あなたが好きだと言ったから・・・。
作りたいと思った。あなたの笑顔が見たかったから・・・。
育成に忙しいアルカディアでの日々。
若き女王を支えるのは、エレミアの民の幸福を感じることであり、親友で補佐官であるレイチェルの存在。
そして・・・。
転生した恋人アリオス。
彼のことをもっともっと知りたくて。
彼の心にもっともっと入り込みたくて。
忙しい中、育成と学習の合間を縫って、アンジェリークは今日も、古びた食堂に通っていた。
「こんにちは!」
「ああ、アンジェちゃん! 熱心だね!」
食堂の女将さんは、嬉しそうに彼女を迎えてくれる。
毎日二時間ほどだが、この食堂の手伝いをしながら、アンジェリークは料理を学んでいた。アルカディアの郷土料理である、ラムシチューを学ぶためである。
これも、愛しい男性が「好きなもの」と言ったからである。
「いつもありがとね! アンジェちゃんが来てくれるから、最近、うちの店も明るくなってきたよ〜」
「ありがとうございます」
屈託のない女将さんの笑顔に、アンジェリークも心からの暖かさを感じた。
客の気配がしたので、アンジェリークはそそくさと入り口に出ていく。
「いらっしゃいませ…」
そこまで言って、アンジェリークは体を固めてしまった。
「アリオス…」
「こんなとこで何やってんだ? おまえ…」
現れた客はアリオスその人であった。
彼は怪訝そうに彼女を見つめ、二人は暫く見つめ合った。
「あ! アリオスじゃないの〜!」
女将は嬉しそうにカウンターから出てきた。
「よ、あんたのシチュー食いにきたぜ?」
「有り難う」
言って、女将は二人の雰囲気を察した。
「あんたたち、知り合い?」
「まあな」
素っ気なく答えるアリオスと、頬を幾分か上気させて頷くだけのアンジェリークに、ふたりの関係が読めたような気が、女将にはした。
「アリオス、あんたはここに座って、アンジェちゃんは厨房に来てくれるかい?」
「はい」
女将の後をついて行く彼女を見ていると、アリオスには、とてもでないが、女王には見えない。だが、そんな彼女が可愛く感じる。
「アリオス! いつものでいいかい?」
「ああ、いいぜ」
女将は威勢の良い掛け声に、アリオスも親しみを込めて答える。
なんだか、いいな、こういう関係・・・。
「アンジェちゃん、あんたアリオスの為に、うちにシチュー習いにきたの!?」
耳打ちをされた途端、アンジェリークは耳まで真っ赤になった。
「はは! お似合いだよ!」
ドンと背中を叩かれて、アンジェリークは思わずこけそうになった。
「あの子、最初は物凄く暗い顔してたけど、最近物凄く明るくなった気がするけど、それはあんたのおかげなんだろうね」
しみじみと言われて、アンジェリークは心からの嬉しさが込み上げてくる。
「あんたたち、本当に想いあってるのね・・・」
「あ・・・」
はにかんで俯く彼女が、女将には微笑ましく映った。
「ね、アンジェちゃん、あなたがラムシチュー作ってみてよ」
「私がですか!?」
女将の申し出が嬉しくもあり、どこか不安で、アンジェリークは縋るように女将を見る。
「大丈夫だって! あんたは私が仕込んだんだから!」
そう言われるとその気になるのが不思議だ。
アンジェリークは少しはにかんで笑うと、厳かに頷いてみせた。
「じゃあ、任せたよ!」
「はい」
アンジェリークは、決意を秘めた表情で厨房に入り、まずはラム肉の仕込みに入る。
それを見守りながら、女将はウォッカのロックと、簡単な酒の肴を作り、アリオスに持っていった。
「はい、シチューの前にちょっとこれでも食べてて」
「なんだ?」
怪訝そうにアリオスは女将を見る。
何となく、何が起こっているか読めるのだが。
「何か企んでやがるだろ?」
含み笑いの女将に、アリオスは機嫌が悪くなった。
「そんな顔しないでおくれ。アンジェちゃんが頑張ってやってるんだから・・・」
彼も、愛しい少女が、ただ自分の為だけにシチューを作ってくれるのは嬉しい。だが、お節介が面倒臭いのも確かである。
「あいつ、どうして、あんたの所に?」
「あの子、最初にここに来るなり、ラムシチューを習いたいと言ってきて。ただ、自分は忙しいから、夕方少ししか来れないがいいか、とも言ってた。そこまでする理由を訊いてみたら、゛一番大切な人に食べさせたいから。ここが一番美味しいと人からに聞いたから゛ぁとね。私も素直で優しい言い子の恋愛を応援したくてね、引き受けたわけさ」
アンジェリークの純粋な想いに触れるだけで、アリオスは心が満たされるように思える。
「あ、ここで油売ってる暇はなかった。わたしも戻るは」
慌てて、女将は厨房に向かう。
「おばさん」
「なんだい?」
「…サンキュ・…」
手を上げて、女将は彼に答えてくれた。
アリオスは、厨房から見え隠れする、栗色の髪の少女を、ずっと目をそらさずに見つめていた。
最高の酒の肴だ…。
アンジェ…、有難う…
アリオスに”美味しい”って言ってもらいたいから、心を込めて、一生懸命作ろう。
アリオスの笑顔が見たくて、彼女は、シチューに心を込めて味付ける。女将に教えてもらったように、丁寧に仕上げていく。そこにいるのは”新宇宙の女王”ではなく、ただの17歳の少女だ。
「…と、こんなものでいいかな?」
何度かの味見の後、ようやく納得のいく味になり、アンジェリークはようやくふうと息をついた。
「女将さん、出来ました…」
「どれ、どれ」
アンジェリークの報告に、女将はさも嬉しそうにコンロの前にやってくる。
「どれ」
そのままお玉で救って、味見をする・
アンジェリークがどきどきとする瞬間である。
「うん! いい味出てるよ! これだったら、店に出してもいいよ!」
「ホントですか〜!」
満足そうに女将が何度も頷いてくれたので、アンジェリークは、少し照れながら誇らしげに笑った。
その笑顔は、今まで見た彼女の笑顔の中では一番輝いいて、女将を唸らせるものとなった。
やっぱり・・・、恋してる女の子は笑った顔が一番いいね…
「じゃあ、これをアリオスに出しておやりなさい。あんたも一緒にこれ食べたら、帰っていいからね?」
「あ・・・、でも…それじゃあ…」
少し表情を曇らせる彼女に、女将は更に豪快に笑う。
「いいって! 明日からは、この味を忘れないようにね? 私からの卒業だよ!」
「女将さん…」
アンジェリークは大きな瞳にいっぱい涙をためると、そのまま女将に抱きつく。
「ほら、泣かないの! アリオスに嫌われるわよ?」
「はい・・・はい・・・」
女将から離れて、その涙を拭うと、彼女はにこりと笑った。
「有難うございました!」
深深と頭を下げる彼女に、女将は満足そうに微笑む。
「いいのよ。アリオスとデートを楽しんでらっしゃい?」
「はい!」
アンジェリークは、」シチューとパンの乗ったプレートをアリオスの下に運んでいった----
「お待たせしました!」
少女が運んでくる姿を、満足げに見つめながら、アリオスは少し意地悪げに笑う。
「待ったぜ?」
「もう! 意地悪!」
頬を膨らませている少女は、本当に愛らしい。
「ほら、とっとと席につけ? 一緒に食うんだろ?」
「うん!」
トレーの中のものだけで、彼が判断してくれたのが、嬉しくて。
彼女は席につくなり、彼の顔を覗き込む。
「ね、美味しい?」
「はあ?」
アリオスは呆れたように言うと、クッと笑った。
「あのな、おまえ、俺まだ、スプーンを口に運んだだけだぜ?」
「ごめんなさい・・・」
「まあ、いい・・・」
早急に答えを知りたがる彼女もまた、彼には可愛くてたまらない。
彼はすっと口の中にシチューを入れて、味わった。
口の中に入れた瞬間、優しい味がして、彼は心も下も満たされるような気がする。
今までの中で一番美味しい料理だと思った。
「どう?」
胸の鼓動を高めながら、アンジェリークは一生懸命に訊く。
「…拙い…」
「うそっ!!」
泣きそうな顔で彼女が彼を見るものだから、アリオスは益々可愛く感じてしまい、喉を鳴らして笑った。
「ウソだ」
「もう、意地悪! 知らないっ!」
彼女がすっかり拗ねてしまって、席を立とうとしたとき、彼は慌てて彼女の手を取った。
「待てよ」
そう言われたくて、アンジェリークは、わざとそうしたのだ。
そのことは勿論彼にも判っている。
「…美味かった・・・」
「ホント?」
少し涙を滲ませて、彼女は振り返る。
「ああ」
そこまで言うと、アリオスはアンジェリークを自分に引き寄せた。
「きゃっ」
「----今までの料理の中で一番美味かった…」
甘く囁かれて、アンジェリークは再び涙ぐんでしまう。
「バカ…、泣くな…」
「うん…」
二人はすっかり゛愛の世界”には言ってしまい、ここがどこかなどとは構わずに、甘いシーンをくりひろげていた。
「あ〜、ここはずいぶんな暑いな〜!」
なぜか食堂に入ってくるものは、皆、半そでになりたがったらしい…(笑)
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「さて、送るぞ?」
「うん」
アツアツの食事を終えた二人は、後片付けをしてから、店を出た。
「有難うございました〜」
「またね、アンジェちゃん、アリオス!!」
女将に温かく見送られて、二人は、心地よい夜道を散歩する。
「綺麗ね…月…」
「ああ」
二人は手をしっかり繋ぎあって、夜風を浴びている。
「アンジェ…」
「何?」
「今日はサンキュ。最高に美味かった」
彼がくれる心からの賛辞が嬉しくて、彼女は頬を染めて頷いた。
「お礼だ…」
「え?」
急に彼が立ち止まると、彼女の頬を両手で包み込む。
艶やかな異色の瞳で見つめられると、アンジェリークは胸の奥が熱くなるのを感じた。
「おまえはホントに最高の女だ…。
-----愛してる…」
. 唇が重なり合う。
甘い口付けを受けながら、アンジェリークは思った。
これが最高のデザートね…