首星に行くために、青年は高速艇に揺られていた。
甲冑に身を包み、剣を刺し、颯爽としている。
銀の髪が厭世的な雰囲気を醸し出し、整った冷たいまでの美貌にあっている。
体躯も鍛えられ、剣士そのものの精悍さがある。
青年にとっては、この旅は重要な旅となった。
婚約をしている、まだ見ぬ姫アンジェリークに逢う為と、主星にある”身体を元の戻す小槌を探すためである。。
両親は、従者をつけるように言ったが、姫の心理を確かめたい青年は、それを丁重に断った。
父皇帝は殊勝なことでよいと高らかに笑ってくれたが、母親はかなり心配だったらしく、何度も、何度も、心配そうにだめだしをしていた。
剣の腕は宇宙一と名が知れ渡っている青年であったが、それは一年程前までのことで、ここ一年ほどは、彼の活動は地下に潜伏していた。
だが母親を心配させた最大の原因は、青年が上手くやっていけるかどうか不安というのではなく、彼が誰かに踏まれやしないかと言うことだった。
そう、彼の身長は、3.3センチ----
甲冑は母親がミシンで縫い、ブーツも手縫い。剣は磨いた布団針。
以前の彼は、身長187センチ、長身の立派な剣士であった。
だが、大魔導師ヴァーンとの修行中に、事故に遭い、呪を受けて小さな身体になってしまった。
この呪は、師匠であるヴァーンにすら解く事が出来ない代物で、彼は近親のものしか姿を現せなくなってしまった。
そのために髪の色も漆黒から銀色に変え、潜伏をしていた。
その間も、師匠であるヴァーンが必死になって研究をしてくれていたのだが、一向に謎は解けぬどころか深まるばかりだった。
じっとしていても埒があかないと悟った青年は、謎を解くついでに、逢ったことのない婚約者を見てみたくなり、この旅を決意したのだ。
もちろん、このままでは船に乗れないため、他人のコートのフードに潜り込んでいた。
潜り込んでいるのは、長身で、情熱的な紅い髪を持つ、精悍な青年のコートだった。
赤毛の青年は、銀の髪の青年の星に主星からやってきた特使で、チャンスとばかりに彼が宮殿を立ち去る前に、母親にフードの中に入れてもらったのだ。
「間もなく、主星です」
アナウンスが響き渡り、銀の髪の青年の顔をも期待に引き締まってくる。
青年の名は、惑星アルテミスの皇太子”レヴィアス・ラグナ・アルヴィース”。
だが、この格好である以上、”アリオス”と名乗ろうと心に決めていた。
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やはり思っていた通り、赤毛の青年は、主星の宮殿に報告がてらにやってきた。
「アンジェリーク様は相変らず、天使みたいだわ」
「全くです」
女官らしき女性と、初老の男性の声を耳にしたアリオスは、そっと、赤毛の青年から女官の女性に、すれ違いざまに乗り移った。
天使か・・・。本当に名前通りなんだろうな…
「ではヒンギス教授」
「はい。姫様によろしくお伝え下さい」
言って、女官は白いドアの前に立ち止まり、畏まってノックをした。
「アンジェリーク様」
「入って下さい、ピアス夫人」
中から聴こえる、少女らしい歌を奏でるような声に、アリオスの胸は不思議と波立つ。
いったい、どんな天使なのか…
部屋の中に入り、まだ見ぬ婚約者への期待が、否が応でも高まってゆく。
ピアス夫人が、白のハイチェストの横を通った時、チャンスとばかりに彼はそこに飛び降りた。
「ピアス夫人わざわざ及び立てして申しわけありません」
栗色の髪がふわりと揺れて、薄紅色のワンピースを着た少女がふわりと振り返った。
その瞬間、、言いようのない電流が体中に駆け抜け、彼は息すらも飲めなかった。
翡翠と黄金が対をなす瞳が、大きく見開かれる。
天使…!!
まるで山奥の湖のように澄んだ大きな青緑の瞳は、表情がくるくる変わって愛らしく、小さな唇は薔薇の蕾のようだ。
彼は彼女に見惚れずにはいられなかった。
「あの…、やっぱりレイチェルのお茶会に行ってはいけませんか?」
「----何度も申し上げましたように、レイチェル様がこちらにお越しになるならともかく、殿下ご自身がが行かれる事はなりません」
キッパリと慇懃に言う女官に、アンジェリークは困ったように眉根を寄せ、切なそうに彼女を見つめる。
「今は学校がお休みで、たまにしかレイチェルには逢えないのよ? ねえ、お願い、この通り!!」
手を合わせて懇願するものの、ピアス夫人の表情は変わらない。
おいおい、それぐらい許してやれよ? 俺だったら、絶対許してやるけどな。
二人の様子を見つめながら、皇太子という立場上、アンジェリークの気持ちが判るアリオスは、その可愛らしさも相俟って、彼女の肩を持ってしまう。
「殿下。とにかく本日の外出は認められません。殿下がお読みになりたいといった本を持ってまいりましたから、我慢なさって下さい」
「でも…」
「とにかく、殿下の外出は認められません!! よろしいですわね」
背筋を伸ばしてピシリと言い放つと、踵を返し、ピアス夫人は本を置いて、出て行ってしまった。
「…ごめんなさい…、レイチェル」
肩を落とし切なげに溜め息を吐くアンジェリークがかわいそうで、アリオスは無意識に声をかける。
「おい」
魅力的に響くテノールに、少女は思わずきょろきょろと周りを見渡した。
「おい、こっちだ、ハイチェストの上だ」
「え!?」
半信半疑で彼女はハイチェストに目を落した。
「よお」
目を凝らしてみると、そこには確かに小さな剣士がいた。
「あなたは…、妖精さん…?」
小さな体の彼に物怖じすることもなく、ふんわりと微笑む。
「クッ、俺が妖精に見えるか!?」
その身体に似合わず、魅力的なテノールに彼女はうっとりと聴き入った。
「見えるわ」
真直ぐな澄んだ瞳に見つめられて、アリオスは少し照れくさくなる。
「ねえ、あなたはどこから来たの?」
「アルテミス」
その名前を聞いて、少女の顔は興味に明るくなった。
「ねえ、アルテミスのこと教えて!! 私、そこにもうすぐ住む事になるかもしれないから」
全てのことを知っているアリオスにとって、彼女が興味を持ってくれることが何よりも嬉しい。
「いいぜ? 話してやる」
「嬉しい!!」
少女は期待に胸を躍らせながら、チェストの前に椅子を持ってきて、そこに座った。
その表情は、本当にくるくると変わって、愛らしく、アリオスの心を鷲掴みにする。
「ねえ、聞かせて頂戴!!」
「イイゼ…」
アリオスは自分の故郷であるアルテミスのことを、たっぷりと聞かせてやった。
「どう有難う!! 妖精さん!! お蔭で凄く楽しい午後だわ!! さっきの悔しさも忘れちゃったみたい!!」
アンジェリークはすっかり話を堪能し、紺碧の瞳はご機嫌に輝いている。
その彼女にすっかり魅了されてしまったアリオスは、目を愛しげに細めて彼女を見つめる。
「----なあ、俺も訊きたいことがあるんだが、いいか?」
「ええ、どうぞ」
少女は得意げに応える。
「----この星に、”身体を大きく出来る”小槌があると訊いてきたんだが・・・」
「あ! ”打ち出の小槌”ですね?」
それこそ、うてば響くかのように少女からは応えが返ってきて、アリオスの表情も興奮が見て取れる。
「それはどこに!?」
「----噂によると、赤鬼が持っていると聞いたことがあります…」
「赤鬼!?」
「ええ。最近悪さをする鬼で…、宮殿にもちょくちょくと顔を見せます…」
「そうか…」
彼は唇をぎゅっと噛み締めると、針の剣を握り締める。
ここにいれば、チャンスがあるかも知れねえ…
「サンキュ!」
彼の言葉に、彼女ははにかむように頷き、少女の純粋さを彼に知らしめる。
「どういたしまして!! …あの…、妖精さん…?」
「なんだ?」
「もしよかったら、その…、赤鬼が現れるまで、ここにいて下さって構いませんよ?」
有難い申し出だった。
「サンキュ」
彼は、一も二もなく頷き、この日から、二人の奇妙な共同生活が始まった。
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二人の共同生活は、お互いに楽しいもの隣、何時しか慕いあうようになっていた。
時には、アンジェリークが勉強中、判らないところをアリオスが指摘するようなこともみられた。
2人で様々なことを語り合い、笑い合い、励ましあっていた。
夜は、アンジェリークに作ってもらったふかふかのベットでアリオスは眠り、お風呂はアンジェリークがこっそり持ってきた浅底のお皿だった。
「最近、アンジェリーク様は明るくなってこられた…」
こんな会話がしばしば聞かれるようになっていった。
ある日の昼下がり、アリオスはアンジェリークのワンピースのポケットに入って、二人仲良く散歩を楽しんでいた。
「アリオス?」
「何だ?」
「ずっと、ずっと、傍にいてね? ----私、小さくてもアリオスが…大好きだからね!!」
はにかみながら少女は囁き、首まで真赤にしている。
少女の純粋さが愛しくて堪らなかった。
小さくても自分のことを愛してくれている、彼女が狂おしいほど可愛い。
もし、自分が元の状態だったら、きっと抱きしめて、キスをして、そして星に連れて帰ったのに違いない。
おまえが婚約者でよかった・・・。
これで、益々元に戻りたいと思う…
「サンキュ、アンジェ。俺も、おまえが愛しいと思う…」
「…うん…、ありがと…」
2人はお互いの思いを胸に抱きしめながら、柔らかな陽射しを浴びていた。
「アリオス、アルテミスのレヴィアス様って…、どうゆう方なのかな…」
自分のことを言われ、彼は苦笑してしまう。
「----きっと、魔導を研究しすぎて、体まで小さくしちまうような男だ…」
「え!?」
アンジェリークは一瞬その耳を疑った。
確かに彼は言った。”身体を小さくしてしまった”と----
「アリオス…」
「何でもねえよ…。忘れろ」
「だって…」
その時だった----
「何だ、姫様は一人でお散歩か…、こいつは都合がいい!!」
赤鬼と呼ばれる、体躯の大きな魔導師がじりじりと、いやらしいめつきで彼女に近付いてくる。
「いや!!」
アンジェリークは必死に後ずさりをする。
「へへへ、その悲鳴、そそられるな」
「いや!!」
2人の距離はどんどん縮まる。
「アンジェ! 俺をあいつに向かって投げろ!!」
ポケットから、アリオスの鬼気迫る声が聴こえる。
「でも…」
「でももへったくれもねえ! いいから早く!!」
戸惑う彼女に、彼の厳しい声が飛ぶ。
「判ったわ!!」
覚悟を決めたアンジェリークは、ポケットからアリオスを取り出し、そのまま赤鬼に投げつけた。
「うわなんだっ!!」
アリオスは、その布団針の剣で、赤鬼のそこらじゅうを切りつける。
「いて、いててて!!」
首筋に回った彼は何度もその場所を刺し、とうとう赤鬼はその場所に立っていることさえ出来なくなった。
「か、勘弁してくれっ!!」
懇願するようにアンジェリークを見つめるが、彼女は厳しい目で彼を見つめ、許す気配はない。
「打ち出の小槌を置いていきなさい!! そうすれば許してあげるわ!!」
「わ、判りやした…」
魔導師は打ち出の小槌をアンジェリークに投げると、彼女は素早くそれを受け取る。
今だわ!!
「お願い!! アリオスを大きくして!!」
彼女が思いを込めて小槌を振ると、不思議なことに、男の背中にいたアリオスがみるみるうちに大きくなっていった。
「アンジェリーク…、俺は元に戻ったのか…」
赤鬼の後ろから姿を現した青年は、長身で鍛えられた体躯を持つ、艶やかな黒髪の精悍な剣士だった。
翡翠と黄金が対をなす、切れ長の魅力的な瞳、筋が通った鼻、形のいい唇。
それは彼女が夢に見ていた男性の姿だった。
「アリオス…」
青年の、本来の姿に、少女はすっかり驚き、手を口に当てている。
「おい、おっさん、ここに来て見ろ…こんどは、その首が飛ぶぜ?」
赤鬼の胸倉を掴み、冷酷に睨むと、すっかり彼は萎縮してしまった。
「すみません!! もうしません!!」
赤鬼の懇願に、アリオスは体を離してやると、彼は一目安易逃げていってしまった。
「口ほどにもない奴…」
銀の髪をかきあげ、苦笑しながら、アリオスは赤鬼の姿を見送った。
「アリオス…」
涙を貯めて少女がこちらを見ている。
小さくてもいいと言った少女。
彼女の何もかもが愛しくて堪らない。
「アンジェリーク…」
彼がそっと彼女に手を差し伸べたときだった。
「殿下〜大丈夫ですか!!」
近衛連隊長である赤毛の青年、オスカーが血相を変えて走ってきた。
「今…そちらで…悲鳴が聞こえて…ン?」
彼はアリオスの姿を見つけ、驚愕の余り目を丸くする。
「レヴィアス・ラグナ・アルヴィース殿下!!」
「よお、久しぶりだな、連隊長…」
アンジェリークは最初は何が何だかわからなかった。
しかし、あの妖精が、実は自分の婚約者だったとは。
彼女は泣き笑いの表情を浮かべると、オスカーがいることもかまわずに、迷わずアリオスに抱きついた。
「アリオス!!!」
彼はしっかりと彼女を受け止め、抱きしめる。
「おい」
アリオスはオスカーに声をかける。
「何でしょうか?」
「邪魔だ。人の恋路を邪魔する奴がどうなるかは…」
にやりといたずらっぽいっほ笑みをオスカーに浮かべ、彼もまたフッと幸せそうな微笑を漏らす。
「判りました、ごゆっくり」
オスカーはすぐに立ち去ったが、暫くして首をひねった。
何故殿下があそこにいて、姫様が”アリオス”と呼んでたんだ!?
「アリオス、どうしていってくれなかったの!? あなたが私の婚約者だって…」
やっとのことで彼女は抗議をする。
「----黙ってろ、話は後だ…」
アリオスの指がアンジェリークに顎に掛かりそっと持ち上げられる。
「愛してる…。俺たちなら、上手くやっていけそうだな…」
「----アリ…、レヴィアス…!!」
唇が深く、激しく、重ねられた----
当初、一年後に予定されていたレヴィアスとアンジェリークの婚礼は、彼女が一足お先に身ごもってしまったために、急遽、婚礼が整われた。
その後、2人は、たくさんの子供にも恵まれ、何時までも仲良く暮らしたということです。
おしまい!!
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コメント
9000番のレア番を踏まれた件と、素敵な創作「MY FAIR LADYX2 ぷらす」のお礼を兼ねた創作です。
空山樹様のリクエストで童話シリーズで「日本昔話」のパロディです。
空山様、すみません。あんな素敵で楽しい創作のお礼がこれだとは。
首洗って出直してきます…。
「日本昔話」と聞いて最初に思い出した話が、「屁こき姉さが嫁に来た」でした(笑)
馬鹿だよな、私…。
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