふふっとアンジェリークに笑われて、レイチェルは、珍しく頬を赤らめた。
「そっか…、サンキュ、アンジェ」
 二人の少女は、顔を合わせて微笑みあうと、互いの腕をつんつんと小突きあった。
 今日の為にと、二人で買ったお揃いの赤いコートが、白い冬に華やかに映えていた。



 アンジェリークは、アリオスからの連絡を携帯を片手に、今や今かと待っていた。
 ピッピとメールの着信音が鳴り、彼女は慌ててチェックをする。
「アリオス…、あっ! …レイチェル…」
 メールは、愛する人からではなく、レイチェルからだった。一瞬、ほんの少しがっかりしたが、親友からのメールは、やはり嬉しくて、アリオスからの連絡を待つ余り冷えていた心が、一気に温かくなった。
『アンジェ! エルンストに無事に逢えたよ! アナタにとっても素敵なイヴになりますように! メリー・クリスマス!』
「ありがと…、レイチェル」
 心が温かくなって、何だか泣けてくるのはなぜだろう。
 携帯を祈るように握り締めて、アンジェリークは、ぼんやりと窓の外を見ていた。
 両親は、どこかの歌手のディナーショーに出かけ、ついでにホテルに泊まってくるため、家の中はがらんとしている。
 公認の仲であるアリオスが相手だから、クリスマス・イヴの夜でも両親は特に気にしていないのだ。
「アリオス…、イヴに一人ぼっちはいや…」
 アンジェリークは、いつのまにか、寂しくて、苦しくて、大粒の涙を流していた。
 ふいに、携帯のメールの着信音が鳴り、今度こそと思いアンジェリークは、逸る胸を抑えながら、メールの確認をした。
「あっ!」
 アリオスからだった。さっき泣いていたすずめがもう満面の笑顔を浮かべている。
『アンジェへ、10時には仕事が終わるから迎えに行く。準備をしておけ----アリオス』
 アンジェリークは手元の携帯で時間を確かめる。
 8時50分だ----

 サンタさん、私にたった一つのプレゼントをください。

 アンジェリークは、手早く身支度を整え、レイチェルとお揃いのコートに袖を通すと、プレゼントを片手に家を出た。
 もちろん、愛する人に一刻も早く逢うために…。
 冬の夜空は、澄んでいて、他の季節では見ることが出来ないほどの数多の星が瞬いている。
「あれは、オリオン座! あれは北斗七星」
 アンジェリークは、白い息を吐きながら、幼い頃、大好きだったお兄さんから教わった星座を探しながら、歩いていた。
 もちろん、その大好きだったお兄さんはアリオスのこと。今は、”愛している”という言葉の方がふさわしい。
 天を仰ぎながら、彼のヘアサロンまでゆっくりと歩くのは、心までウキウキして、悪くなかった。
 頬に冷たいものがかかり、アンジェリークは、そこに手を触れて確認する。
「----雪だわ…」
 コートのフードを頭に被ると、ふふっと楽しげに笑う。きっとこんな着方をすれば、レイチェルが笑うに違いない。だけど、今はこうしていたかった。
 アンジェリークは、楽しそうに、本当に楽しそうに、ステップを踏みながら先を急ぐ。
 白い雪が、まるで羽根のように彼女にまとわりつき、クリスマスのイルミネーションと相俟って、『雪の精』のように彼女は見えた。
 行き交う人が、みんな彼女の姿を神聖に感じてるなどとは、知らないのは当の本人だけだった。

 30分ほど歩いて、ようやくアリオスのヘアサロンの前にやってきた。
 遠くから探るようにウィンドウを覗くと、やはりアリオスだけがまだ仕事をしていた。
 彼の繊細な手つきが、ゲストをどんどん美しくしている。
 彼の働く姿は、本当に綺麗だと、アンジェリークは思う。
 サロンは、すでに受け付けも終わり、明りも一部を残して落とされていた。
 それが逆にとても幻想的に見え、夜の街を彩るヘアショーのようだ。
 当然、前を行き交う人々がうっとりと、彼に見惚れてしまうのも無理はない。
 やがて、雪は、降る速度を速める。
 アンジェリークは、コートのポケットから両手を出して口元に持ってゆき、息を吹きかけて暖める。
「アリオス…、早くお仕事終わらないかな…」
 すっかり冷え切ってしまった体は、僅かに震えていた。


「----アリオス!!!」
 ヘアサロンの戸締りをし、ふいに聴こえた明るい声に振り返ると、そこには雪まみれのアンジェリークが立っていた。
「アンジェリーク………!」
 彼女がそこに待っていたということよりも、その神々しい美しい姿に、息を呑んだ。
 雪は、彼女の背中をまるで天使の羽根のように包み込み、頭上にかかる雪も花冠にすら見える。
 本当に綺麗だとアリオスは、思い、暫し、見惚れる。
「アリオス…?」
 優しい声に導かれるかのように、アリオスは我に帰った。
「…無茶すんなよ。心配するだろ?」
 ふわりと抱きしめられて、アンジェリークはどきまきする。
「…アリオス、人が見てるから…」
「おまえが、んなことするから悪いんだ。寒いから、暖めてやってんだろ?」
 鼻を掴まれて、アンジェリークは軽いお仕置きを受ける。
「はって、はよく、はいたいんだぼん(だって、はやくあいたいんだもん)」
「これは、お仕置きだな?」
 ニヤリとからかうように笑われて、アンジェリークは、泣きそうな顔で抗議の表情を浮かべる。
「もふ、してふじゃない(もうしてるじゃない)」
 決して形がいいとはいえないが、愛らしい鼻をアリオスに摘まれたまま、彼女は頬を膨らました。
「バーカ、お仕置きはいいもんなんだぜ?」
「えっ?」
 気が付いたときにはもう遅かった。彼の唇が降りてきて、包み込むように優しく、深く口づける。
「…ン…」
 お互いに求め合うように、その想いを伝え合うように、いつしか口づけは深くなってゆく。
 アンジェリークの腕が、自然と彼に回され、もっと深い口づけを求める。
 口づけの仕方を教わったのも彼からだった。
 いつでも彼は、知りたいことを優しく教えてくれる。
 やっとのことで互いの唇が離れ、アンジェリークは甘い吐息を吐く。
「よかっただろ? "お仕置き”は?」
「もう、アリオスのバカ!!!」
 アンジェリークは、恥ずかしさの余り、彼の逞しい胸を何度か叩いた。
「ほら、風邪ひくから、車に乗るぞ」
「うん…」
 アリオスは、コートの中にすっぽりとアンジェリークを入れてしまうと、彼女に前を歩くように促した。
「あったかい…」
 背中に彼の体温をじかに感じながら、背後から彼女の体に回されている腕を彼女は取ると、満足げな吐息を漏らした。
「燃える男だからな?」
「ふふ、そうね・・・」
 この時間が永遠に続けばいいと願いながら、二人はゆっくりと駐車場へと向かった。


 二人は、車に乗り込むと、どちらからともなく、軽いキスをした。
「すまねえな。結局は、俺の部屋でお祝いになっちまって。なべの材料とかはあるし、ケーキもさっき貰ったやつがあるから」
「いいよ…。アリオスと一緒にいたいだけだもん…。あ、そうそう、忘れてた」
 言って、アンジェリークは、アリオスに可愛くラッピングした包みを手渡した。
「メリークリスマス! アリオス!!」
「あけていいか?」
「うん…、もちろん」
 アンジェリークにしか見せない優しく甘い微笑を浮かべると、彼は静かに包みを紐解いた。
 嬉しい驚きに息を呑み、アリオスはアンジェリークの唇に羽のような触れるだけのキスをした。
「サンキュ」
「へたくそでごめんね…」
 恥ずかしそうに、アンジェリークは俯いた。
「ああ」
「もう! 意地悪!!」
 アンジェリークは、笑いながら、ジェスチャーだけは怒ったフリをした。
 彼女が彼にプレゼントしたのは、彼の好きな黒のカシミアの毛糸で編んだマフラーだった。
 心の奥底から、愛しい気持ちがこみ上げてくるのが、アリオスには判る。
「じゃあ、俺も…、二つ」
「二つ?」
「----手、出せよ」
「うん?」
 アンジェリークは、不思議そうに首をかしげながら、右手を差し出した。
「違う、反対」
「あ、ごめん…」
 優しく包み込むように、アンジェリークの左手を手に取ると、ポケットから指輪を取り出し、それを彼女の薬指にはめた。
「…あ…」
 アンジェリークは、左手に光るダイアのシンプルな指輪に、口をパクパクあけて、酸欠の金魚のようになる。
「まだ、早いかもしれねえけど、おまえの左手の薬指は、俺が予約する」
「アリオス…!!!!」
 アンジェリークは、その大きな瞳に大粒の涙をいっぱい溜めて、彼の胸に顔を埋めた。
「おい、もうひとつある。感激するのははやいぜ?」
「え?」
「手、出せよ。今度は右でいい」
 彼に手を差し出すと、今度は、冷たい鉄の塊を握らされた。
「あー」
 手に渡されたのは、アリオスの部屋の鍵だった。
「動物園の狼の檻の鍵」
「いつでも行っていいの?」
 アンジェリークは、嬉しくて、それこそ嬉しくて、顔をぐちゃぐちゃにする。
「いつでも来い」
「アリオス…!!!」
 彼女から、彼に優しいくちづけがされる。
 最初は、優しく、しかしアリオスに主導権が移ると、自然と深いものになっていった。
「今夜は俺のサンタクロースになってくれよ? メリークリスマス、アンジェ」
「うん…。メリークリスマス、アリオス」
 言葉を挟み、すぐまた激しい口づけが繰り返される…。


 サンタさん、最高のクリスマスをどうもありがとう…。
 MERRY CHRISTMAS DARLING


コメント
クリスマス創作の第一弾です。甘くしようと試行錯誤しました。
tink的には、感謝祭が終わればクリスマスという感覚がありますので、この時期での創作開始となりました。