『泣くなよ? 俺が着いていてやるから。 すっと俺がおまえの傍にいてやるから------』 『ホント? 約束よ?』 息を切らせながら、アンジェリークは坂を一生懸命登りきる。 久しぶりの坂道。 10年ぶりの坂道は、記憶どおりにとても急だが、それでも汗は心地よい。 10年ぶりにこの町に帰ってきて、最初にやっぱりこの坂を登りたくなるなんてね… 汗を光らせながら坂を登りきると、彼女はいままで登ってきた坂を振り返った。 遠くに港が見えて、海が光っている。 春の蜃気楼にようにとても美しい。 「今日からまた宜しくね?」 笑いながら彼女は囁くと、再び歩き出した。 暫く歩くと、彼女は、大きな美しい外観でいられる古い病院に入っていった。 そこの中庭に彼女は歩いていく。 小さい頃よくここで遊んだものね〜 なつかしがりながら、アンジェリークは、白い大理石で出来ている小さな噴水に腰を下ろした。 (ここにいると、いつも同じお兄ちゃんが遊んでくれたな〜。時にはいじめられたりもしたけど) 建物の中庭に面する廊下では、不意に廊下を歩く白い白衣が立ち止まった。 銀の髪が眩しそうに太陽の光を弾いている。 帰ってきたのか… アンジェリークは、なつかしげに笑う青年の姿を、いまだ気がつかなかない。 五月の清々しい風を感じながら、アンジェリークは息を大きく吸う。 この病院は、ママが入院をしていて、お姉ちゃんとよく遊びに来てたっけ。結局ママは家には二度と帰ってこなかったけれど…。 「さてと! そろそろ行かなくっちゃ! お姉ちゃんのためにもご飯ご飯!!」 気合を入れるかのようにアンジェリークは立ち上がると、病院の中庭から出て行こうとした。 「きゃあっ!!」 次の瞬間、アンジェリークは石に大きく躓き、酷く転んでしまう。 「痛いっ!」 顔を顰めて立ち上がろうとすると、白衣を着た青年が窓を飛び越えてこちらにかけてきた。 「平気か?」 「ええ」 顔を上げて見てみると、そこには、銀の髪を僅かに乱した青年が、アンジェリークに手を差し伸べている。 ------どこかで、どこかであったことがあるわ・・・ 「足を診てやる」 「きゃあっ!」 心の準備も出来ず、いきなり抱き上げられて、アンジェリークは思わず甘い声を上げる。 (だって恥かしい…) 彼女は真っ赤になっているが、肝心の青年は全くといっていいほど平気なようだ。 表情のない顔と、落ち着いた仕草が全てを表している。 噴水まで連れて行かれて、アンジェリークはそこに座らされた。 「足を診せてみろ」 ふわり白衣が揺れて、アンジェリークはそれだけで少しだけ安心して足を出した。 「痛かったら言え」 「はい、判りました…」 青年医師は、いきなりアンジェリークの足首あたりを触りだす。 わ〜ん恥かしいよ!!! 「ここはどうだ?」 「大丈夫です」 触診だとは判ってはいる。 だが、目の前にいる青年医師はとても素敵で、アンジェリークは胸が激しく打ち付けるのを感じてしまう。 「ここは?」 「・・・!!!」 足首の付け根あたりを触られたときに、アンジェリークは鈍い痛みを感じて、思わず顔を顰めた。 「軽い捻挫か。湿布したら直るから、処置してやるよ?」 「・・・すみません…」 アンジェリークはそのまま青年に抱き上げられ、病院の診察室に連れて行かれてしまった----- 診察室は青年専用のもののようだった。 椅子に座らされて、アンジェリークは足を台の上に乗せられた。 「湿布をしておくから、明日も一応ここに来い。保険証とかはかまわねえからな。会計を通るなよ」 「はい…」 靴下を脱がされ、手早く手当てをしてもらう間、彼女は恥かしくて堪らなかった。耳まで真っ赤にさせて俯くことしか出来やしない。 「明日も外科のアリオスと直接言ってくれたら直ぐに診察が出来るように手配しておくからな」 「有難うございます…」 アリオスって言うのか…。先生の名前・・・ アンジェリークはちらりと青年をみる。 彼はとても整った容姿をしていて、自分がこうしてもらっていることが凄く恥かしくて堪らない。 白衣がとても似合っており、その白さに、アンジェリークは胸を焦がしてしまう。 甘く息苦しい時間。 それがいつまでも続いて欲しいと思わずにはいられない。 じっとアリオスの指先を見ていると、余りにも繊細すぎて、息を酷く乱してしまった。 「ほら終わりだ」 「はい」 手際がいいせいか、青年医師アリオスの処置は直ぐに終わってしまい、アンジェリークはほんの少し残念そうな声を上げた。 「立てるか?」 自然と手を貸し、腰を支えてくれる。 その腕がまた逞しくて温かく、そして甘くて苦しい。 「なんとか…」 アンジェリークは、助けて貰いながら何とか立ち上がった。 彼の手を妙に意識してしまう。 「有難うございました!!」 真っ赤になりながら、アンジェリークは精一杯の礼を言った。 それには甘く微笑みながら、アリオスは応えてくれる。 「また明日も来いよ? ちゃんと見てやるから」 「はい!」 深々と頭を下げて、アンジェリークはドアを閉める。 ドアを閉じた後も、胸のドキドキは中々収まらなかった。 アリオス先生か…。 懐かしい香りがする男性だわ…。 彼女がドアを閉めた後、アリオスは優しく少しノスタルジックのある表情をすると、煙草を口に銜えた。 ------久しぶりだな? アンジェリーク・コレット…。 彼は心の中で囁くと、彼女が帰っていく様子をブラインドからじっと見詰めていた------ アンジェリークは胸がかなり早まるのを感じていた。 あの瞳どこかで見たことがあるわ… そう考えるだけでとても胸が激しく高鳴ってしまう。 彼女は何度も、先ほどの青年医師がいた診察室の窓を見つめる。 そうするたびに、なぜか耳までもが真っ赤になってしまった。 落ちつけ!! アンジェ!! 何度もそう言い聞かせるものの、胸が切なくも甘い疼きの渦に巻き込まれてしまい、それどころではない。 彼女はまだ気がつかない。 それが”初恋”の再会であることに------ 2002.5.10〜2002.5.31 |