Time


 時間の長さは、時計なんかで測れない重みがある----
 今はただ、初めて逢う、人生を支えてくれた大切な人への思慕が、時間を重く長いものにしている。

 ぎゅっと、選んだプレゼントを抱きしめて、アンジェリークは指定された場所に立っていた。
 心が、緊張や期待、不安などの感情に揺さぶられている。

 アリオスさん…。
 父を亡くし孤児となった私を、寄宿舎に入れてくれて、"教育"の機会を与えてくれた人…。
 あなたのことで知っていることいえば…。
 父のお友達であること。
 恐らくお金持ちであること。
 メールアドレス…。
 そして----
 今日、11月22日がお誕生日だということ。

 アンジェリークは、優しい気持ちになって微笑むと、手にしているプレゼントの包みに目を落とした。

 あなたからの援助の条件は、”学校や身近に起きた出来事を簡単にまとめてメールを送ること”だった。
 最初にあなたにメールを送った時、ひどく緊張したのを覚えてる。
 あなたからの返事は月一回程度だったけれど、それでも私は嬉しかった。

 アンジェリークはふと父親の形見である腕時計に目をやる。
 するとまだ、あまり時間が経っていないのが判る。
 秒針の動きが、ひどく重いように感じた。
 元々普通のものよりも重い時計だが、今日はそれがさらに感じる。
 期待と不安----
 それらが浮き沈みをして、心の中を照り輝かせてくれている。

 アリオスさん----
 逢ったら最初に何て言おう?
 「ハジメマシテ」?
 月並みすぎいる。
 「イツモ支エテクダサッテアリガトウゴザイマス」
 ダメ、普通すぎる。

 忙しなく、様々なことを考えながら、アンジェリークは目の前の道を行き交う、男性たちを、じっと観察することも忘れてはいない。

 アリオスさんって一体どんな方だろう・…。
 きっと気の良いおじい様かしら…。

 待ちきれなくて少しそわそわとしている様子を、遠くから見ている影があった。

 大人になったな…。
 最初に出会ったときから、もう、五年か…。

 銀の髪をした青年は、煙草をふかしながら、感慨深げにアンジェリークを見つめる。
 美しく成長を遂げた彼女に、青年は愛しげに目を細めた。
 煙草を消すと、精悍な肌に、銀の癖のない髪を散らして、青年は、ゆっくりと彼女に近づいてゆく。
 癖のない前髪が、彼が歩くたびに揺れて目の上に零れ落ち、黄金と翡翠が対をなす異色の眼差しの、凛とした光を際立たせていた。
 形の良い頬から顎にかけてのライン。
 整った横顔。
 そして、少し崩したように着ているスーツは、豊かで精悍な身長にはよく似合っている。
 彼は、白い薔薇の花束を肩から担ぎ、アンジェリークに向って真っ直ぐと歩いた。
 迷わず、ただ、彼女だけを見つめて。
 彼もまた、腕時計を見つめる。

 約束の時間まで、後30秒----

 ゆっくりと、青年とアンジェリークの距離は縮まる。
 秒針の音が重くゆっくりと時間を刻む。
 彼女の視界に、ゆっくりと青年が入ってくる。
 アンジェリークは、青年を見た瞬間、魂が揺さぶられるのではないかと、心の奥底から感じた。
 あまりにもの衝撃に、アンジェリークは動くことすら出来ない。

 どこかで…、どこかで逢ったことがあるわ…

 真っ直ぐ見つめられないほど、青年が眩しく思える。
 アンジェリークは何もかも忘れて、青年を凝視していた----
 青年はゆっくりと、アンジェリークに真っ直ぐ近づいていく。
 秒針とともにアンジェリークの鼓動も早くなってゆく----
 二人の視線がゆっくりと絡み合った。
 その瞬間-----
 青年は、花束を空に向って投げた----
 街の風が止まり、周りがスローモーションになる。
 アンジェリークは何が怒ったか判らなかった。
 瞬時に、青年に抱かれて、そのまま横に体が揺れる。
 彼が、自分を抱きながら横に跳んでいることが判る。
 精悍で鍛えられた広い胸。
 アンジェリークの視界は、今はこれが総てで。
 ゆっくりと体が地に落ちてゆく。
 不意に、青年は姿勢を変えて、彼女を守るような姿勢をとると、スーツの奥から、銀色に輝くものを取り出す。

 銃…!?

 長い腕が花束に向って真っ直ぐと伸びる。
 銀の癖のない髪が、ふわりと揺れた。
 同時にトリガーに指がかかる。
 それが引かれた時。
 宙に舞っていた花束が、銃声とともに粉々に砕け散った----
 同時に、アンジェリークは青年に守られるようにして、地面に落ちる。
 彼女は、暫く何が起こったか判らなかった。
 ただ、砕け散った花束の花弁が、彼女の頭に雪のように舞っている。
 青年は、すぐさま立ち上がると、至極当然のようにアンジェリークに手を差し伸べた
 頷いて、アンジェリークも、まるで誘われるかのように、うっとりと、彼の大きく綺麗な手を取る。
 立ち上がらせてもらうと、アンジェリークにも状況が見えた。
 一人の男が、多くの捜査官たちに捕らえられている。
「…これは…」
 どうも自体が飲み込めず、彼女は青年を答えを請うように見つめた。
「----おまえの父親の最後の仕事を、五年目にして完結出来た」
 その一言でアンジェリークははっとする。
 FBIの捜査官だった彼女の父親は、麻薬シンジケートの壊滅目の前にして、志半ばで殉職したのだ。
「…じゃああの男は…」
 アンジェリークのアクアマリンの瞳の色が深くなり、彼女は、驚愕・悔しさなどの感情をそこに浮かべている。
「…父の敵を…」
 そこまでしかいえなくて、後は嬉し涙が頬を伝う。
 一番良い形で、父の敵が討てたように思えた。
「あなたは・・・、FBI捜査官?」
 青年はしっかりと頷くと、あんじぇりーくにその証をちらりとだけ見せた。
「FBI特別捜査官だ。おまえの父の部下だった…」
「父の・…」
 そう聞いて、アンジェリークは納得する。

 ・…通りで逢ったことがあるような気がしたんだわ・…
 父と同じ臭いのする男性(ひと)だから…

「・・・でもどうして・・・・」
「ヤツはおまえを狙っていた」
 きっぱりとして、彼は異色の眼差しを彼女に送る。
 急に現実が迫ってくる。
 アンジェリークは、彼に救われなければ、自分が死んでしまっていたのだと悟り、身体を小刻みに振るわせ始めた。
「…どうして…」
 恐怖と、少しばかりのショックが全身を覆い尽くす。
 震える彼女の華奢な身体を、片手で押さえてやりながら、青年は、アンジェリーク能で時計を指差した。
「----これだ」
「これ?」
「おまえの父親はここにデータを隠しておいた」
「これに・…」
 アンジェリークは、古びた時計をじっと凝視することしか出来ない。
「その証拠に、この時計は、5分間遅れている」
 青年は自分の懐中時計を彼女に見せ、それを証明した。
「どうして、判ったの・…」
 その問いに、青年は、フッと微笑むと、アンジェリークの眼差しを見た。
「ヤツらはずっとおまえを観察し、"時計が普通のものより重い"という、おまえの言葉に確信をした。そして俺も情報を得て、今日のこの日、おまえがここに居合わせ、ある男を待っているという情報をやつらに故意に流した。
 そうすれば…、食いついてくると思ったから・…」
 それにはアンジェリークはすくなからずショックだった。
 逮捕のために、利用されていたわけで・…。
 だが彼女が泣く前に、青年は先回りをする。
「----何があっても、おまえを守ると決めて、この場所に来た…」
 低く艶やかな声に、アンジェリークはビクリとした。
 彼の言葉が、少しだけ、彼女の心を突き動かす。
「こんな姑息な手は使いたくなかったんだがな、e−mailを使って、自分の誕生日をいいことに、おまえを呼び出すなんてな・・・」
 ビクリ----
 はっとして、さらに体が揺れる。
 全身に感動の想いが駆け抜け、アンジェリークは心臓が急激に早くなるのを感じた。
 喉がからからに渇いてしまう。
 僅かに唇が震えて、上手く言葉が発せられなかった。
「----あなたが…私の・…」
 今度は悦びが大きく含んだ響き。
 青年はゆっくりと頷く。
 その瞬間。
 アンジェリークは、今までの想いが心に押し寄せてくるような感動を覚えた。
「ハジメマシテって、何か違うような気がするがな・…。
 毎日メールの返事をやれなくってすまなかった。これもいつも使ってるから」
 少し照れが入った言葉を呟いた後、彼は彼女によく見えるようにと、先ほどの懐中時計を差し出す。
 アンジェリークはそれを見てはっとした。
 それは去年の誕生日に、”あしながおじさん”に贈ったもの。
 アンジェリークは、自分を守ってくれた青年に、なぜ初対面なのに惹かれる理由が、ようやくわかった。

 やっぱりあなただったんだ・・。
 二年前、あなたの後姿を見たようなきがした・・・。
 やっぱりあなただったんだ・・・

 アンジェリークは、優しい泣き笑いの表情を浮かべると、彼の首に腕を回し、耳元で囁く。
「アンジェリーク!?」
「お誕生日おめでとう-----」
 その瞬間-----
 派手な鐘の音とともに、約束の時間になったことを伝えた。
 アンジェリークの表情じは涙でくしゃくしゃだったが、それでも魅力的だった。
 彼女は腕に力を込めて、さらに青年を抱きしめる----
「アリオス・…」
 躊躇いがちに、アンジェリークはその名を呼ぶ。
 その声の響きは、彼女の想い全てだった。
「サンキュ」
 アリオスもまた深い笑顔を彼女に向けると、その華奢な身体を強く抱き返した----

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アリオスのお誕生日企画「魔導夜会2」で
書かせていただいた創作の再録です。
少し書き足してみました。