FOR MY LITTLE ANGEL


 朝10時。
 久しぶりのデートのために、アリオスは愛車を飛ばして、アンジェリークを家まで向かえにいっていた。
 シルヴァーメタリックのBMWが彼の愛車。
 それが彼女の家に着く頃には、いつものように家の前に彼の小さな天使が待っていた。
 いつもなら、背伸びをしたりして、何度も道路を覗いているのに、今日に限ってはそれがなかった。
 車が家の前に停まるのと同時に、アンジェリークは助手席へと乗り込んできたが、動作をひとつ取ってみても、今日の彼女は元気がなかった。
「おはよう、アリオス」
 笑顔だけはいつもデートする時のように、心から嬉しそうだったが、生気を感じられなかった。
「おはよう、アンジェ」
 言って、アリオスは彼女の顔色の悪さを目の当たりにし、眉を顰める。
「おまえ、顔色悪いぞ? どこか悪いんじゃねーか?」
「ううん、平気!」
 強くアンジェリークは否定し、唇を噛む。
「平気っておまえ、そんな風には全然見えねーぜ? 熱があるかどうか、ちょっと看せてみろ!」
「やだ!!」
 余りにも彼女が頑なに拒むため、彼は益々怪しく思い、彼女の細い腕を掴む。
「看せろ!」
「やだ!」
 自分腕の中でもがく彼女を押さえつけ、彼は力ずくで自分の額を彼女の額につけた。
「----やっぱりな…」
 彼女の額は相当の熱を帯びており、具合が悪いのは明白だった。
 その熱さにアリオスは息を飲み、切れるような視線を彼女に送る。
 それには、心配で堪らない彼の心が裏打ちされている。
 愛しくて堪らないから、つい苛々としてしまう。
 アンジェリークはすっかり肩を落して、俯いてしまっている。
「帰って寝てろ。デートならいつでも出来るから…」
「----だから…、いやだったの…、アリオス…、絶対寝てろって言うの判ってたから…。少しでも長く一緒にいたいのに…」
 彼女の涙が、その小さな手の甲に落ちる。
 自分のためだけに熱を押してまで傍にいたいと言ってくれた、この小さな天使が余りにも可愛くて、彼は深く優しい微笑をフッと浮かべると、そのままや細工彼女を抱きしめた。
「そんな可愛いこと言ってると、帰したくなくなっただろ? しょーがねーから、俺のマンションで看病してやる」
「ん…、ありがと、アリオス」
 小さな手を彼の首に巻きつけ、彼女はまるで子供のように甘える。
 本当にこの少女には昔からからきし弱いと、彼は自分自身で敗北を認めていた。

--------------------------------------------------

 マンションの駐車場に車を停めて、アリオスはアンジェリークを抱き上げると、そのまま自分の部屋へと連れてゆく。
 途中で誰に会おうと、今の彼には大した問題ではなかった。
 愛しい天使のためならば、どんな事だって厭わない。
 幸い、マンションの住人には誰にも逢わずに済み、無事彼女を部屋へと運ぶことが出来た。
 最近買ったセミダブルのベットに彼女を横たえ、直に毛布と布団をかけてやる。
 暖房も入れ、加湿器もつけて、彼女が心地よい状態にしてやった。
「おい」
 熱で頭がぼんやりとし、うつらうつらとしている彼女に、ふいにアリオスの声が落ちる。
「俺のパジャマの上だ。洗濯してあるから、これに着替えておけ。脱いだ服はハンガーに掛けておいてやるから」
 言葉と同時に彼のパジャマが投げられ、アンジェリークはそれを受け取ると、大事そうにぎゅっと抱きしめた。
「氷枕を用意してやるから、その間に着替えておけ」
「ん…、ありがと、アリオス」
「どういたしまして」
 アリオスがキッチンに消えた後、アンジェリークは早速着替え始めた。
 彼に見せるためだけに買った白いニットのワンピ−スと柄タイツをを脱ぎ、彼のパジャマを身に纏う。

 何だか、彼に抱かれているみたい・・・。

 場所が場所だけに、彼女は自分の頭によぎった思いに、彼女は赤面してしまう。
 もう既に何度かは、彼と体を重ねたことがあるというのに、その様な思いにはまだ馴れなくて、変に意識してしまう。
 熱からなのか、彼のパジャマを着るという校医を意識しているかなのか、彼女は手が震えて、上手くパジャマのボタンが止められないでいた。
 やっとのことで総て止め終えたとき、アリオスが風邪薬と水、そして氷枕を持ってきてくれた。
「ほら、これを頭の下に敷いて少し寝ろ」
 彼は枕もとにタオルで来るんだ氷枕を置き、彼女の頭を優しく持って、ゆっくりと寝かしつけてやった。
「ありがと…」
 浅い息をしながら、やっとのことで言う。
「----薬を飲んどけ。楽になる」
 起き上がろうとして、アンジェリークはアリオスに制止された。
「…アリ…オス…?」
「俺が飲ましてやる」
「え?」
 彼は、口の中に風邪薬のカプセルを押し込むと、ゆっくりと彼女に近付いてくる。
「…え…、ヤダ…、アリオス…、風邪移っちゃう…」
 彼のひどく甘い行為に、彼女は思わず焦ってしまっていた。
「早く口を開けろ、カプセルが溶けてしまう」
「ん…!!」
 息をする間もなく、アリオスはアンジェリークの唇を深く奪うと、巧みにカプセルを彼女の口の中に押し込んでしまった。
「水だ…」
 口に含んだ水を、彼は先ほどと同じ方法で彼女の喉に流し込む。
 コクリと彼女の喉が動くと、彼はゆっくりと唇を離した。
「眠れ。傍にいてやるから…」
 彼にそっと額を撫でられ、その甘い旋律に彼女は胸を焦がす。
「ん…、そうする…、傍にいてね、アリ…オス…」
 どちらからともなく握られた手に、アンジェリークは安心して、ゆっくりと瞳を閉じる。
 うつらうつらした眠りに身を任せようとした、その時。
 彼女の前進に悪寒が走り、震える。
「どうした?」
「寒い…」
 本当に寒そうに、そして儚げに言う彼女が愛しくて、彼は目を細めた。
「温めてやるよ」
「え…」
 アリオスは、優しさと甘さを滲ませた眼差しを彼女に送ると、急に立ち上がり、上半身の衣類を総て脱ぎ捨ててしまった。
 目の前に曝された彼の鍛えられた精悍な胸に、アンジェリークは思わず布団で顔を覆ってしまう。
「クッ、俺の裸を見るのは初めてじゃねーだろ?」
「だって…」
 恥ずかしそうな表情の彼女も彼のお気に入りのひとつで、思わずからかってしまう。
「ほら、もう少しつめろよ」
「ん…」
 アリオスがベットの中に入ると、アンジェリークはなんの躊躇いもなく、彼の裸の胸に顔を埋める。
「暖かい…」
「だろ?」
 彼は彼女に右腕で手枕をしてやり、残った左手で軽く抱きしめてやった。
 アンジェリークは、ほんの一瞬だけ、熱で煙る蒼い瞳をアリオスに向けた。
「----アリオスが風邪うつっちゃったら、今度は私が看病するね?」
「ああ。頼んだ」
 彼の一言に彼女は嬉しそうに小さく微笑むt、静かに目を閉じた。
アリオスの鼓動を子守唄にしながら、彼女はゆっくりと眠り始めた----  

-------------------------------------------------------

 次に彼女が目を覚ました時に飛び込んできたのは、愛しい人の銀色の髪だった。
 周りをきょろきょろすると、彼が腕枕と抱きしめてくれることで、しっかり守ってくれていたのが覗える。
 最高に自分は幸せ物だと、アンジェリークは思ってしまう。
「目が覚めたか?」
 低く艶やかなアリオスの声と共に、彼の腕に力が込められる。
「具合はどうだ?」
 言って、彼は当然のように彼女の額に自分の額をつけて見せる。
「大分いいよ…」
「みてーだな」
 彼は、安堵の微笑を浮かべホッと一息をつくと、彼女の唇に軽い口づけをした。
「ごめんね、今日のデート風邪で台無しにしてしまって…」
 すまなさそうに呟く彼女が、誰よりも可愛くて、アリオスは思わずその顔に無意識のうちにキスの雨を降らした。
「あ…、アリオス」
「台無しになんかなっちゃいねーよ。そのせいでお俺はおまえをこうして暖めてやれたし」
「ん…、嬉しかった」
アンジェリークはふいにベット再度の時計を見る。時計の針は、14時30分を指している。
「私、随分、寝てたんだ…」
「かれこれ3時間ほどかな。俺も一緒に寝かしてもらったから、丁度良かった」
「ん…、お蔭で元気が出た」
 先ほどに比べると生気の戻った彼女の顔に、ようやく明るい微笑が戻って来た。
「時間になったら家まで送ってやる」
「ヤダ…」
 彼女の小さな手が彼の背中にしがみ付いて、離そうとしない。
「誘ってんのか? 俺を」
 彼の言葉の意味が判り、彼女は赤面しつつも、小さく頷いた。
 可愛らしい彼女からの誘い。
 それを彼が受けないはずはない。
「----だったら、泊まっていけよ。どうせ冬休みだし、明日からの学校を気にしなくて済むからな…」
「え!?」
 アンジェリークが息を飲んだときには、もう遅かった。
 彼は先ほど“温める”とは全く意味合いの違う抱擁を彼女にする。
「優しく“看病“してやるよ」
「う…ん…!!」
 深い口づけを受けながら、甘美な彼アリオスの看病に、アンジェリークは身を任せる。

 たまにはこんな“看病”もないとな?

 アリオスは心の中にほくそえむ。
 アリオスによる、彼の小さな天使への甘い、甘い看病が、彼女の風邪をちゃんと直したかどうかは、本人達のみぞ知る。   


コメント
アリオスに口移しでアンジェリークに薬を飲ませるシーンだけが書きたくて、書いたものです。
それにしても、風邪は万病の元。うつるぞ、アリオス!!
それにしても、私は「SWEET」のへ矢を全然更新していなかったと今ごろ気づき、大きく反省しております。