「アンジェリーク!」
突然、愛しい人の声がしてアンジェリークはきょろきょろと辺りを見回す。
「おい、俺はここだ」
「きゃ!」
急に横から手をつかまれて、彼女は思わず体のバランスを崩した。
ククッと、喉を鳴らす独特の笑い声が響き、手の主が誰か、彼女にはすぐに判る。
「アリオス〜」
「横に俺の車が停まっているのに気づけよ?」
「いると思わないもん。最近アリオス仕事忙しいし」
つかまれた手を握りながら、アンジェリークは、拗ねるように言う。その姿が、また彼女に合って愛らしい。
「だから、埋め合わせに来た。オリヴィエに仕事押し付けて」
大好きな彼の言葉に、アンジェリークの表情はいっきに明るくなり、陽だまりが体から溢れた。
アリオスは、この表情に、総ての疲れが吹っ飛んでゆくような気がする。最近、仕事が忙しく、ろくにデートもしてあげられなかった小さな少女のために、仕事を何とか切り上げ、待ち伏せしていたかいがあったと、彼は思った。
「ほら、乗れ。制服のまま突っ立ってても仕方ねえだろ?」
助手席のドアを開き、アンジェリークは、さも嬉しそうにシルバー・メタリックの車に乗り込んだ。
「・・・うっ・・・」
彼女が乗り込むや否や、アリオスは深く唇を重ねてくる。
頭が白くなるのが、アンジェリークにはぼんやりと判った。
名残惜しげに唇が離され、アンジェリークは、ようやく、現実に気が付く。
ここは車の中で、しかも彼女の高校の通学路の途中であることに。
「・・・バカ・・・」
アンジェリークは、誰か知り合いに見られたのではないかと思うと、恥ずかしくなり、耳まで赤くさせて、俯いてしまった。
「いいじゃねえか、結婚してるんだし、堂々としてりゃあ」
「・・・でも・・・、制服のままだし、恥ずかしいもん・・・」
アンジェリークは、小さな体を益々小さくさせてしまう。
そんな彼女が可愛くてたまらなくて、アリオスはついつい苛めてしまうのだ。
「クッ、しょーがねーな。ここから離れればいいんだろ?」
アリオスは、エンジンを掛けると、ゆっくりと車を発進させる。
暫くして、高校の生徒たちを見かけない地区に出ると、アンジェリークは胸をほっと撫で下ろした。
「ねぇ、どこ連れて行ってくれるの?」
「言えねえな」
「もう! 意地悪」
アンジェリークは、言葉とは裏腹に、ふふっと嬉しそうに笑い、 うっとりと精悍な彼の横顔を見とれてしまう。
クロムハーツのサングラス姿の彼は、くらくらするほど魅力的で、彼女を魅了してやまない。
「クッ、何、俺に見とれてんだよ?」
アリオスは、からかうように言い、可笑しそうに笑うが、眼差しは温かい光で覆われてた。
二人を乗せた車は、都心を抜け、高速へと入ってゆく。
「----明日も休みが取れたから、泊まる準備をしてきた。明日はおまえも祝日で休みだろ?」
アンジェリークは、嬉しくて堪らなくて、思わず運転中のアリオスの首に腕を巻きつけ抱きしめた。
「おい、俺は運転中だぜ?」
アリオスは、ハンドルを握っていないもうひとつの手で、愛しそうに彼女の栗色の艶やかな髪を撫でる。
アンジェリークは、静かにアリオスの首から手を離して、彼にしか見せない艶やかでいて少しはにかんだ笑顔を向けると、頬に口をづけた。
「----ありがと・・・」
彼女は、アリオスの胸に頭を凭れさせ、甘える。
アリオスも、ハンドルを持っていないほうの手で彼女の太腿をそっと撫でる。
「そういえば、今日はどうして通りに出るのが遅かったんだ? いつもより1時間は遅かっただろ?」
アリオスの言葉に、アンジェリークは少し頬を染めて、瞳を閉じた。
「----後でね・・・」
「後? 今言えよ」
アリオスは訝しげに眉根を寄せると、彼女の太腿の上の手に力を込める。
「秘密・・・」
「ったく・・・」
幸せな二人を乗せた車は、高速を猛スピードで駆け抜けていった。
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車が着いたのは、秋が深い山奥のペンションだった。
アンジェリークがいかにも好きそうな、赤毛のアンに出てくる緑の妻切屋根(グリーン・ゲイブルズ)風の建物で、とてもロマンティックだった。
着いたのは8時を回っていたが、ペンションの主人はいやな顔一つせず、二人を出迎えてくれた。
制服では拙いというアリオスの判断で、途中のサービス・エリアで、私服に着替えたのも、遅くなった原因だった。
食事を済ませ、シャワーを浴びると、もう11時を回っていた。
お揃いのガウン姿になって、二人はようやく落ち着ける。
「そろそろだな」
アリオスは、部屋の柱時計を見上げると、ソファから立ち上がり、優しくアンジェリークの手を取った。
「何?」
「いいから、俺に着いて来い」
アンジェリークは、なすがままにアリオスに、手を引かれ、バルコニーへと連れて行かれた。
「うわ〜!!!」
バルコニーに着くなり、アンジェリークは感嘆の声を上げる。
夜空からは、無数の流れ星が、次から次へと流れ、まるで夜空の宝石箱だ。
「気に入ったか? お姫様・・・。おまえこうゆうの好きだろ?」
アリオスは、背後からアンジェリークを抱きしめ、彼女の耳元に唇を寄せる。
彼の息が耳にかかり、アンジェリークは、全身に甘い旋律を覚えた。もう頷くことしか出来ない。
「双子座流星群。この場所が一番綺麗に見えるらしいぜ?」
「有難う・・・」
アンジェリークは、アリオスの手にそっと自分の手をそえて、涙ぐむ。
「何、感激してんだよ?」
アリオスの低く魅力的な声が優しく響き、彼女の首筋にそっと唇を寄せた。
「・・・あっ・・・、アリオス」
「今夜は、首筋の痕がいやだとは言わせないぜ? 明日は休みなんだからな。今夜は寝かさない・・・」
アリオスの唇は、どんどん首筋から下へと下り、手は彼女のローブにかかる。
「待って!」
アンジェリークは、やっとのことでアリオスを制した。
「何だ?」
「お願い・・・、言いたい事があって・・・」
アンジェリークの切なげな声に、アリオスは、仕方なく唇と手の動きを止めた。
「あ、有難う・・・。これ言い終ったら、アリオスの好きなようにしていいよ」
アンジェリークは少しはにかんでいる。
「バカ」
アリオスは、抱きしめる腕に力を込めた。
「----あのね・・・、今日・・・、私が遅かったのは、病院に行ってたからなの・・・」
「病院?」
アンジェリークは、深い微笑を浮かべると、彼の手を取ると、そっと腹部に持ってゆく。
「・・・あのね・・・、赤ちゃんがいるの・・・。3カ月だって。最近体調が変だったから、行ったらそういわれて・・・」
アンジェリークは、恥ずかしそうにしているが、その言葉の端々に喜びが湧き出ているのがわかる。
「----とっても嬉しかった。今まで、アリオスしか”家族”と呼べる人が、私にはいなかった・・・。だけど、これからは、そうじゃないんだって思うと、私、嬉しくって・・・」
「アンジェリーク!!」
アリオスは、彼女に自分の正面に向かせ、そのまま深く激しい口づけをする。
愛しくて、そして嬉しくて堪らないことを、彼女に伝えるために。
やがて唇が離され、お互いの吐息がかかる位置に顔を寄せる。
「有難う・・・。最高のプレゼントだ」
「私もよ」
二人は、互いの吐息を感じながら、見つめあう。
「学校には、俺が掛け合っとくから」
「・・・うん・・・」
アリオスは、静かにアンジェリークを横抱きにすると、寝台へと連れてゆく。
互いの吐息を、もっと近くに感じるために。
いつもあなたの吐息を感じていたい・・・。
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コメント
最近、暗いものが多かったので、久々に甘いのを書きたくて、創作しました。
じつはこれ、私がORIGINAL ANGELで書いている、ある物語の番外編に当たります。
こちらを読んでいただけたら、すぐに何の番外編かわかっていただけます。
だけどこれ、「裏」に続きそうなラストですね(^^:)
裏部屋検討中ですので、読みたい方は、BBSの「裏読みたいですか?」に書き込んでください。
なんとこれの創作中BGMは、PENICILLINの「男のロマン」でした。名曲です(笑)
