「いってくる」 「行ってらっしゃい」 いつものように甘いキスを交わして、アリオスを送り出す。 だが今日はどこか違う。 毎年、アリオスは10月25日になると、白い薔薇を持ってどこかへと出かける。 その日のアリオスきちんとしたスーツ姿で、どこか華やぎがあると、アンジェリークは昔から思っていた。 彼はどこに行くかは語らなかった。 だが今年は、ちゃんと伝えてくれた。 「エリスの元にお祝いに行く」 と---- 毎年の彼の謎が解けて、アンジェリークはどこか切なさを感じずにはいられない。 昨夜は、彼が25日になった瞬間、 「誕生日おめでとう----」 と、抱きしめながら囁いてくれた。 その後は、彼から熱い愛のひとときをもらった。 だが---- 不安と切なさが拭いきれたわけではなかった。 花を持って仕事へと出かけたアリオスを見送った後、アンジェリークは、物思いにふけりながら、ずっと外を見ていた。 10月25日--- それは、嬉しい自分の誕生日でもあり、愛する男性が生涯忘れられない女性の誕生日でもあった。 切なさと嬉しさ---- それらが同居して、アンジェリークは複雑な思いに駆られてしまう。 判ってる…。 判ってるの…。 エリス叔母さんはアリオスにとっては大切な女性(ひと)だって…。 だけど、だけどね…。 アンジェリークは大きな溜息を吐くと、再びダイニングへと向い、二人の子供の世話を始めた。 去年のアリオスの誕生日に生まれた、レヴィアスとエリスの双子の子供たちも、もう直ぐ一歳になる。 乳幼児用の食事椅子に座らせて、朝ご飯の離乳食を食べさせる。 「はい、あ〜んして」 アンジェリークは現在大学の法学部の一回生だが、勉強に忙しくても、決して家事の手を抜いたことはなかった。 子供たちの離乳食も完璧な手作りで、出かける時以外は、インスタントは使ってはいない。 今朝も朝食にと、マッシュポテト、フルーツ野菜ジュース、ヨーグルトなどをしっかりと食べさせていた。 「まんま〜!」 嬉しそうにスプーンで皿を叩く二人に目を細めながら、アンジェリークは切なくて堪らない。 …アリオス…。 あなたが私を大切にしてくれてることも判ってる…。 もうこの世にいない女性に嫉妬するなんて…、今の私はきっと醜いだろうな… 子供たちにご飯を食べさせた後、支度をして、二人の子供をバギーカーに載せ、いつものように大学に向う。 大学には託児所があり、アンジェリークは授業中の間だけ、そこに預けていた。 「アンジェ〜! お誕生日おめでとう!」 「有難うレイチェル!」 アンジェリークは、抱きついてきたレイチェルをしっかりと受け止めて、嬉しそうに笑った。 「これね、プレゼント! エルンストと二人から!」 「有難う〜!!」 渡された包みをしっかりと受け取ると、レイチェルも嬉しそうに笑う。 「ねえ開けてみてよ」 「うん」 アンジェリークが嬉しそうに包みを取る姿を、レイチェルも幸せそうに見つめた。 「わ〜! 有難う!!」 それはシンプルだが上品なイヤリングだった。 アンジェリーク好みの羽根をモチーフしたもの。 アンジェリークはそれを耳に早速つけて、親友に披露した。 「どうかな?」 「うん! 綺麗! 似合ってるよ! ねえ、ママは凄く綺麗だよね?」 バギーカーに乗る双子にレイチェルが話し掛ければ、本当に嬉しそうにきゃきゃっと笑っている。 「有難う、二人とも」 アンジェリークも子供たちの反応がとても嬉しかった。 「アンジェちゃん!」 聴き慣れた声に振り向くと、そこにはいつも世話になっているロザリアが艶やかな笑みを浮かべて立っていた。 「ロザリアさん」 「アンジェちゃん、こんにちは! 私からの誕生日プレゼントを受け取ってね?」 「誕生日プレゼント?」 嬉しさに、目を大きくしているアンジェリークをよそに、ロザリアはレイチェルに目配せをする。 「レイチェルちゃん」 「はい」 そのまま、レイチェルがバギーカーを押して、ロザリアの車に向って歩いていく。 「さあ、アンジェちゃんも車に乗るわよ?」 「え、あ、あの…」 そのまま。ロザリアに押し切られて、アンジェリークはロザリアの愛車に乗せられてしまった。 子供と一緒に車に乗りながら、アンジェリークは少し困惑気味だ。 期待と嬉しさと、そして今朝からの不安が心のどこかにくすぶっている。 連れて行かれたのは、ロザリアのブティックだった。 そこでメイクをしてもらい、ワイン色の彼女に良く似合うワンピースに着替えさせられる。 その間子供たちは、レイチェルに遊んでもらっている。 「出来たわ! あなたは色が白いから、とっても良く似合ってるわ!」 「有難うございます」 鏡に映っている自分を見つめながら、アンジェリークは不思議な気分になる。 こんなにちゃんとおしゃれをしたのは本当に久し振りだ。 別に女を捨てたのではなく、忙しさにかまけてなかなかできなかったのだ。 アンジェリークは、そういうときは、本当にアリオスに申し訳ない気持ちになっていた。 「さあ、アンジェちゃん。お待ちかねよ?」 「お待ちかねって?」 それにはロザリアは笑顔で答えるだけ。 アンジェリークは、ロザリアに連れられて、店の応接室へと向った。 扉を開けた瞬間、やはり、一番見てもらいたい男性(ひと)が待っていてくれた。 「アリオス…」 アリオスもまたスーツで決めて、艶やかでとても素敵なのに、子供たちと楽しそうに遊んでいる。 「アンジェ…!」 感嘆の溜息とともに、アリオスはアンジェリークに近づいていった。 その異色の眼差しには艶やかな光が宿っている。 「似合ってるぜ?」 「…うん…、有難う…」 はにかみながら答える彼女の腰を抱いて、アリオスはレイチェルとロザリアに向き直った。 「すまねえが、二人を頼むな」 「うん! 楽しんできてよ!」 「楽しんできてね、アリオスさん、アンジェちゃん!」 二人の美女と子供たちに見送られて、アリオスはアンジェリークをつれて車へと向う。 「どこに行くの?」 アンジェリークの頬はくれないに染まり、また、嬉しそうにはにかんでいる。 「ヒミツだ?」 アリオスは甘く囁いた後、車に乗り込んだ彼女に軽くキスをした。 車は、高層ホテルの駐車場に停まり、そこの高級レストランまでエレベーターで向った。 「アリオス…」 戸惑いを隠せない彼女を、彼は優しく微笑みながら見守っていた。 そのままレストランに入ると、予約していたらしく、係員が席まで誘導してくれた。 そこは、窓際の一番美しく夜景が見れる場所で、アンジェリークはその美しさに息を飲んだ。 「アリオス…」 感激をしている彼女に、アリオスはただ微笑む。 「こら、まだちゃんとお祝いしてねえからな? 感激するのはこれからだぜ?」 「うん…」 前菜とともにワインが運ばれてきて、アリオスはアンジェリークにもそれを進めた。 「おまえはまだ未成年だが、俺が今日だけは許すからな」 「うん」 そういうと、アリオスはグラスを持ち、アンジェリークも嬉しそうにそれに続く。 「アンジェ、19歳おめでとう…。 それと、いつも有難う…」 「…有難う」 アンジェリークは彼の心が胸にたくさん届くのが判る。 私って…バカだ・・・。 アリオスはこんなに私のことを思ってくれていたのに…。 アリオスがこんな素敵な瞬間を用意してくれたのに、エリス叔母さんに嫉妬して…。 急に涙が込み上げてきてアンジェリークはぽろぽろと涙を零した。 「アンジェ!?」 妻の切なげな姿に、アリオスは慌てた。 「…ごめんなさい…。私…、エリスおばさんに…」 そこまで言いかけた彼女を、アリオスは指先で制した。 「言わなくていい…、それ以上は…」 アリオスはフッと笑うと、妻の頬に軽くキスをした。 「うん…うん…」 「さあ、気を取り直して、食べるか? 今日は久々の二人っきりの時間だからな…」 アンジェリークも頷いて、二人は、甘く楽しい誕生日のディナーを楽しんだ。 夕食も終わり、アリオスはアンジェリークを連れて、さらにエレベーターで上に向った。 「アリオス、どこに行くの?」 「ナイショ」 二人は、エレベーターの中でもしっかりと手を繋いで、甘い時間を過ごしていた。 エレベーターが開いた瞬間、またアンジェリークは驚いた。 そこには、レイチェルとロザリアに抱かれた、二人の子供がいた。 もちろん、エルンストやオリヴィエも側に控えている。 「レヴィアス! エリス!」 アンジェリークはそのまま二人に掛けより、ぎゅっと小さな身体を抱きしめる。 寂しくなかった? ふたりとも」 アンジェリークの優しい表所に、アリオスはほんの少しだが我が子に妬けてしまう。 「みんな有難う」 「有難うございます」 アンジェリークは四人に丁寧いに頭を下げた後、微笑んで見せた。 「こんやは、ゆっくり親子水入らずで過ごしてね〜」 レイチェルが優しく言えば、 「ゆっくりしてくださいね?」 ロザリアも親子四人を包み込むように言う。 二カップルが彼らに別れを告げた後、アリオスはアンジェリークにカードキーを見せた。 「今夜はゆっくりしような?」 「うん…」 そのままホテルの一室に入り、アンジェリークはまたもや驚かされることになった。 そこはスウィートで、豪華な部屋の上、ベビーベッドがベッドルームの隣の部屋に用意されている。 そこにはちゃんと、子供のオムツなどが用意されていた。 「アリオス…」 再び感激するあまり涙ぐむ天使を、アリオスはそっと抱きしめる。 「おまえはいつも俺のために、子供たちの為に頑張ってくれているからな…。 たまにはおまえを楽させてやりたかった…」 アンジェリークは答えられない。 ただアリオスにしがみつくだけ。 「こら、子供がつぶれるぞ?」 「だって・…」 「二人は今日は寝るだけにしてもらっているからな、後はおっぱいをやって寝かせるだけだ…」 「うん…」 彼女は早速、近くのソファに腰をかけ、二人の子供におっぱいをやる。 その姿が可愛くて堪らない、アリオスであった。 子供たちも寝静まり、お互いにシャワーを浴びた後、二人はベッドには言って抱きあった。 「有難う…、最高の誕生日だわ…」 「今朝はすまなかった…。 俺がエリスの墓参りに一人で行ったばかりにな・・・。 ちゃんとおまえのことは話してきたぞ? おまえを深く愛していることと、今はとても幸せだということを・…」 「アリオス!」 「その時墓のコスモスが揺れて、エリスが喜んでくれているような気がした・…」 アンジェリークはしっかりと彼を抱きしめ、離さない。 「…おまえが可愛いから、俺の理性がぶっ飛んだじゃねえか…」 「あんっ!」 そのままアンジェリークはは、アリオスに激しく愛される。 情熱的な夜が嵐のように巻き起こっていた---- ----------------------------- 横で安らかな寝息を立てる彼女を、アリオスは優しい眼差しで見つめる。 「愛してる・…」 彼は甘く囁くと、アンジェリークの細い指に、エメラルドに輝く指輪をmそっと填めてやった---- |
