Lunch Time


 時々、不安になることがある。
 アリオスはあんなにも素敵で、完璧だからモテる。
 雑誌にも載るような、お洒落で美味しいカフェレストランのオーナーで、店も多くはないけれど、数店舗あって安定経営をしている。
 彼はたった独りでここまでした手腕から、特集を組む経済誌すらある。
 だから、もてるせいか、女性の噂は絶えない。
 私は・・・。
 ただの彼の女。ごはんを作って、アリオスの子供を産み、育てるだけ・・・。
 愛されてはいると思う。
 だけど・・・。
 言葉でも何でも良いから、示して欲しいの・・・。

 アンジェリークはゴシップ誌を見て、何度目かの溜め息を吐いた。
 相変わらず、アリオスは雑誌を賑わしている。
 彼は、自分が独身なのか既婚者なのか、そのことを一切公表してはいない。
 だからか、そのミステリアスな雰囲気に惹かれる女性はあまただ。
 アリオスに見つからないようにして、アンジェリークは雑誌を始末すると、まだすやすやと寝ている子供の食事を作ろうと、立ち上がった。
「あれ、アリオス、お弁当を忘れてる」
 テーブルの上には、堂々と置かれたお弁当。
 アンジェリークはそれを見て、くすりと笑った。
 毎日欠かさず持っていってくれるお弁当。ちゃんと残さず食べてくれるのが、何よりも嬉しかった。
「お昼前に持っていって上げないとね〜」
 少しだけ機嫌を直して、アンジェリークは子供の為の離乳食を作り始めた。


 やべえ・・・。弁当、忘れちまったな・・・。

 その頃、アリオスはオーナー室で愕然としていた。
 沢山の仕事の活力となるアンジェリークの作った弁当は、レストランの賄い料理よりも美味しい。
 それが手元にないのは、いささかのショックだ。

 今日は賄いで我慢するか・・・。
 仕方ねえ・・・。

 アリオスは、わずか弁当ひとつのことだったが、憂鬱になるのだった。
 子供に食事を与えた後、身支度をする。
 ふたりして、少しだけお洒落をして、アリオスのお弁当を持っていく。

 アリオス、喜んでくれるかな?

 アリオスのレストランに行くなんて、結婚以来初めてだものね。

 ちょっと緊張しちゃう・・・。

 子供を、子守帯でしっかりと抱いて、アンジェリークはアリオスの店に向かった。
 あのお弁当がない。それだけで、アリオスは朝から仕事が捗らず、イライラとしている。
 スタッフの誰もが、”障らぬ神にたたりなし”だ。

 あいつの弁当最高だからな。
 ったく、俺もバカヤローだぜ。

 彼はつくづくそう思いながら、溜め息を吐く。
 アンジェリークと出会ったのは一年半前。
 一目ボレで、すぐに彼女を自分のものにして、1年前に結婚した。
 その時は、すでにアンジェリークは妊娠していており、「光速の男」と当時はからかわれたものである。
 彼女のことを考えると、気持ちが和むのはなぜだろうか。
 アリオスは深呼吸をして、また、仕事にかかりだした。
 アンジェリークはと言えば、唐草模様の風呂敷にお弁当を包んで、電車に乗って、アリオスの職場に向かう。
 有名なカフェなので、少し緊張した。
 駅から少し歩いた、美しい並木通りぞいに、アリオスのレストランの本店がある。
 お昼前なのにもかかわらず、すでにお洒落をした多くの客が並んでいる。

 やっぱり、美味しさとお洒落さとか、すべて兼ね備わっているんだもんね・・・。
 そのうえリーズナブル。
 誰だって、行きたいと思うはずだわ・・・。
 だけど、私は、普通の洋食屋さんみたいなのを、ふたりできりもりするのに憧れちゃうな・・・。

 アンジェリークは従業員入り口から入ろうとすると、スタッフに呼び止められた。
「すみません、そこはスタッフオンリーですから」
「あ、あの・・・、アリオスに逢いたいんですが・・・」
「アポイント取ってますか?」
 慇懃に言われて、アンジェリークは少し引いてしまう。
「あの、アポイントはないですが・・・、アリオスの妻です」
 スタッフは驚いて、アンジェリークの子守帯を覗き込んだ。
 そこには、すぐに誰の子か判る男の赤ちゃんに、店員はすぐに姿勢を正す。
「どうぞ、こちらに」
「有り難う」

 この子を見たら、すぐにアリオスの子供だって、判るわよね。
 そっくりだもん・・・。

 アンジェリークは、店員の後に着いて行きながら、しみじみ思う。
「どうぞ、こちらです。オーナー、奥様です」
 ドアを開けると、アリオスが振り返った。
 仕事用の眩しいぐらい白いカッターシャツと、黒の棒タイ、上質の黒のベストとスラックス姿の彼は、くらくらするぐらい素敵だ。
 自分の夫だとは、俄かに信じられないほど、かっこよく思う。
「アンジェ」
「お弁当、忘れたでしょ。持ってきたわよ」
 途端にアリオスの顔には甘い微笑みが広がる。
「サンキュ、中に入ってくれ」
 アンジェリークは笑って頷くと、部屋に一歩入る。
「失礼します」
 先程とは態度を一変させて、丁寧に店員は去っていった。
「アンジェ、ゆっくりしていけ」
「うん、有り難う」
 アリオスがカフスを外す姿が妙に官能的で、アンジェリークはドキドキとしてしまう。
「一緒に昼飯食おうぜ? 何か持ってきたか?」
「特には、何も」
「だったら、うちのランチ食っていけ。こいつには・・・」
 内線電話の受話器取りながら、アリオスは息子を目線で示した。
「大丈夫。ちゃんとこの子には、マッシュポテト持ってきたから。ミルクもあるしね」
「判った。じゃあおまえの分だけだな?」
 アリオスはそう言うと、厨房に電話してくれる。
「すぐに来るからな?」
「うん・・・。アリオスは良かったの?」
「俺はちゃんと弁当があるからな」
 彼は嬉しそうに言うと、アンジェリークのお手製の弁当を持ち上げた。
「有り難う。嬉しいわ」
「おまえのは美味いからな。ちょっと温めてくる」
 彼はそう言って、奥のパントリーに入っていく。
 手早く温めたお弁当を、アリオスが応接セットに置いた頃、ノックが響いた。
「ランチをお持ち致しました」
「サンキュ」
 ドアを開けて、ワゴンに乗せて、料理長自らが持ってきてくれる。
 アリオスはそれを受け取ると、机の上に置いてくれた。
「さあ、食おうぜ?」
「うん」
 アンジェリークは子守帯を外すと、息子を膝の上に乗せて、上手く片手で支えた。
「子供用の椅子も持ってきてくれるから」
「有り難う、アリオス」
 すぐにノックが鳴り、アリオスが出てくれ、椅子をそのまま、持ってきてくれた。
「ほら、アンジェ」
「うん」
 アリオスはアンジェリークから息子を受け取ると、椅子に座らせてやる。
「これが”皇子の椅子”だぜ」
 そう言ってやると、ふたりの息子は嬉しそうに足を揺らした。
「さて、食おうぜ」
「うん」
 甘くも楽しい食事タイムが始まる。
 久しぶりに食べる、アリオスのカフェ自慢のランチ。
「美味しい!! 私が作ったのより美味しいわ」
 彼女は本当に嬉しそうに笑いながら食べ、アリオスは心が安らぐのを感じる。
 自分の店のものを美味しいといってくれることも嬉しい。
 だが-------
 彼にはもっと美味しく感じるものがあるから。
「------俺はそうは思わないぜ? おまえが作ってくれたメシが一番美味いからな。こいつだってそう思ってる。な?」
 アリオスは横に座る息子に同意を求め、彼も嬉しそうに足をまたぶらぶらと揺らした。
「アリオス…、有り難う」
 アンジェリークは真っ赤になりながら、アリオスの絶賛を素直に受け取る。
 それだけで十分。
 彼が心から愛してくれるのは、判るから。
 素直に今は笑えて、朝の欝な気分は消えてしまう。
 今朝の雑誌のことは、もう、アンジェリークにとっては、「絵空事」でしかない。
 リアルは目の前にあるから。
 彼女は甘いとびきりの微笑をアリオスに浮かべると、明るく言った。
「明日も、一生懸命ご飯を作るね!」
「ああ、頼んだ」
 アリオスの美味しい笑顔。
 それがあれば、大丈夫。
 大好きな人のために、明日もまたがんばるのだ。
 その笑顔を見るために-------

コメント

最近固ゆでばかり書いてたので、
なんとなく甘いものも書きたくなりました(笑)




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