My First…


 折角、綺麗におしゃれをしたのに〜

 アンジェリークは、周囲の視線を少し気にしながらも、半分泣きながら通りを歩いていた。
 時折くすくすっという笑い声すら聞こえる。

 レイチェルと、おしゃれをして、エルンストさんと三人、映画を見て、ご飯を食べる約束をしてたのに…。
 結局はこのせいで、断らなくっちゃいけなかったんだもん…。

 アンジェリークは、やるせなくて、自分の足元を見たくなくって、ずっと空を見上げている。

 今日の占いだって良かったのになあ…。
 "運命の出会い”があるかもって。
 朝の占いのカウントダウンは1位だったし、雑誌だって、ラッキーデーは11月22日だって言ってた----
 なのに…。

 アンジェリークは、先ほどから何度目か判らない溜息を吐いた。

 やっぱり占いで"ラッキー"過ぎる日は、”要注意"日なのかもしれないな…。

「いてっ!」
 不意に、低い魅力的な声がアンジェリークの耳に飛び込んできたような気がして、彼女は首を傾げる。

 誰か呼んだかしら…?

「おいっ!」
 再び同じ声が聞こえたが、その響きから察して彼女のことを怒っているのは明白で、アンジェリークは声に導かれて横を向く。
 そこには、豊かな身長を持つ、癖のない銀の髪をした異色の瞳の青年が、不機嫌そうに立っていた。
 深い影を持つ黄金と翡翠の瞳が、情熱と孤独に揺らいでいる。
 アンジェリークは、吸い寄せられるように、その瞳に見入ってしまった。

 何て綺麗な瞳の持ち主なんだろうか…

「おい、あんた」
 キツク言われて、アンジェリークの身体はびくりと跳ね上がる。
「はっはいっ!」
「普通謝るだろう、この状況は…」
 不機嫌そうな青年の声に、アンジェリークはそっと足元に恐る恐る視線を寄せると、彼女はしっかりと彼の足を踏んでいた。
「きゃあ、ごめんなさい!!」
 アンジェリークはその場で本当に申し訳ないような顔をすると、そのまま青年に向って頭を下げた。
 青年は、呆れたように溜息を吐くと、足元を指差し、呆れる。
「…ところで…おまえさん・…、マンホールのふたと一緒に歩くのが趣味なのか…?」
 そんなことはないと、アンジェリークはぶんぶんと頭を振り、必死に否定をする。
「だったらなんでこんなもん引きずってんだよ? とっとと俺の足からどかせろ」
 整いすぎている青年の顔は無表情で、その言葉のキツさも手伝って、冷酷さを助長させている。
「・・・ご、ごめんなさい!!」
 アンジェリークは、青年がおっかなくって、何とかマンホールを青年の足からどけた。
 そう----
 青年の足を踏んでいたのは、アンジェリークの小さな足ではなく、彼女の足が引きずっている"マンホールのふた”なのであった。
「で、何でこんなもんつけてるんだ!? なんかのトレーニングか? 他の者の迷惑にもなるからな、とっと取れ!」
「・…取れない…」
 青年に半ばけんか腰に怒鳴られているせいか、彼女は益々萎縮して小さくなってしまう。
 したがって声も小さい。
「もっとはっきり言え!」

 わ〜ん! 今日はやっぱり厄日!!!

「あ、と、取れないいんです!!!」
「取れない?」
 青年は、アンジェリークの足元を確かめるようにして凝視するが、どうして取れないかが意味が判らない。
「何でだ?」
 じっと見つめてくる青年に、アンジェリークは、少し萎縮しながらも、ポツリと話し始めた。
「----今日、友達とお出かけの約束をしていたので、おしゃれをして、取って置きのヒールを履いたんです。
 そしたら、ヒールがマンホールの穴に引っかかって、取れなくなっちゃって・…」
 恥ずかしさや悔しさでアンジェリークは涙を浮かべながら、肩を落として語る。
「・・・で、取ろうとしたら、取れなかったと?」
 アンジェリークはコクリと頷く。
「…おまえ…」
 その瞬間、青年の表情が溶けるように和らいだ。
 彼は、一端、口角を下げると、日憎げな眼差しでアンジェリークの顔色を伺いながら喉を鳴らして吹き出し、天を仰いで笑い崩れた。
 子供のような無邪気な笑みが、それまで青年にまつわっていた超然で凛然とした雰囲気を一気に削ぎ落とす。あどけない少年に変貌した彼に、アンジェリークは息を呑んだ。
 彼女は心の底から揺さぶられて、彼を見つめることしか出来ない。
「おまえはバカか?」
 その言葉には少しむっとした、口を尖らせてしまう。
 その表情が、青年には可愛く映り、彼は微笑んでいる。
「普通、靴を脱ぐってこと考えねえかよ?」
 それにアンジェリークは、大きく目を開いて、そうかとばかりに頷く。それがまた可愛い。
「ほら靴脱げ」
 素直に彼女は頷いて、靴を脱いだ。
 ヒールはまだ引っかかったままだ。
「おニューの靴なの…」
 少し切なげに呟き、華奢な肩を落とす彼女が可愛すぎるため、青年はついつい手を差し伸べてやる。
「俺が取ってやるから、そんな表情はするな」
「…有難う・…」
 飄々としているが、包み込む優しさのある彼に惹かれてしまう自分が恥ずかしくて、頬をくれないに染めた。
「そこのバス停にベンチがあるから、そこまで移動して、座って待っとけ」
「うん」
 マンホールの穴にヒールが入ったまま、彼はそれを持って長いスタンスでバス停へと向い、アンジェリークもそれに続く
 言われたとおりにアンジェリークはベンチに座って、ヒールを取ってくれるのを待つことにした。
 青年の指先は器用そうで、簡単にヒールを外した。
「ほら」
 差し出されたハイヒールを、アンジェリークはしっかりと大事そうに受け取る。
 青年は起用なのか、傷一つない。
「有難う!!!」
 アンジェリークの顔に笑みが零れ落ち、青年もそれにつられて笑った。

 凄く笑顔がいい人だな…

 大切そうに、彼女は愛しむかのように、ゆっくりと靴を履いた。
「これでデートにいけるな?」
 アンジェリークは、それには笑いながら頭を振って否定した。
「デートじゃなくて、お友達と約束していたの。
 でも、この騒ぎで、さっき断りと謝罪の電話を入れておいたの」
 青年の表情が僅かに動く。
「----だったら、今日これから、俺につきあわねえか? 俺も暇してたしな」
 青年はフッと笑うと、アンジェリークを見つめる。
 こんな魅力的な男性からの誘いを受けない女の子はいないと思いながら、アンジェリークは心に素直に頷いた。
「サンキュ。俺はアリオスだ。おまえは?」
 彼女の脳裏には彼の名前でたちまちいっぱいになって、ぼんやりとしながら自分の名前を答える。
「…アンジェリーク…」
「アンジェリーク、天使か…」
 彼はそう呟きながら、アンジェリークに手を差し伸べた。
「行くぜ? アンジェ」
「うん!」
 アンジェリークは彼の手を取って立ち上がる。
「さて、先ずはこのマンホールを片付ける所から初めねえとな?」
「うん!」
 アリオスは、アンジェリークと手を繋いでいないほうの手でマンホールを持ち、彼女に案内されて、下の場所に戻しに行った----



 そこからは、アンジェリークが初め見たかった映画を一緒に見に行き、その後は、アリオスの行きつけのレストランに行くという、デートの定番コースを辿り、二人は一気に距離を縮めた。
 そして----
 最後は夜景の見える公園で少し散歩をする。
「今日は本当に楽しかった…!!!
 占いどおり、最高の一日だったわ!」
「占い?」
 アリオスはアンジェリークを覗き込む。
「そう。11月22日はとっても良い日になるって・・・!」
 屈託のない笑顔に、彼もつられて微笑む。
「----なあ、アンジェリーク、俺はこれで終わりにしたくないがな?」
「あっ…!」
 突然、背後から抱きすくめられて、アンジェリークは息が出来ない。
 甘く切ない、これまでに経験した中で一番心地よい思いが全身に駆け抜けていくのがわかる。
「…私も・…」
 甘い声で彼女はやっとのことで囁く。
 その小さな温かさが、アリオスを際限のない幸福に導いてくれた。
「サンキュ…。
 今日は最高の誕生日だ。おまえと出会えて・…」
 さらに彼女の身体を、彼は愛しげにぎゅっと抱きしめる。
「今日誕生日なの!
 お誕生日おめでとう!!!!!」
「サンキュ」
 アンジェリークはアリオスの腕をじっと握り締め、瞳を感慨深げに閉じる。
「ちょっと遅れると思うけど、バースデープレゼントに何か贈るわね」
 アリオスは、嬉しそうに目を細めると、アンジェリークを正面に向き直らせる。
「----いいや。おまえが、一番のプレゼントだ。
 アンジェリーク…」
 そのままアンジェリークの華奢な顎を指で持ち上げる。
 アリオスは顔をゆっくりと近づかせて、しっとりと唇を重ねた----

 私こそ、占いのとおりの、最高な一日になったわ…。
 マンホールに感謝しなくっちゃね…。

 初めてのキス、初めての出会い…。
 それらを噛み締めながら、アンジェリークはアリオスの甘いキスに溺れ、幸せを噛み締めていた-----