「レヴィアス、ジンジャークッキーを焼いて、ちゃんとラッピングしておいたから、明日、チョコレートを貰った女の子たちにこれを配ってあげてね?」 いつものおやつの時間、レヴィアスに手作りおやつと温かいミルクを差し出しながら、アンジェリークはふんわりと微笑んだ。 「いつもすまないな?」 「何、言ってるの! レヴィアスが喜ぶんでくれたら、私もうれしいんだから」 「アンジェ」 父親譲りの異色のまなざしが、喜びのあまりか、宝石のように輝く。 この”3時のおやつ”の時間が何よりも彼は楽しみだった。 アンジェリークの手作りお菓子が食べれるのはもちろんだが、彼女と、ゆったりとした午後のひと時を過ごせるのも、彼にとっては貴重な時間だった。 そう、この時間だけは”邪魔者”がいないから。 「アンジェ、今日のテスト」 「あ、有難う」 差し出されたテストを、彼女はゆったりと受け取ると、それに視線を落とす。 「また100点! レヴィアスすごいわね!!」 明るく嬉しそうに離す彼女が、何よりも可愛く思い、レヴィアスは目を細める。 「我はすごいぞ。このまま行けば将来はエリート間違いないぞ?」 「そうね・・・」 これから何が来るかを予想が出来ているせいか、彼女は微笑みながらも、さらりと息子を交わした。 「あんな狼男はやめて、我と一緒になろう? アンジェリーク。我のほうが若くて、あっちもいいぞ?」 「何言ってんだ、このタコ息子!」 天敵である父アリオスにまたもや後頭部を叩かれ、レヴィアスは眉根を寄せて振り返る。 「何しやがる!!」 「おまえなんかに俺が調教したアンジェを乗りこなせるわけがねえだろ?」 「何だと!!」 レヴィアスも椅子から立ち上がり、二人は同じ顔でにらみ合う。 「もう! 二人とも!」 二人の間をさっと割って入り、アンジェリークはいつものように喧嘩を止めた。 「全く、たまには喧嘩しない日を作って、私を安心させて?」 肩をすくめて二人を交互に見ると、彼女はキッチンへと向かい、夕食の準備をし始める。 「ね、アリオス、今日は早いけどどうしたの?」 「ああ。うまく仕事がきりのいいとこで終わってな、後はカインに任せてきた」 「そう」 言いながら、彼女は心の中でつぶやく。 カインさん、ごめんなさい・・・ 彼女が鼻歌交じりに準備をしている間、アリオスはぐいっと息子であるレヴィアスの方をつかんだ。 「何するんだ、おまえ!!」 「ちょっと来い、ホワイトデーの相談だ」 「あ」 その一言にレヴィアスは抵抗をすることをやめ、しっかりと子供らしく頷く。 彼だって、男だ。ホワイトデーには愛する女性に最高の思いをさせてあげたいのだ。 「ああ、判った」 ふたりはそっとLDKから離れ、アリオスの書斎に入っていった。 ふふ、なんだかんだ言っても、二人とも仲がいいのよね? 彼女は、そっくりな親子に目を細めながら、夕食の準備を続けた。 アリオスの書斎に行った二人は、同じ顔を突き合わせてソファに座った。 「アンジェが喜びそうなものは考えられたか? レヴィアス?」 「我のマシュマロ漬け」 途端にアリオスからの鉄拳が飛び、レヴィアスは両手で頭を守ったが、手にダメージを受ける。 「アリオス!!」 「まじめに考えろ! 俺だって、昔、マシュマロ漬けを考えて、アンジェに舐めてもらおうって考えたこともあるが・・・、おまえまさか・・・」 図星だった。 こんなに思考回路が似ているとはと、レヴィアスは血のつながりを感じずにはいられない。 「ほら、まじめに考えろよ?」 「我たちが喧嘩しないことだろう、やはり」 「だろーな」 言って、アリオスはレヴィアスの目を覗き込む。 「おまえ、明日一日俺と喧嘩しない自信はあるか?」 「ない!」 あまりにもあっさりとした答えに、アリオスは苦笑いした。 「まあ、一緒に何かプレゼントしたら、喜ぶんじゃねえか?」 「まあ、な」 言葉を濁しながらも、レヴィアスは同意する。 きっとそれが一番喜ぶことだと、彼らには充分判っていた。 「じゃあ、車を出すから、ぶらぶら買い物に行くか?」 「ああ」 二人は書斎を出ると、仲良く玄関へと向かう。 「あら、二人でお出かけ?」 キッチンからひょっこり顔を出して、アンジェリークは嬉しそうに二人に向かって微笑んだ。 可愛すぎる!! 二人が同じことを思ったのは言うまでもない。 「いってらっしゃい!」 極上の”ふんわりスマイル”に見送られて、二人は玄関を後にした。 いつものようにシルバーメタリックのアリオスの愛車に乗り込み、二人は近くのショッピングモールに出かけた。 「なんでおまえは、我といっしょにしようとするのだ?」 後部座席からレヴィアスはアリオスに声をかける。 彼がなぜそこにいるのかは、助手席には、アリオスが決してアンジェリーク以外の者を乗せないからである。 「----決まってる。おまえ以外にライバルだって認めるやつはいないからだ」 「けっ、カッコつけやがって!!」 照れくさそうにする息子に、アリオスはふっとやさしい微笑を浮かべた。 俺はおまえをちゃんとひとりの男として認めているつもりだぜ? 「あれはどうだ? アリオス!!」 レヴィアスは興奮気味に花屋を指差す。 花屋の軒先に並んでいる、清楚な白いバラの花は、アンジェリークにぴったりな、純潔な美しさがあった。 「ああ。いいな。あれを花束にしてもらおうか」 「ああ」 子供らしく頷くと、レヴィアスはわれ先とばかりに、花屋に走ってかけてゆく。 「ったく、いつもはガキらしくねえくせに、こういうときにはしっかり、ガキだな」 ゆっくりと広いスタンスでレヴィアスの後をアリオスは歩く。 誰もが一目で親子だとわかる二人に、ため息を漏らすものも少なくはなかった。 「すみません! この白いバラ・・・」 「両手で抱きしめられるぐらいの花束にしてくれ」 レヴィアスの言葉を補い、アリオスが完璧に注文をする。 「はい、かしこまりました」 「後、カードを二枚ください。出来たらペンも貸してください」 「はい!」 花屋の店員はすばやく用意をしてくれ、二人はアンジェリークに愛にメッセージを送る。 ”アンジェリーク。愛してる。我のものになってくれ。レヴィアス” ”いつもサンキュ。感謝してる。愛してる。アリオス” と簡潔にメッセージを書いて、出来上がった花束に忍ばせる。 「さあ、渡すか」 「ああ」 レヴィアスが花束を嬉しそうに盛って、二人は家路についた。 「きゃっ!」 突然、純白のバラの花束をレヴィアスから差し出されて、アンジェリークは嬉しい悲鳴をあげた。 「ホワイトデーのお返しだ。俺と、レヴィアスからだ」 「有難う・・・!!」 花束を受け取るなり、彼女は愛しげにそれを抱きしめ、花束に鼻を寄せる。 「本当に、よい香りだわ・・・・」 じっくりとにおいを味わった後、彼女は二人に向かってはにかみながら近づいた。 「有難う、レヴィアス」 軽く頬に口付けをされて、彼の恋心はますますヒートアップする。 アンジェ!! なんてやわらかい唇なんだ!! 「有難う、アリオス」 彼女が頬に口付けようとして、彼は巧みに顔をずらして、その唇があたるようにした。 「うん・・・!!」 逆に深い口付けをされて、彼女は甘い声を漏らす。 「こら!! 何しやがる!! 色魔!!」 レヴィアスはアリオスの長い足につかまってやめさせようとするが、彼は一向にやめない。 「美味かったぜ?」 「バカ・・・」 唇を離されて、彼女ははにかんだままだ。 「アリオス!! こら!! 俺にもさせろ!」 「おまえは立ってアンジェとキス出来ねえから資格なし!」 「なに〜」 再び場取るの火蓋がきって落とされる。 その様子にアンジェリークはため息をついた。 仲がいいと思ったのは、幻影ね・・・・ 二人はプロレスごっこのごとく暴れている。 もうせっかく掃除をしたのに!! ほこりが立ち始めた部屋に、アンジェリークの眉が上がる。 「もう!! いいかげんにしなさ〜い!!」 アンジェリークの罵声に、二人はぴたりと喧嘩を止める。 ああ。仲良くするなんて、夢のまた夢かしら・・・・ ホワイトデーも、いつものようにくれ行く一家であった。 |