桜舞祭だけのジンクス <前編>
――そう、あの事を聞かされたのは、卒業を目前に控えた頃だった――
「アリオスなんか大っ嫌い!! 何処へでも行っちゃえ!!!」
『バチーン』という誰かの頬が思いっきり引っ叩かれた音が静かな礼拝堂に響いた。
肩の辺りで切り揃えられた栗色の髪の少女、海色の瞳にうっすらと涙を浮かべていた。
その少女よりも背の高い銀髪の青年の左頬は、うっすらと赤くなっていた。
どうやら、少女に頬を引っ叩かれたようだ。
「アリオスなんか、もう知らない!!」
アンジェはくるりと踵を返し、礼拝堂の正面扉へと走り出そうとしていた。
「おい、アンジェ、アンジェリーク!! 待て、俺の話を最後まで・・・・」
アリオスはアンジェを捕まえようとして手を伸ばしたが、
アンジェの足の方が速かった為、手は届かなかった。
『バタン!』という扉が閉まる音と共に、礼拝堂には静けさが帰ってきた。
「・・・・・・ったく、あいつは・・・・・」
アリオスはポケットから四角い箱を取り出し、それを愛しそうに見つめていた。
「はぁ〜〜〜・・・・・」
アンジェは机に顔をうつ伏せて、溜め息をついた。
アンジェのクラスの教室では授業ではなく、LHR(ロングホームルーム)をしている。
内容は『桜舞祭』についての事だ。
『桜舞祭』とは、聖(セント)ミカエル学院高等部の卒業式の2日前に中・高等部の在校生が企画し運営する行事だ。
主旨は高校3年生である卒業生の卒業を祝う、要するに『謝恩祭』なのだ。
その主役である高3生は、『桜舞祭』にそのお返しとして、学年全体で劇をするのが伝統となっている。
主に実行委員会が中心となるので、劇の配役から裏方の人員配備までも全て委員会が決める。
この『桜舞祭』実行委員会の命令は絶対なので、生徒の誰もが従わなければならない。
だが、『桜舞祭』の劇にはある『ジンクス』があるので、誰もが張り切ってやるのだった。
「どうしたの、アンジェ? アリオス先生とケンカでもしたの?」
アンジェの親友で、前の席に座るレイチェルがアンジェに話し掛けてきた。
「うん・・・・・・」
アンジェは沈んだ声で答えた。
「また、やったの?」
レイチェルは呆れたように言った。
どうやら、アンジェとアリオスのケンカは毎度お馴染みの事らしい。
「またって・・・・・でも、今度は違うの・・・・」
アンジェは顔を上げた。
「今度はチガウって、ドーユーコト?」
レイチェルは興味津々で椅子から身を乗り出してきた。
「あのね、実は・・・・・・・・」
アンジェは淡々とした声でレイチェルに話し始めた。
「えっ、留学・・・・・?」
アンジェはアリオスの話を聞いて、目を丸くした。
そこは聖ミカエル学院の敷地内にある礼拝堂だ。
春先の暖かな陽射しの光が綺麗なステンドグラスを通して、礼拝堂の堂内に射し込んでいた。
「あぁ。向こうで英語をもう一度、最初から、みっちりと勉強し直すんだ」
アリオスは何時になく真剣な瞳で言った。
「3月の終わり頃には向こうへ行くつもりだ」
「もう、決まっているの・・・・・?」
アンジェは恐る恐るアリオスに尋ねた。
「あぁ。もう、向こうの大学との留学手続きと留学ビザは済ませた。
だから、アンジェ・・・・・・」
「アリオスの馬鹿!!何で勝手に決めちゃったの?!」
アンジェは、手をワナワナと震わせて、アリオスに怒鳴った。
「仕方ねぇだろ? お互い忙しかっただから・・・・」
アリオスは平然とした態度で言ったので、アンジェの心の中で何かが壊れ出した。
「アリオスの馬鹿!! 嫌い!嫌い! アリオスなんか大っ嫌い!!
アリオスなんか何処へでも行っちゃえ!!」
その時、アンジェはアリオスの左頬を思いっきり平手打ちした。
「アリオスなんかもう知らない!!」
アンジェはアリオスにそう言うと、くるりと踵を返して、礼拝堂の正面扉へと走り出した。
「おい、アンジェ、アンジェリーク!! 待て、俺の・・・・・・」
アンジェはアリオスが呼び止めるのも聞かず、礼拝堂を出て行った。
「ええっ!!」
レイチェルは思わず、教室中に響く大きな声で叫んでしまった。
「どうかしましたか、レイチェル?」
クラスの『桜舞祭』実行委員であるティムカが尋ねた。
どうやら、『桜舞祭』でやる劇について説明の途中だった。
「な、何でもありません。・・・・・で、アリオス先生、留学しちゃうの?」
レイチェルは頭を低くして、アンジェに話し掛けた。
「うん。3月の終わり頃には向こうへ行くって・・・・・・」
アンジェは沈んだ声で答えた。
「アンジェはドースルノ? アリオス先生について行くの?」
「判んない・・・・・」
アンジェは更に沈んだ声で言い、再び机に顔を沈めた。
「では、劇の配役を発表します。主人公・アルテミス王子役は、3−Aのランディ・ウィンディ。
ヒロイン・ルナ王女役は、3−Bのアンジェリーク・コレット」
ティムカは大きな声で、劇の配役を発表した。
その瞬間、クラス中はワイワイと騒がしくなった。
「ヤッタじゃん! アンジェ、ヒロインに選ばれたんだよ! ヒ・ロ・イ・ン!!」
レイチェルは嬉しさのあまり、アンジェの体を揺り動かした。
「・・・・・・・えっ? ヒロイン・・・・・?」
アンジェは心此処に在らずといった感じだった。
「どうしたのよ? 嬉しくないの? 『桜舞祭』の劇でヒロインに選ばれたんだよ?」
レイチェルはアンジェの顔を覗き込んだ。
「今はそんな気分じゃない・・・」
アンジェはかなり落ち込んでいた。
「で、でも、気分転換にはイイかも?
そ・れ・に、『桜舞祭の劇でヒロインを演じた女の子は恋愛の女神・ティタナエルの御加護を受けて、幸せになれる』
っていうジンクスがあるんだよ。やってみようよ、アンジェ?」
レイチェルは代々、『桜舞祭』にまつわるジンクスの事をアンジェに話した。
(アリオスと仲直りしたい・・・・よしっ、やってみよう!!)
「あたし、やってみるよ! 有り難う、レイチェル!!」
「そうこなくっちゃ!!」
レイチェルは親友であるアンジェが元気を取り戻した姿を見て、ホッとした。
それから、アンジェは劇の練習に打ち込んだ。
しかし、アリオスはそんな彼女の姿を見て、ひどく心を痛めた。
彼女を酷く傷付けてしまった事を後悔した。
もっと早目に、彼女にこの話をしておくべきだった、と。
アンジェ自身も、自然とアリオスを避けていた。
彼女もまた、心の何処かでアリオスに会わす顔がないと思っていたのだった。
そして、『桜舞祭』当日まで、二人はすれ違ったままだった。
「間もなく、開演でーーす!! スタンバイ、お願いしまーーす!!」
舞台の袖では、進行係の生徒が開演の準備を知らせていた。
「大丈夫? 何ともない、レイチェル?」
パステルブルーのドレス衣装に、頭の上には小さな銀色のティアラが載っており、
後ろには腰の辺りまでヴェールが流れていた。
お姫様衣装に身を包んだアンジェは、レイチェルの目の前でくるりと回った。
「ダイジョウブだよ、アンジェ!! ガンバレ!!」
レイチェルはアンジェの背中をポンと叩いた。
「うん!」
アンジェは元気よく返事をした。
『ジリリリリリリリ・・・・・』と開演を知らせるベルが講堂内に響いた。
<後編>に続く

FROM TINK WITH LOVE
サリア様!また素敵なお話をありがといございます!!
後編がどうなるか、取っても楽しみです。
