「それでね、おねえちゃんあの洞窟にはね、出るらしいんだって」
「うん、うん何が?」
「幽霊・・・」
「幽霊!」
アンジェリークの声は思わず裏返ったが、その碧の大きな瞳は、好奇の色で輝いている。
----ここは白銀の輪の惑星の北の集落。
最近、アンジェリークは、ここの少年と仲良くなり、ヒマがあれば遊んでやったり、話を聞いてやったりしていた。
そして今日も、少年と二人、集落の噂話などをしていた。
「何でもね、その幽霊は、縁結びの力があるらしくて、恋人同士で行ったら、幸せになれるらしいって」
「ホント!」
アンジェリークの瞳は益々明るい光が宿り、期待に胸が躍る。
頭に浮かぶのは、銀の髪の背の高い愛しい人。一緒に行ってみたいと、胸は昂まる。
「ねえ、それどこの洞窟?」
彼女は身を乗り出して、迫るように少年に尋ねる。それは、逸る気持ちでいっぱいな、少女の顔だ。
「この先の森にある洞窟だよ!」
「有難う! 早速行ってみる!」
アンジェリークは、嬉しそうに浮かれて、何度もジャンプをする。
「でもおねーちゃん、幽霊だよ?」
「いいの!」
「----あ〜、あの銀の髪のお兄ちゃんと行くんだ〜」
少年はからかうようにニヤニヤと笑い、アンジェリークを突っついた。
「・・・いいじゃない・・・」
アンジェリークは、顔を耳まで赤くして、拗ねるように俯いてしまった。
「噂をすればだよ」
「えっ!」
顔を上げると、アリオスがすたすたとこっちに歩いてくるのが見える。
「ほら、おねえちゃん、一緒に行って幸せになっといで」
少年は、ポンとアンジェリークの背中を、アリオスに向けて押した。
「こら!」
アンジェリークがこぶしをあげて、叩くフリをすると、少年は高らかに笑いながら走り去る。
「おねえちゃん、がんばってね〜!」
少年はアンジェリークに何度も手をふって見せた。
「おにいちゃん、オス!」
アリオスの脇を走り過ぎるとき、彼はしたり顔で挨拶をし、一人でほくそえんだ。
「ああ」
アリオスが挨拶する暇を与えないほど、彼は素早く走り去っていった。
「なんなんだ、ありゃ」
アリオスは、少年の後姿を、不思議そうに眺めていた。
「アリオス!」
アンジェリークは、喜色満面に、スキップをしながら彼に近づいてくる。
「アンジェリーク」
アリオスも、それに答えるかのように、口角を上げ、愛しげに彼女を見つめた。
「ねえ、今から時間ある?」
彼の顔を見るなり、アンジェリークは、逸る気持ちを抑え切れずに、早口で言う。
「・・・? 俺は別に大丈夫だが、何だ?」
アリオスは、怪訝そうに眉を寄せながら、アンジェリークを探るように見た。
「じゃあ、一緒に森の洞窟に行かない?」
「洞窟? 何だまた」
アリオスは、アンジェリークを益々不思議そうに見る。
「・・・あのね・・・、出るらしいの・・・」
アンジェリークは、わざと声を潜める
「お化けか?」
「・・・そう!」
アンジェリークの瞳は期待感で輝き、それがアリオスには、可愛くて、可笑しくてたまらない。
「クッ、だから俺も、恐いから一緒に来い、か?」
「そう!!」
本当は、その理由よりも勝るものがあったが、彼女はあえて黙っておいた。
アンジェリークのあまりにもの可愛らしい好奇に、とうとうアリオスは噴出してしまい、頭をのけぞらせて笑い始めた。
「あ〜、ひどいっ!」
アンジェリークは、頬に空気を入れて膨らませてしまい、彼に背中を向けて、わざと拗ねるフリをする。
「あ〜、はい、判った、判りました。一緒に行かせていただきます、お姫様」
「ホント!」
アンジェリークは、途端に表情をころりと変え、まるで抱きしめてあげたくなるような、輝ける笑顔を彼に向けた。
「チッ、しょーがねーなー」
アリオスは、アンジェリークのこの笑顔にからきし弱くて、どんなわがままも訊いてしまいたくなるのだ。
「ね、早く!」
「はい、はい」
アリオスは、アンジェリークに引っ張られて洞窟へと向かう。
アンジェリークのたくらみを知らずに。
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やはり"森の洞窟"は、その名の通り、暗く、不気味な雰囲気がし、アンジェリークは、言い出したにもかかわらず、足を竦ませている。
「アリオス〜、お願い、手を離さないでね」
「ったく、言い出したくせに、恐がりなんだからな、おまえは!」
「だって〜」
二人は、いつも二人だけになると、決まって手を繋ぐのが習慣になっていた。
お互いのぬくもりを感じるため、今日も森に入った途端に、どちらかともなく手をしっかりと絡ませあっていた。
離さないと判っている。しかし、アンジェリークは、洞窟の雰囲気が恐くて、いつもより深いつながりを求めていた。
「そんなに恐いんだったら、帰るか?」
「・・・いやだ・・・!」
アンジェリークは、彼に絡ませている指先に力を込めて、唇を噛む。
せっかくここまで彼ときたのだから、少年が言っていたことを試してみたい。
「しょーがねーな」
アリオスは、優しく深い微笑をフッと浮かべると、彼女の手を強く握り返した。
「トロトロすんなよ? 行くぜ?」
「うん・・・」
アンジェリークは、アリオスに手を引っ張られながら、ゆっくりと洞窟の中へと入ってゆく。
突然、女の悲鳴のような声が二人を掠めた。
「きゃああああああ!」
アンジェリークは、涙声の混じった大きな悲鳴を上げ、繋いでいない手を彼の首に回して抱きつく。
「おい、アンジェリーク」
「アリオス、アリオス・・・、恐いよ・・・」
アンジェリークは、全身を震わせながら、アリオスの逞しい胸にすがり付いていた。
「クッ、帰るか? ん?」
アリオスは、可笑しそうに喉を鳴らしていたが、その手は優しく彼女の栗色の髪を撫でている。
「・・・いや・・・」
彼女は、本当は飛んで帰りたかった。しかし、どうしても彼と目的を果たしたいと思うと、帰るに帰れなかった。
「おまえ、本当に頑固だな・・・」
アリオスは呆れたように溜め息をつくと、アンジェリークの顔を両手に挟み、泣き顔を上向きにさせる。
「恐くならないおまじないだ・・・」
そう云って、彼は優しく涙の痕が残る目の下に口づけた。
「アリオス・・・」
アンジェリークは、心の中の闇が徐々に取り除かれるような気がして、彼に儚げな微笑でそれを伝える。
「じゃあ、行くか」
「うん」
二人は、また洞窟の中へと進み始めた。
「なあ、アンジェリーク?」
「何?」
「さっきの音・・・、女の泣き声のような気がしねーか?」
「・・・え!?」
言われて、アンジェリークはやっぱり恐くて、その身を固くさせる。
その姿が、また可愛くて、アリオスは喉を鳴らしてついつい笑ってしまう。
「もう!」
「ワリい、ワリい」
再び、女の悲鳴が聞こえる。
「----アリオス〜」
「----おい、もし女だったら、おまえが宥めてやれ」
「え〜、私が〜」
アンジェリークは、身を竦ませて、アリオスに縋る。
「俺は、女のヒステリーは苦手なんだよ」
「だって・・・」
アンジェリークは、今にも泣き出しそうだ。
「心配そうな顔をするな、アンジェリーク。俺がおまえを守ってやる。だから・・・、安心しろ」
アリオスは、アンジェリークの髪を、愛しげにくしゃりと撫で、そっと抱きしめる。
「うん・・・」
アンジェリークは、最高の安らぎを得たと感じた。
二人は、洞窟の奥まで進んでいた。
女の悲鳴に似た音が、どんどん大きくなり、この場所から聞こえるのが判る。
「もうすぐだな、クッ、あとはおまえにかかってるぜ? アンジェリーク?」
「・・・うん・・・」
アンジェリークの顔は緊張で強張り、から笑いを浮かべている。
「恐いのか? クッ、どーしよーもねーな、おまえは」
アリオスは、低く笑うと、ふわりとアンジェリークの背後へと廻り、抱きすくめた。
「あっ、アリオス・・・」
「このまま前に進め。これだったら、さすがのおまえもこわくねえだろう?」
アンジェリークは、体の奥からこみ上げてくる切なげな甘い疼きに、くらくらしながら、やっとのことで頷いた。
重なり合った、二人は、ゆっくりとさらにに奥へと進む。
アンジェリークの動きがかなりギクシャクしていたせいか、二人羽織りに見えなくもない。
「行き止まり・・・」
「ここだな」
二人は、とうとうおくまでたどり着き、辺りを見回した。
「おい、あんなところに穴がある・・・」
アリオスは、アンジェリークの肩越しに、岩の隙間を指差す。
離すたびに彼の息が耳にかかり、アンジェリークはのけぞるような快感を覚える。
「あ・・・、穴ね・・・、穴、穴」
アンジェリークは、感じる自分を何とか隠したくて、ごまかすように答える。
「覗いてみるか?」
「うん・・・」
二人は、夫々の顔を穴へと持っていった。
「・・・クッ!」
「何、アリオス・・・!」
アリオスは急に可笑しそうに喉を鳴らし、肩を震わせて笑った。
「これ見てみろよ!」
「え、なに」
アリオスに促されて、アンジェリークも穴の間を覗いた。
「----あ〜〜!!!」
アンジェリークは思わず声を上げ、そのまましょんぼりとして、唇を尖らせる。
「お化けの正体が、自然に出来た風穴だったとはな!」
アリオスが、そっとアンジェリークから体を離すと、彼女は安心したせいか、へなへなと座り込んでしまった。
「俺はよかったぜ? おまえのしょんぼりした顔が、かわいいったらないからな!」
アリオスはからかうように言うと、静かに彼女の唇に甘い口づけをする。
「----よくがんばったご褒美だ・・・」
彼は、今度は、深くて官能的な口づけを彼女に送る。
「・・・ん・・・」
アンジェリークは、その口づけに、体の芯が溶け出してゆくような感覚を覚えた。
唇が離され、静かに彼の手が差し出される。
「帰るか」
言われて立ち上がろうとしたが、アンジェリークは上手く立ち上がることが出来ず、その場に座り込んでしまった。
「立てない・・・、アリオス」
アリオスは、深い微笑を彼女に送ると、そのまま横抱きに、彼女を抱き上げる。
「しょうがねーな。腰ぬかしてまうなんてよ!」
「ありがと・・・、アリオス・・・」
アンジェリークは、頬を紅潮させながら、彼の胸に顔を埋めた。
あのこの話は、あながち嘘じゃないわね・・・。
だって、こんなにロマンティクだから・・・。
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コメント
アリXコレのSIDEだと、どうしてもくらくなりますので、あえて、明るくしたくって、このイベントを選びました。
とても幸せな二人を感じていただければ幸いです。
