「おめでとうございます。3か月ですよ」 風邪だと思って行った病院で、アンジェリークは、思いも寄らないことを告げられ、困惑していた。 「妊娠・・・、ですか・・・」 少し暗い面持ちで彼女が答えたために、医師は怪訝そうに眉根を寄せた。 「ええ、そうですが…、どうかしましたか?」 「いいえ、有り難うございました」 ぺこりと頭を下げると、アンジェリークは診察室から出ていった。 アリオスの赤ちゃん…。 凄く嬉しい…! だけど・・・アリオス、怒るかな・・・。避妊は共同責任だけど・・・ 。彼女はそう思いながら、大きな溜め息を吐く。 アリオスとは”恋人”と名乗るのでさえ、危うい関係で。 彼は著名な劇作家で、演出家。周りに綺麗な女性は沢山いるから、当然、女性には困らない。 ましてやあの容姿である。 「幼馴染み」という理由で、彼の側に置いてもらっている。 彼女が両親をなくし、自活しなければならなくなった為、アシスタントとして雇ってもらっているのだ。 「愛の言葉」なんて囁いてもらったことはないが、彼の仕事を手伝っているうちに、そういう関係になり、今や、ほとんどを彼のマンションで過ごしていた。 今日、アリオス、帰らないって言ってたな。アパートに帰れって・・・。 私ってますますアリオスの「お荷物」なのかな… 彼女はそのまま少し結うツナ気分で、アパートに戻った。 妊娠中で体が気だるいのせいか、すぐにベッドで横になる。 お腹に手を当てて見る。 そうすると嬉しさがこみ上げてくるのが不思議だ。 やはり、どのような事情であっても、愛する男性の子供を宿すのはとても嬉しくて。 私はどうしても産みたい・・・。彼が駄目って言っても、おろすことなんて出来ないから・・・。 アンジェリークは元気を奮い立てるように起き上がると、まずは元気を出すために夕食を作り始める。 子供のためにごはんをいっぱい食べなきゃ。もう一人じゃないから。 おなかにそっと手を当てる。まだまだ小さな命ではあるが、自分が一人じゃないことを実感出来て嬉しい。 アリオスのことを考えると少し切なくなるが。 「俺は、今のところ結婚する気もねえし、子供を持つ気もねえ。だから、そういう軽い付き合いしかしない。パートナーにしたい女も特にいないがな」 そう言ってたのを思い出す。 だけど、抱かれずにはいられなかった。 彼の温もりを感じていたかった。 愛する男性だから。 「愛してる」と私が言っても、彼は何も返してくれなかったけれど。 夕食後、彼女はゆったりと入浴し、そのままベッドに横たわる。 これからのことを考えなきゃ・・・。 その夜はなかなか寝付けないでいた。 携帯がちかちかとなって、メールの着信を知らせた。 アリオスからかと思えば、それはアンジェリークの体調を気遣ったレイチェルだった。 「風邪っぽいみたいだけれど、大丈夫?」 親友の気遣いが痛いほど嬉しい。 アンジェリークは、レイチェルには直接言いたくて、「大丈夫。明日話聞いてね」だけ打って返した。 「OK」と返ってきて、アンジェリークはふと優しい微笑みを浮かべた。 朝起きてみると、アリオスからメールが届いていた。 「後、2、3日は来なくていい。アリオス」素っ気ない彼の言葉に、アンジェリークの心は一気に沈む。 話さなきゃいけないけれど、どうしたらいいの? 授業がはねて、アンジェリークはレイチェルを誘って、ケーキの美味しいカフェに入った。 注文した、レアチーズロールが来る間、二人は飲み物片手に談笑していた。 「アンジェ、アナタ今日はどうして、ミルクなの?」 いつもは、カフェオレやミルクティを頼む彼女がどうしてかと、レイチェルにとっては素朴な疑問だった。 だがそれはとても的を得ていた疑問で。 少しはにかむ彼女に、レイチェルは益々首をひねる。 「アンジェ、何も変なことは訊いてないわよ?」 「…レイチェル…、あのね・・・」 急に声を潜めた彼女に、レイチェルは眉根を寄せる。 「何よ…」 アンジェリークの声が聴こえるように近づいてきたレイチェルに、彼女はそっと耳打ちをした。 「----出来ちゃったの…」 レイチェルは、一瞬、真っ白になった。 「出来たって…、アナタ、アリオスさんの…」 「…うん…、3ヶ月って言われた…」 少し俯き加減で話す。 それだけで、レイチェルは彼女がまだアリオスに何も言っていないことを話した。 「アナタ、アリオスさんに言ってないんでしょ!?」 びくりと体を震わせた後、アンジェリークは僅かに頷いて見せた。 「どうして何も言わないのよ!! アリオスさんに!!!」 「…アリオスは喜ばないわ…。だって…、いつも”子供は要らない…。結婚なんかしない”って言ってたから…」 「バカ!!!」 「でも…産みたいもの・・・」 アンジェリークは、一筋の涙を流すと、心の中の想いを切実に話した。 「アンジェ…」 その言葉を聞くと、もうレイチェルは何もいえなかった。 「ね・・・、アンジェ、一度アリオスさんには話してみなさいよ? ね? ひょっとしたら、万が一、彼が子供を欲しがってくれるかもしれないし…。 たとえダメでも。それですっきりするわ…。 ワタシが支えてあげるから…。ね?」 レイチェルにしっかりと肩を抱かれて、アンジェリークは肩を震わせながら頷いた。 「有難う…。私、レイチェルに頼ってばっかりね…」 「何言ってるの!! ワタシたちは親友よ! それぐらいは、ね?」 「うん…、有難う・…」 アンジェリークは、師乳に泣き笑いをして見せた。 家に帰って、アンジェリークはアリオスにコンタクトを取ろうと、携帯に電話を何度もかけた。 だが---- 彼は一向に出ず、留守番電話に繋がるだけだった。 彼女はそこに「話がしたいから連絡を下さい…」と入れ、電話を切る。 アリオス… 切なく、胸が締め付けられるような想いを彼女は感じていた---- --------------------------------- あれから三日が過ぎ、アンジェリークは彼のもとに向う日となった。 だが---- 一向に連絡がなく、彼女はそれが彼の返事だと感じるようになった。 アリオス…。 この子は私が育てるから…。 もう…。 その日はつわりも酷くて、彼女は学校も休んだ。 そして----- アリオスに無断で初めて、彼のもとに行かなかった。 翌日、何とか授業だけは受けれるようになり、彼女は受けてから、すぐさま帰る準備をした。 面持ちもどこかしっかりしてきたような気が、レイチェルにはしていた。 決意を秘めた母親の顔がそこにある。 「アンジェ…、平気?」 「うん…」 親友に、心配をかけないようにと微笑みかけると、彼女はそのまま校門を出ようとした。 「…!!!」 そこには、目立つシルバーメタリックのスポーツカーが止まっており、その前にはアリオスが不機嫌そうに立っていた。 アンジェリークはそのまま足がすくんで動けない。 彼は彼女の姿を見つけるなり、駆け寄ってきた。 「アンジェ!!」 「アリオス…」 「行くぞ!」 ぐいっと腕を掴まれたが、彼女は足くぉ踏ん張らせて、その場から動かない。 「アンジェ!」 彼は怪訝そうに眉根を寄せ、彼女を強く引き寄せようとした。 「…いや・・・」 「来い!」 「きゃあっ!」 そのまま彼女は彼に腕ずくで抱き上げられて、車へとつれていかれた。 「アリオス!! 恥かしいから、止めて!!」 「おまえが抵抗するからだ…」 彼は明らかに怒っているみたいで、そのまま彼女を助手席に乗せると、学校から車を発進させる。 どうして… 車が走り出して暫くして、彼はようやく口を開いた。 「昨日はどうしてこなかった…」 アンジェリークは答えない。 「どうしてだ!?」 低い声で言われて、アンジェリークはゾクりと体をさせる。 彼女は大きな瞳から大粒の涙を流すと、辛そうに俯いた。 「…もう…止めるから・・・、アシスタント…」 「なぜ!?」 アリオスは更に厳しい顔をして、車適当に道路の脇に停めた。 「なぜそんな事を言う!!」 アリオスはアンジェリークの体を強く抱きすくめた。 その彼の香りが胸に降りてきて、胸を切なくさせる。 暫く、彼女は黙っていたが、 ようやく唇を開いた。 「あのね・・・、赤ちゃんが出来たの…、ごめんね…」 アンジェリークは、優しい微笑を浮かべると、彼から体を離し、潤んだ瞳で見つめる。 その間、アリオスはじっと彼女を見つめている。 何も語らず…。 「でも心配しないで? あなたには何も求めないから…。私はこの子を自分で育てるから…。 -----だから、あなたから離れるね…。 今まで有難う…」 そういい終えると、アンジェリークは車から降りようとした。 「このバカ!!!!」 アリオスは背後から彼女をきつく抱きしめ、行かせないようにする。 彼女はその抱擁のきつさに喘いだ。 「アリオス…、離して」 「華さねえよ! おまえは俺がそんな男だって想ってたのかよ!?」 「…だって、子供はいらないって、結婚もしないって…」 「あれはおまえ以外の女の話だ!!」 彼はそう言って、彼女の涙を唇で拭う。 「連絡をしなかったのは謝る…。 ちょっと立てこんでて出来なかった…。 それに…」 そこで言葉を切ると、彼はゆっくりと彼女の頬に手を当て、見つめた。 「おまえが妊娠してるかも知れねえことは…、気付いてた…」 「え!?」 「俺だって、ほとんど毎日、だてにおまえを抱いてるわけじゃねえんだ…。 おまえの体が変化しているのにも気付いてた…」 「アリオス…」 彼はしっかりと彼女を抱きしめる。 「それにな? おまえをここ2,3日、近付けなかったのにも、理由があるんだ」 「理由?」 「ああ。それを確かめに、マンションに来てくれ」 「うん…」 「サンキュ」 軽く口付けた後、彼は車を発進させて、マンションへと向った。 マンションに入るなり、アンジェリークは息を飲んだ。 中は綺麗に改装されていた。 「中を見てみろよ?」 「うん…」 彼女は戸惑いながらマンションを見て回る。 寝室は大きなダブルベッドに変わっていたし、書斎らしき部屋が最初はひとつしかなかったのに、二つに増えている。 キッチンは、使いやすいように改装がされ、そこが若夫婦の部屋としか思えないほどの趣になっている。 「アリオス…」 嬉しさの余り、彼女は体が震えるのが判る。 それをアリオスがしっかりと支えてくれる。 「連絡できなっかたのは、おまえ専用の携帯を荷物の奥に入れちまってな・・・」 照れながら彼は言い、そのままポケットから、赤いベルベットのケースを取り出した。 「昨日する予定だったんだぞ?」 フッと笑って、彼はケースからダイアモンドの指輪を取り出し、彼女の左手を手にとる。 「おれだって、好きでもねえ相手と”生”でしてえと想わねえよ…。おまえだから、した。 だから、この子は…、本当に愛の結晶だ。判ったな…?」 「うん…」 涙が溢れてきて、もうアリオスの顔をまともに見ることが出来ない。 「-----愛してる…。俺と一緒になってくれるか?」 「…はい…!!!!」 その言葉に彼は満足そうに微笑むと、彼女の顎を持ち上げる。 「愛してるぜ…」 「私も・…」 唇が深く重ねられる。 誓いの口付けは、何よりも甘い美酒のようだと、二人は感じた---- |
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