「アリオスー!!」
アンジェリークは、波間と戯れながら、優しく見つめてくれる愛しい人に、嬉しそうに手を振る。
「おい、はしゃぎすぎて、波を被るなよ!」
「分てるって!」
アンジェリークの無邪気な笑い声がきゃきゃと響き、アリオスは複雑な気分になった。
波の飛沫が彼女の周りに跳ね、天使の羽根のように見える。
まるで向日葵のように明るく、日向の匂いがする笑顔も、彼を魅了してやまない。
最初は確かに利用する為に近づいた。
おまえを殺そうとすら思っていた。
・・・だけど今は・・・。
狂おしいほどおまえを愛している。
誰よりも、おまえだけを・・・。
----遠い夏の日、おまえと面差しの似た少女に恋をした。
おまえと同じように優しい陽だまりを持つ、少女だった。
最初、おまえを見たときは、確かに運命に感謝すらした。
復活の器になってもらおうとすら思っていた・・・。
アリオスは、目を細めながら眩しそうにアンジェリークを見る。
太陽が眩しいのか、彼女が愛しすぎて眩しいのか、きっと両方だと彼は思う。
おまえは、永久に閉ざされていた俺の心に、強く、優しい、そして何よりも温かな光を放ってくれた。
俺に、人を愛すること、愛されることの素晴らしさを身をもって思い出させてくれた。
おまえの魂から放たれる、明るく輝ける光が、決して癒されなかった俺の闇すらも消し去ってしまった。
そう・・・、エリスにすらできなかったことを、おまえはやってのけた。
さわやかな風がアリオスの銀色の髪を撫で、彼は乱れた髪をかきあげる。
その視線は、愛しげに切なげにアンジェリークに向ける。
彼女は、彼だけに見せる心からの笑顔で何度も手を振る。
誰よりも愛しくて、可愛くて、そして・・・、誰よりも汚したくて。
アンジェリーク・・・。
おまえを愛したのは、エリスに似ていたからじゃない。
おまえの優しくて温かい魂に何よりも惹かれたからだ・・・。
そう・・・、遠い昔の思い出すらも翳んでしまうほどに・・・。
魂の底から・・・、おまえだけを・・・。
「----なにやってんのよ、アンタ」
背後から声をかけられて、アリオスは振り返った。
「オリヴィエ」
オリヴィエは楽しそうに笑うと、アリオスの隣に移動する。
「あらー☆楽しそうね、アンジェちゃん」
オリヴィエの視線は、波と戯れているアンジェリークを捉えながらも、意識は隣にいるアリオスに向けられている。
アリオスはじっと切なげにアンジェリークを見つめている。
「ねえ、デート?」
オリヴィエは、ニヤニヤと探るような笑顔を、アリオスに向けた。
「----そんなんじゃねーよ」
「否定してもダメだよーん。アンタたちのラヴラヴ光線に私が気づかないわけがないじゃない」
「勝手に言ってろ」
アリオスは、アンジェリークから視線を外すことはなく、オリヴィエの相手をしている。
まるで、1分、1秒すらも惜しむように視線を外さない。
アリオス、アンタ・・・、マジなんだね・・・。
オリヴィエは、からかうような笑みを引っ込め、瞳に真摯な光を帯びる。
「----アリオス」
「何だ?」
「----抱いたの?」
オリヴィエの切り込むようなストレートな言葉に、一瞬、アリオスの横顔は強張る。
「その様子じゃ、まだだね」
オリヴィエは、フッと微笑むと、視線を砂浜に落とした。
「アンタだったら、すぐ抱けるでしょーに。無邪気な天使さんぐらい・・・」
アリオスは、やるせない視線をアンジェリークに向けたまま、何も答えなかった。
「あっ! オリヴィエ様〜!」
アンジェリークは、オリヴィエを見つけ、元気そうに彼に向かって手を振る。
「は〜い!」
オリヴィエは一瞬アンジェリークに楽しげな笑顔を振り撒くものの、すぐに真顔に戻る。
遠くからは、アンジェリークの楽しげな歓声が聞こえる。
「----恐いんでしょ?」
アリオスの表情に険しさが走った。
「----やっぱりね・・・。1度でも抱いてしまったら、それこそ歯止めが効かなくなって、愛しくて離せなくなるからね・・・」
オリヴィエは、探るように、深い微笑みの一瞥をアリオスに投げた。
「応援してるよ。私は、お互いに愛し合ってて結ばれない愛は嫌いだから」
オリヴィエは、軽くアリオスの肩を叩くと、
「お邪魔虫は消えるよ」
と、微笑みながら去っていった。
アリオスは、愛しい天使を、愛で溢れる瞳で見つながら、先ほどのオリヴィエの言葉を反芻する。
オリヴィエの言うとおりだ・・・。
愛しくて、誰よりも欲しくて・・・。
いつか別れが来ると判っているから、俺はおまえを抱くことが出来ない。
離せなくなるのが判っているから・・・!
だからこそ、おまえを忘れないために、追憶のために、おまえを抱きたいとも思う。
「アリオス?」
アンジェリークは、何度も彼の名を呼んだが、一向に返事がないため、彼の元へとかけてゆく。
「アリオス!」
切なげな呼び声に、アリオスは我に還り、こちらへと駆けて来るアンジェリークの姿を認める。
太陽の聖なる光に包まれ、まるで天使の羽根のように波飛沫を飛ばしている。
愛しい純白の天使。
アンジェリーク・・・、二人に運命の別れが待ち受けていても、おまえは俺の天使だ。
「捕まえた!」
アンジェリークは、思い切りアリオスに抱きつき、その胸に顔を寄せる。
「返事して?」
「ああ、悪かった・・・」
アリオスは、腕の中にいる天使のぬくもりを、しっかりと腕に伝えるために、力をこめる。
栗色の髪に切なげに顔を埋め、その香りを胸いっぱいに吸い込む。
彼女のぬくもりを忘れないために・・・。
彼女を似目に刻み付けるように。
アリオスは、アンジェリークの顎に手をやり、顔を上向きにさせると、そっと彼女の瞳に甘く激しい視線を落とす。
彼は、彼女の鼻の頭をぺろリと舐める。
「塩っ辛い」
「・・・バカ・・・」
アンジェリークは恥ずかしくなって俯こうとしたが、アリオスに顎を上向きにさせる。
「愛している・・・」
アリオスは、溢れ出す愛しさをアンジェリークに注ぎ込むために、深い口づけをする。
せめて今だけは、この天使の温かさを感じていたい。
儚い夢であるとは知ってはいても、そこに漂っていたい・・・。
つかの間の夢であっても、俺はそこから目覚めることが出来ない・・・。
どうしようもなく、愛しい天使の夢を見ていたい、今は・・・。
おまえを抱けたらいいのに・・・。
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コメント
アリオスの視点から物語です。好きで、好きでどうしようもないけれど、いつかは別れが待っているから、これ以上深入りは出来ない。
だけど、本当はもっともっと深く知りたいのに・・・。という、アリオスの苦悩を描いていますが、皆様にちゃんと伝わったでしょうか。
ちなみにタイトルは、「剣士が天使を夢見るとき」という、そのまんまの意味です。