一人の母が自分の死後の娘の行く末を按じ、夜な夜な天使に祈りをささげていた。
「私の命は幾許もございません。どうか、私の娘が幸せになるよう。天使様が力を貸してはくれませんでしょうか?」
その祈りが届いたのか、金髪の可愛らしい天使が彼女の元に舞い降りた。
「天使様!!!」
金色の髪がまばゆい天使はにっこりと微笑むと、そっと彼女の髪を撫でつける。
『いいわよ? あなたの心はよーくわかったから。うふっ、彼女を守るために今から授けるものを頭にかぶらせて? これが割れたときに彼女は真の幸せを得ることが出来るから・・・』
「アンジェ、お母様はもうあなたとそう長く一緒にいることは出来ません」
病床の母親に、少女は呼ばれ諭されている。
彼女の名前は、アンジェリーク・コレット。
もう一六歳のせいか、”死"を理解するには余りにも多感の年頃。
大好きな母親が、もうすぐ、手の届かないところに行ってしまうことに、彼女は耐え切れそうになかった。
今まで母親を支えに生きてきたのだ。
貴族のせいか、多忙な父親に変わり、彼女を一身に愛情を注いでくれた母だった。
「お母様〜!!」
母親の胸に縋りつき、少女はむせび泣く。
それを、不憫に愛しそうに母親は抱きとめる。
「---アンジェ、いいですか? あなたは強い子です。昨日、天使様がお母様の元に来て約束してくださいました。あなたを守ってくださると」
彼女の華奢な体からそっと身体を離すと、母はその肩に手を置き、真っ直ぐに彼女の翡翠の瞳を見詰める。
「アンジェ、私と天使様はいつも見守っています。今からすることは、天使様の御意志です。これをかぶることによって、あなたは守られます」
母親が言って取り出したのは、彼女の頭を覆ってしまう大きな鉢だった。
それを見てアンジェリークが息を飲んだのは言うまでもない。
「お母様!?」
大きな瞳を見開いて、彼女は母親を探るように見つめる。
「いいですか、母の最期の願いです・・・」
「判りました・・・」
彼女はそっと俯き、母親が鉢を被せ易いようにする。
栗色の髪がふわりと揺れた。
母親は震える手で、そっと彼女の頭に鉢を慎重に被せる。
「・・・!!」
不思議なことに鉢は全く軽く、重さを感じさせない。
アンジェリークが手を触れてみると、それはもう彼女の頭に同化してしまっていて、全く外れる様子はない。
それを見て、安心したように、彼女の母はほっと息をつくと、安心したかのように目を閉じる。
「お母様!?」
彼女はそのまま母親に駆け寄る。
「大丈夫です・・・、少し疲れただけですから・・・」
天使様・・・!!
どうか、私はどうなってもいいですから、お母様を助けてあげてください!!
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彼女の願いはむなしく、あれからしばらくしてアンジェリークの母親は亡くなった。
葬式に現れたアンジェリークの奇妙な姿は、『気持ちが悪い』と参列者から失笑を買ったが、彼女は決してそれに負けなかった。
暫くして、父親は新たな妻を娶ることになった。
その妻は、奇妙な頭のアンジェリークに辛くあたり、気持ち悪いといっては、蹴飛ばしたりもする。
お母様の願いですもの、負けるわけには行かない・・・
アンジェリークは火一子に耐えぬく決心をこの時固めた。
だが・・・。
ある日、彼女は継母に誘われ、一緒に出かけることとなった。
川のほとりを歩きながら、彼女は気まずそうに俯く。
「アンジェ!」
「はい・・・」
「今日と言う今日はあなたに消えてもらわなければならないわ」
継母の言葉に彼女は息を飲み、鉢の隙間から継母の様子をうかがう。
不適な微笑を浮かべる彼女は、危険な眼差しを送っている。
「こんな頭で恥ずかしい!! あんたなんか気持ち悪いのよっ!!」
「えっ・・・きゃああああ!!」
継母にドンと押され、アンジェリークはそのまま川へとまっさかさまに落ちてゆく。
川の流れは速く濁流に彼女は飲み込まれてゆく。
く・・・、苦しい・・・!!
彼女はそのまま意識を手放した----
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「あ・・・」
「気がついたみてえだな・・・」
目を開けると、見知らぬ天井が視界に入り、それと同時に艶やかな低い声が聞こえた。
声に導かれて視線を這わせば、銀の髪をした、翡翠と黄金の瞳を持つ青年がこちらを見つめている。
冷たいほど整った面差しを持つ青年は、彼女を包み込むような眼差しをこちらに向けている。
それはアンジェリークにとっては新鮮であると同時に、好ましくも会った。
この格好になってしまってからというものの、彼女のことを奇妙な目でみないものなどいやしなかった。
だがこの青年は、彼女をそんな目で見るどころか、気遣わしげな表情で見つめてくれている。
「あの・・・、助けていただいて、有難うございました・・・」
寝かされていたベッドから体を起こそうとして、彼女は彼に制される。
「あんな濁流に飲まれたんだ。もう少しゆっくりとしておけ?」
「あ・・・、すみません・・・」
鉢の隙間から、彼の顔を盗み見る。
彼は仕立ての良い服を着ており、立派な貴族か何かの若者なのだろう。
彼は完璧だった。
一分のすきもないほど素敵だった。
彼女は思わず魅了されずに入られない。
「おまえ・・・、いったいどこの者だ? 身なりだって悪くはねえし、名前はなんと言う? ちゃんとご家族に連絡しなければならねえ・・・」
「いやっ!!」
その切羽詰まった声に、青年は思わず眉根を寄せた。
「なぜ・・・」
「今は・・・、言えないんです・・・」
力なく戸惑いを隠せない声に、彼は、すべてを悟り、深い微笑を浮かべる。
「判った。おまえが話したくなるまで何も聞かねえよ」
「有難うございます!!」
明るく澄んだ声が彼の心に落ちてき、鉢の隙間から垣間見える小さな唇が上がり、嬉しそうに微笑んでいることが、彼にも判る。
「----ところで、それだったら、どこにも行く当てはねえだろう? どうだ? うちで働くっていうのは? みんないいやつばかりだから、おまえも働きやすいだろう。
下働きになるが・・・、構わねえか?」
何よりも嬉しい申し出。
彼女は、いちもにもなく頷く。
「はい! 働かせてください! 一生懸命がんばりますからよろしくお願いします!!」
彼女のそのひたむきな素直さが、彼の心には新鮮で心地いい。
「決まりだな? 俺はアリオスだ。おまえは?」
「アンジェリーク・・・」
「よろしく、アンジェリーク・・・」
すっと、繊細だが大きな手が彼女に差し出される。
躊躇いがちに彼女も手を差し出し、二人は強く握手をする。
それが、二人の恋の始まりだった----
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それからというもの、アンジェリークは大変熱心に働き始めた。
仕事を覚えるのも早く、その元来の優しさ、強さから、彼女を悪く言うものなどいなかった。
アリオスもまた、彼女の端々で見られる優しさに、感化されるようになっていった。
「アンジェリーク!」
仕事中の彼女を呼び止め、アリオスは彼女に駆け寄ってゆく。
「お呼びですか? アリオス様」
「おい、その”アリオス様”は止めてくれねえか?」
「じゃあ、アリオス」
「よしそれでいい」
彼女の優しい微笑みに導かれて、彼も深く微笑んでしまう。
「なあ、おまえ、俺の”専属”のメイドになる気はねえか?」
「え!?」
彼女は思わずアリオスを、潤んだ瞳で見つめる。
「俺はおまえを気に入っている。しっかり働くし、熱心だ。どうだ?」
「え・・・、でも私なんかで・・・」
一瞬、彼女は戸惑いを見せる。
それがあり押すには可愛くてたまらない。
「でも・・・はなしだ。おまえだからいいんだ。判ったな?」
「はい・・・」
彼女はコクリと頷くと、その申し出を受け入れた。
それからというもの、楽しい日々が続いた。
熱心に働くアンジェリークを、アリオスは満足げに見つめる。
彼女の仕事はいつも完璧で、非の打ち所すらなかった。
それは、アリオスがいつも見守ってくれているからだと、アンジェリークが気がつくのにそう時間はかからなかった。
彼女は徐々に彼に打ち解けてゆく。
そして、一緒に離す機会があるたびに、自分のことをポツリポツリと語り始めた。
母親のこと。
父親のこと。
継母のこと。
そして、この鉢のこと---
それらをすべて話し終えたアンジェリークに、アリオスは愛しさがこみ上げることを、最早抑えることが出来なかった。
彼が仕事をこなすときに、彼女が世話をする。
穏やかなひと時。
アリオスはもうそれを失いたくはなかった----
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ある日のことだった。
いつものように彼女はアリオスの部屋に呼ばれ、入ってゆく。
「失礼します」
「ああ、待っていたぜ?」
彼女が部屋に入るなり、アリオスはいつもとは違い、机から立ち上がった。
「アリオス?」
「アンジェ」
彼はそっと彼女に近づくと、いきなりその小さな左手を取った。
「-----俺、おまえとずっと一緒にいたい。結婚しねえか?」
真摯に呟かれた言葉。
彼の銃熱を帯びた言葉が彼女の心に光となって降りてくる。
なによりも欲しかった言葉を、この世で一番愛しい人が言ってくれる。
涙でかすんで、彼が見えない。
「いいの? こんな”鉢被り”なんかでいいの?」
感激する余り、彼女は身体を震わせる。
「ああ。おまえの心を愛しているんだ・・・」
「アリオス・・・!」
彼はそっと、薬指に、誓いの指輪を填める。
「もう離さないからな? 覚悟しろよ?」
「うん・・・!!」
二人はそのまま強く抱き合い、お互いの愛を確かめ合った。
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「緊張しちゃう・・・」
「大丈夫だ・・・」
二人はその足で、アリオスの父の部屋へと向かった。
結婚の許しを得るためである。
互いの指を絡ませあって、愛を確かめ合う。
「父上、アリオスです」
「入れ」
荘厳な父親の声が聞こえ、二人はそのまま部屋の中へと入った。
「話とは、何だ・・・」
彼の父親は、この界隈では名士の貴族として知られている、実力派だった。
その言葉の響きだけでも、自信が溢れている。
「はい、父上。俺は、この隣にいる、アンジェリークと結婚がしたいんです!!」
「何だと!! 貴様正気か!!」
「はい!!」
二人の男性は、炎のような眼差しで、互いを見つめあい、けん制しあう。
「こんな”鉢被り”でも、おまえはいいのか!」
「”鉢被り”だからいいんです! 彼女だから、アンジェリークだから、俺は愛しているんです」
アリオスもあくまでひかない。
「おまえがこいつをたぶらかしたのか! ”鉢被り”のくせに、許せん・・・!!」
「父上!」
アリオスが叫んだまさにその瞬間、彼の父親は剣を抜き、アンジェリークの頭に振り下ろした。
「・・・!!!」
その瞬間----
光が溢れたのと同時に、今まで彼女を覆っていた鉢は音を立てて割れ、あたりに散らばった。
その衝撃に栗色の髪がふわりと揺れる。
そこから現れた、栗色の髪の少女に、二人の男は息を飲んだ。
その姿は天使そのもの。
大きな翡翠の瞳は憂いを湛え、彼らを見つめている。
美しい、透明感のある天使----
その姿は、二人を魅了して止まない。
「私・・・、元に戻ったのね・・・」
彼女は栗色の髪を震える指先で撫でながら、嬉しそうに泣き笑いの表情を浮かべている。
「ひょっとして・・・、そなたは、コレット公の令嬢では・・・」
アリオスの父は彼女を探るように見つめる。
「・・・そうですが・・・」
「何だって!?」
アリオスはそのまま嬉しそうに彼女の華奢な身体を抱きしめる。
「アリオス・・・! 苦しいわ!!」
「親父、もう反対する理由がねえだろう?」
いたずらっぽく微笑んで、アリオスは嬉しそうに呟く。
「え、どういううこと!?」
彼女は何がなんだかわけが判らない。
「----私から言おう、アンジェリーク。そなたとわが息子は、いずれ婚約をさせようと思っていたのだ・・・」
「じゃあ」
彼女は幸せが前身を駆け巡るのを感じる。
「もちろん許す。二人とも幸せにな」
途端にアリオスは彼女の薔薇のような唇に、その唇を落とす。
「・・・アリオス・・・、お父様が・・・」
「構うもんか」
何度も甘く口付け、二人は幸せの余韻に浸っていた----
まもなくして二人は結婚し、子供にも恵まれ、幸せに暮らしたと、風は伝えていた----
不思議な、鉢被り姫のお話----
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コメント
17500番のキリ番を踏まれた沙羅様のリクエストで、「童話シリーズ」です。
元ネタは、「鉢被り姫」です。
これは和風のシンデレラにあたります。
どうしても書きたかったの〜。
沙羅さまいかがでしょうか?
すみません。きっと西洋の童話を想像されていたかと思いますが、
こういうう風になってしまいました。
反省!!
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