LOVERS DAY


「おい、アンジェ出かけるぞ?」
「え!?」
 突然、恋人から誘いがあり、アンジェリークはびっくりしたように目を丸くした。
 売れっ子美容師として活躍する彼からの突然の誘い。
 逢うこともままならぬことが多いのにと、彼女は手放しで喜んだ。
「あ、準備するからまってて!」
「準備しなくてもかまわねえよ? このまま来い?」
「だって〜」
 アンジェリークは頬を膨らませながら怒る。
 その仕草が可愛らしくて、アリオスは喉を鳴らして笑った。
「アンジェ、おまえはこの格好でも充分可愛いぜ?」
「これのどこが可愛いのよ〜。髪だってぐちゃぐちゃだし、服だってこんなサマーワンピースだし〜」
「おまえはどんな格好しても可愛い。それは保障するぜ?」
 憎らしいほどよい笑顔を向けられて、落ちない女がいったいどこにいるというのだろう。
「うん…、行く」
 真っ赤になってほんの少し恥じらいながら、アンジェリークは差し伸べられたアリオスの手を取った。
 しっかりと彼が手を繋いでくれて、その温かさだけでアンジェリークは安心した。
 手を引かれて彼が家の前に停めていた車に乗せられ、アリオスは車を発進させる。
「どこに行くの?」
「いいとこ」
「もう、教えて?」
「楽しみは後で取っていたほうがいいだろ?」
 煙草を片手に余裕の笑顔を見せる彼が、アンジェリークには少し癪に障る。
 その姿が余りにも大人で素敵だったから。
「教えてくれなかったらいいもん」
 ちょっと子供のようにふくれっつらをすると、彼は余裕の笑みを浮かべた。
「直ぐに着くからな?」
 髪をクシャリと撫でられて、アンジェリークは益々ふくれっつらになる。
「子供じゃないもん!」
「別に俺はガキ扱いしてねえぜ?
 ガキ扱いしてたら”あんなこと”はするかよ」
 ”あんなこと”-------
 訊かなくても意味はわかる。
  それを考えただけで、途端に耳まで真っ赤になるアンジェリークだった。


 車は、夕闇の街を走り抜けていく。
 梅雨の晴れ間だとは言え、やはり時節柄かなり蒸し暑い。
「ねえ、今日はどういう風の吹き回しなの?」
「ちょっとな」
 アリオスは街のはずれのロマンティックな塔の下の駐車場に車を入れると、アンジェリークを導いた。
「行くぜ?」
「うん…」
 ぎゅっと手を握り締めた後、2人は手を繋いで仲良く塔の中に入っていった。
「最高の眺めだからな? 行こうぜ?」
 古びたエレベーターでいける所まで上がった後、さらに階段を使って上まで昇り切る。
 扉の前まで来たとき、アンジェリークがふと立ち止まった。
「-------た、高いとこ怖いんだけど…」
 声を震わせ、掌に汗をかいている彼女が可愛くて、アリオスは優しく微笑む。
「俺がついてるだろ?」
 優しい響のテノール。
 その声を聞くだけで何よりも安心することが出来る。
「うん、そうね…。アリオスがいればどんなことだって怖くないもの」
 アリオスはただ笑ってアンジェリークの頬に甘いキスをしてくれた。
「行くぜ?」
 ゆっくりと彼がドアを開けてくれる。
 爽やかな心地よい風が、いきなりアンジェリークの髪を撫でた。
「うわあ!」
 その瞬間、祖t路に広がる美しい光景に息を呑んだ。
 夕闇迫る空は、明るい空色からピンク、そして紫色に変化して、とても美しい様相を呈している。
 塔の近くは美しい自然が、少し視線を先に延ばすと、そこには、イルミネーションが灯り始めた、2人が住む町の中心地を見ることが出来る。
「綺麗…」
「だろ? ここのてっぺんに今日特別にあげてもらった。
 ここで式を予約してるからな? そのつもりで」
「------うん」
 高校を卒業すれば、アリオスの花嫁になることは決まっている。
 アンジェリークの学校は七月に卒業なのだ。
 結婚式は夏の暑い日に決まっている。
「これから何度か来る事になるからな?」
「うん」
「乾杯しようぜ?」
 いつのまにか、彼が持ってきてくれていた缶ジュースとビール。
 アンジェリークはジュースを渡されて、にこりと微笑んだ。
「有難う」
「今日は”恋人の日”らしいぜ?
 この日に何か記念になることをしたかった。
 俺たちにとっては、”恋人”としては最後の年だけどな」
「夫婦は永遠の恋人よ?」
 アンジェリークの言葉にアリオスはその通りだとばかりに頷く。
「そうね、”恋人の日”に乾杯ね?」
 2人は幸せそうに見詰め合うと乾杯をした。
 美しい景色に浸りながら、2人は”恋人”としての瞬間を楽しむ。
「アンジェ…」
 声を掛けられた瞬間、アンジェリークは唇を奪われていた。
 甘く少しアルコールの味がするキス。
 甘いキスに酔いしれながら、2人だけの”恋人の日”は優しく過ぎていった------

 有難うアリオス…。
 最高の記念日になったわ…
 
 唇が離された後、彼女はうっとりと彼を見つめた。
 栗色と銀の髪が優しく風になびく。
「いつまでもこの景色を忘れないわ…」
「俺もな?」
「高いところにいるってことも忘れそう」
 アンジェリークは笑うと、今度は彼女から彼に御礼のキスをする。

 恋人たちはこうして甘い思い出をまた一つ増やすのであった------ 
 
コメント

6.12が「恋人の日」と知ってが〜ん!!(笑)
どうしても創作を書きたくなりました(笑)
ははは、最近このパターン多いな。
 衝動的に短い創作が書きたくなる。
溜まってる連載頑張ります〜。
 明日から

モドル