
「勿忘草」の花言葉は、「私を忘れないで・・・」
お願い・・・、どうか私を思い出して・・・。
あなたが思い出すために、私は・・・、なんだってするから!!
お願い・・・、思い出して!
あの楽しかった日々を・・・、二人で過ごした輝ける日々を・・・。
今でも愛してるわ・・・、ずっと・・・、あなただけを・・・。
俺はずっと、あの陽だまりのような微笑だけを待っていた・・・。
自分が何者かもわからないのに、あの微笑だけは、ずっと覚えていた・・・。
優しく、心の奥の氷までも溶かしてしまう、唯一のもの・・・。
あんたに、名前を呼ばれるだけで、俺は・・・。
「アリオス〜!」
昼下がりになると必ず、"約束の木”に姿を現す栗色の髪の少女。ピンクの可愛らしいワンピースのスカートが、ふわふわと波のように舞い踊る。
「おいっ、あんまり走ったら転ぶぞ!!」
木の下にいる自分へと急ぐ少女に、"アリオス”と呼ばれた青年は、しょうがないと言わんばかりの笑みを浮かべていた。
銀の髪の青年と栗色の髪の少女の、貴重な二人だけの時間。
"新宇宙の女王"として、宇宙の危機を対処する彼女にとって、彼と過ごす時間が唯一の楽しみになっていた。
少し意地悪で、だけど本当はこの上なく優しい彼と----
少しでも早く彼に逢いたくて、ついつい子犬のようにころっころと駆け出してしまう。
女王としてではなく、普通の女の子としての自分を受け止めてくれる、たった一人の大好きな人だから・・・。
「アリオス〜」
彼に逢えるのが本当に嬉しくて堪らなくて、思わず何度も名前を呼んでしまう。大好きな人の名前は、女の子にとっては魔法の言葉と同じだからだ。
「おい、そんなに張り切らなくても、ちゃんと聴こえてるぜ?」
アリオスは、愛しげに少女に目を細め、口角を上げて微笑む。
「だって・・・、呼びたいから・・・、きゃっ!」
言いかけて、何もない場所で器用にも少女は躓いてしまい、アリオスの腕に抱きとめられる格好となった。
彼の腕にすっぽりと納まる華奢な少女は、まるで小動物だ。
「ご、ごめんね」
「ったく、しょーがねーな」
少し乱暴な口調だが、ククッといつものように喉を鳴らして微笑む。彼の本当の優しさが垣間見られる瞬間だ。
「・・・おまえって、子犬みてーだよな?」
「もう! またそんなこと言う〜」
愛らしい顔が、頬を膨らまして怒ると余計に愛らしいと彼が思っていることを、少女は知らない。その顔見たさに、彼がついつい苛めてしまうことも・・・。
「怒るなって、俺はホントに可愛いって思ってんだぜ?」
甘い言葉を囁きつつも、彼の手は少女の、お世辞にも高いとはいえないが愛嬌のある鼻を、ついと摘んだ。もちろん、少女の拗ねた顔が見たくて。
「むお〜、いじはるばっかりふる〜(もう〜、意地悪ばっかりする)」
少女は、益々いじけてしまい、不満げな瞳の色で、彼に訴えている。
「クッ、そこが、可愛いって言ってんだよ・・・」
「----えっ・・・」
気が付いたときには、もう手遅れだった。
アリオスの官能的な形のよい唇が、ゆっくりと少女に向かって下りてきていた。
「・・・んっ・・・」
最初は優しく、徐々に口づけは深くなってゆく。
優しく、激しく少女を求め、彼の舌は、口の奥深くに侵入してくる。
宥めるように、奪うように、舌は、彼女の官能を探り当ててゆく。
あなたの口づけは、いつも私をとても幸せな気分にさせてくれていた・・・。
口づけは、変わらないのね・・・
"二人の時間"を思い出すことが出来ない、"別なあなた"でも・・・。
少女は、いつのまにか、涙を流していた。
彼の口づけが、かつて恋人だった彼と余りにも同じで、それが"甘い疼き"となって少女を震わせる。
余りにも、切なくて、苦しくて・・・。
彼女の舌も、徐々に溶けてゆく。
かつて、彼に教わったように、彼の舌の愛撫に答えてゆく。
それは、余りにも甘美で、切ない行為だった。
「・・・ふ・・・」
ようやくお互いの唇が離れ、じっと見つめあう。
「----こういうことが、いつか・・・、おまえとあった気がする・・・」
アリオスの不思議な瞳に、驚愕の影がゆれる。
彼は、やるせなさそうに少女を見つめ、苦しげに眉根を寄せる。
「----どこでだったか・・・、いつだったか・・・、思い出せねぇ・・・」
頭を抱え、苦悩の表情が彼を覆う。唇を噛み締め、額にはうっすらと汗が滲んでいる。
「ちくしょう!! 何だって言うんだ!! どうして俺は思い出せない!! 俺はいったいなんなんだよ!!!」
頭を何度も振り、柔らかい銀の髪が、そのたびに激しくゆれる。
心の奥から絞り出される声は、彼の焦燥を表し、少女は胸が張り裂けそうになる。
本当は、あなたに言ってあげたい・・・!
いっしょに旅をした日々のこと・・・。
あなたと愛を紡いだあの日々のことを・・・!
少女の表情は、苦渋に染まり、肩を震わせて咽び泣いた。
言いたくてもいえない言葉は、彼女の喉で嗚咽に代わる。
語ってあげたい、本当のことを・・・。
しかし、”本当の自分”を彼が捜し出さなければ、何の意味もないのだ。
ただ、彼の記憶の鍵になることしか、少女は出来ないことも、十二分に知っている。
少女は、ゆっくりとアリオスの背中に腕をまわし、慈愛が溢れる精一杯の抱擁を彼に与えた。
その姿は、"天使"そのものだ。
「あなたは強い人よ!! 絶対思い出せるわ! その鍵が何かすらわかれば・・・!!!」
「・・・アンジェリーク・・・」
"天使"の意味を持つ少女はの神々しくも力強い言葉は、彼に何よりも勇気を与えてくれる。
おまえは・・・、いつでも、おれのほしいことばをくれる・・・! いつでも?
アリオスは、自分の思った言葉に息を呑む。
まさか・・・、この少女が・・・
懐かしい光を宿した少女。
少しドジで、子供っぽいところがあるが、誰よりも、可愛くて愛しい。
ふいに、視線を少女に移す。
彼女の青緑の瞳から発せられる光は、アリオスへの信頼に充ち、それが強い光となって、彼に投げかけられている。
俺を信じて、何も言わずに待っていてくれているのか・・・
アリオスは、フッと深い微笑みを浮かべると、処女を、まるで壊れ物でも扱うように、この上なく優しく抱きしめる。
「----サンキュ、また頑張るから」
囁いて、この後の言葉を胸にしまう。
"おまえを思い出すために"
「・・・うん・・・」
少女もまた、次の言葉を胸にしまう。
"待ってるから"
二人は、互いの優しさに満たされ、時が止まったように抱擁を続けた。
”おまえのことを思い出したら、もう二度と忘れねえ"
"忘れないで・・・、もう二度と・・・"
陽だまりが嬉しい午後のひと時。
彼が、彼女の笑顔によって、"記憶の封印"を解く日も近い・・・。
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コメント
「トロア」の妄想的SIDEです。何だか、久しぶりに書いた創作のような気がします。
あいも変わらずなヘボさに、自分でも閉口。
途中のアリオスの台詞「俺はホントに〜」のところの"俺"を、なぜか、「おら」と打ってしまい、あやうく彼を、泥臭くしてしまうところでした・・・。
気が付いてよかった(笑)
