EVERLASTING


 22日まで、後2時間・・・。

 机の上の天使の時計を見ながら、アンジェリークは、時計の音以上に早く打つ自分の心臓に息を呑む。
 彼に一番に、”おめでとう!”が言いたくて、彼女は、携帯電話を片手に時計と睨めっこしていた。

 アリオスに最初に"おめでとう"が言いたい・・・。
 そう思うだけで、心が切なさに踊っている。
 大好きで堪らない、大切な、大切なあなたの声が、早く聴きたい・・・。

 アンジェリークは、机の上に置いてある、綺麗に包まれた箱を愛しげに目を細めながら、そっと指でなぞってみる。
 大切な人の誕生日を祝うために、まだ高校生の身分である彼女は、一生懸命おこずかいを溜めて、プレゼントを買った。
 親友と一緒に、大好きな彼を思い浮かべながらのプレゼント選びは、楽しくもあり、同時に嬉しくもあった。
 明日のデートでこれを渡すのだ。
「大好きよ・・・、アリオス・・・」
 そっとその名を呟くだけで、切なくて、溢れそうな想いで一杯になる。
 窓の外からは、優しい雨の音が聞こえてきた。
 まるで彼のようだと、アンジェリークは思う。
 窓を開け、外を眺めると、アリオスの髪と同じ銀色の雨が降っている。
 柔らかい、総てを優しく包み込む雨。
 アリオスの優しい笑顔に似ている雨に、彼への思慕を、アンジェリークは募らせる。

 逢いたいな・・・。逢って、顔を見て、おめでとうが言いたい・・・。

 そう思うと、最早、じっとして入られなかった。
 早鐘のように打つ鼓動を、アンジェリークは、抑えることが出来ない。
 今すぐにでも顔が見たい。
 いても立ってもいられず、アンジェリークは、パジャマの上にコートを羽織り、プレゼントを鷲掴みにすると、そのまま部屋を出た。
 今日、明日と、両親は親戚の家に行っていて、偶然にも家にはいない。
 彼の元に走って行っても、誰も咎める者はいない・・・。
 家の戸締りをし、アンジェリークは自転車に乗り込む。
 自転車で飛ばせば、、彼のマンションまで15分。
 彼女は、雨の中、自転車を走らせた。

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 アリオスは、ようやく仕事を終え、部屋で煙草を吸いながら、疲れを癒していた。

 明日は・・・、またあの笑顔に逢える・・・。

 アリオスはそう思うだけで、疲れが取れていくような気がする。
 陽だまりのような、自分を癒してくれる、純白の羽根を持った天使。
 
アリオスは、彼女に対する激しすぎる愛しさを持て余しながら、苦笑いをした。
 突然、激しくインターホンが押され、アリオスは、怪訝そうに眉を寄せる。
「----チッ、誰だよ、こんな遅くに・・・ったく、こっちは、仕事で疲れてるって言うのによ!」
 アリオスは、舌打ちをすると、面倒くさそうにソファから立ち上がった。
 インターフォンはその間、ひっきりなしに鳴り響く。
「はい、はい、出ます。でりゃあいいんだろ!」
 アリオスは、苛立たしげに、インターフォンの受話器を掴み、不機嫌そうに第一声を発した。
「はい? 誰だ」
『ア、アリオス?』
 受話器からは、不機嫌そうな彼の声に萎縮してしまっている、少女の小さな声が聞こえる。
「アンジェリーク!」
 彼は、驚いて息を呑むと、慌てて玄関のドアを開けた。
「アリオス・・・、今晩は・・・」
 そこには、まるで小鹿のように澄んだ瞳を彼に向け、雨に濡れて震えるアンジェリークが立っていた。
「バカ! 全身濡れてるじゃないか! 早く部屋に入れ!」
 アリオスは、強引にアンジェリークの腕を取ると、そのまま部屋に上がらせ、リビングに連れてゆく。
「待ってろ」
 そう云って、彼はアンジェリークをソファに座らせ、奥の部屋に消えた。
 次に彼が戻って来たときには、シャツとバスタオルを手にしていた。
「ほら、これに着替えて、そのタオルで体をふけ」
 アリオスは、アンジェリークにタオルとシャツを投げ、彼女はそれを受け取り、目を丸くする。
 シャツは、男物の大きなもので、明らかにアリオスのものだ。それを今から素肌に纏うと思うと、アンジェリークは顔を紅潮させた。
「こ、これを着るの?」
「クッ、嫌なら風邪をひくか?」
「アリオスの意地悪!」
 恥ずかしそうに上目使いで自分を見つめる彼女が可愛くて、アリオスは、ついつい苛めてしまう。
「----ね・・・、アリオス」
 じっと自分を見つめるアリオスに、アンジェリークは探るように彼を見た。
「何だ、アンジェリーク」
「・・・着替えたいんだけど・・・」
「----ああ、すまん。何か温かいものでも作ってきてやるから、着替えとけよ?」
「ありがと」
 アリオスがキッチンに消えたことを確かめると、アンジェリークはそっと胸に入れておいたプレゼントを取り出し、ほっとする。

 よかった・・・。ビニールに入れてたから、濡れてない・・・。

 自分が濡れるよりも、このプレゼントが濡れない方が、よほど大事だった。
 アンジェリークは、素早くタオルで体を拭き、着てきたパジャマとコートをハンガーに掛けると、素肌にアリオスのシャツを纏う。

 アリオスに抱きしめられているみたい・・・。

 彼女はうっとりと瞳を閉じると、自分の体を抱きしめる。
 僅かに震えを感じ、それが寒さからなのか、そうでないのかが判らなかった。
「おい、コーヒーが淹ったぜ?」
 アンジェリークが服を着替えたのを見計らったように、アリオスがキッチンから戻ってきた。
「ほら」
 彼は、さりげなく彼女の大好きな甘いカフェ・オレの入った、マグカップを差し出してくれる。
 このような小さな優しさも、アンジェリークが彼の大好きで堪らないところだ。
「服、浴乾で乾かしてやるから、それ飲んで暖まっとけ」
「うん・・・」
 アリオスは、アンジェリークに差し出された衣服を見て、思わず意地悪げに笑った。
「おまえ、パジャマで来たのか?」
「いいじゃない」
「おまえらしくていいよ。子供っぽくってな」
「子供じゃないもん!」
「そういうところがな」
 ポンポンとアリオスは、アンジェリークの頭を叩くと、笑いながら浴室へと入ってゆく。
「もう、また子ども扱いする・・・」
 恨めしい口調だが、今の彼女にはそれも心地がいい。
 彼に愛されていることが、判っているから。
 アンジェリークは、うっとりとするような微笑を浮かべ、カフェ・オレを口に運ぶ。
 アリオスが淹れてくれたそれは、何よりも美味しくて、また、彼女の心を温かく満たしてくれる。
 彼女は、カフェ・オレを飲みながら、ふと壁にかけてある時計を見上げた。
 11時----
 彼の誕生日まで、後1時間・・・。
 彼のために選んだ誕生日プレゼントを、愛情を込めて握り締め、アンジェリークは、胸が一杯になるのを感じる。
  トクン・・・。
  カチ、カチ・・・。
 鼓動と時計の針の音が重なりって、優しいハーモニーになる。
「おい、おまえん家に電話かけても、誰も出ねーぜ」
 アリオスは、コードレスの電話を片手に、不思議そうに首を傾げて、部屋に入ってきた。
「今日・・・、両親は親戚の家に行って明後日まで帰ってこないから・・・」
「だから、抜け出したのか? ったく、トンデモねえお姫様だな、おまえは」
 アリオスは、呆れるように溜め息を吐いたが、その翠の瞳は優しい光が湛えられている。
 彼は、アンジェリークの隣に腰掛けると、彼女の頭をくしゃりと撫でる。
「服乾いたら、車で送ってやるから・・・」
「うん・・・」
 アリオスが、隣にいるだけで、アンジェリークは、体の奥から甘くて切ない疼きがこみ上げているのが判る。
 それは、どうしようもないほど甘美で、また胸を締め付けられるような痛みがあった。
「----で、今日は、どうしてこんな真似をしたんだ?」
 切り込むように言われ、 探るように自分に向けられる、アリオスの綺麗な翠の瞳に、アンジェリークは、総てを見透かされたような気がして、もう黙ってはいられなかった。
「----アリオスに・・・、世界中の誰よりも早く、"誕生日、おめでとう"って言いたかったから・・・」
 アンジェリークは、はにかむように言うと、恥ずかしそうに俯く。
 アリオスは、アンジェリークの気持ちが、痛いほど嬉しく、愛しさの余り、彼女を優しく抱きすくめた。
「・・・あ・・・、アリオス・・・」
 アンジェリークは、突然の抱擁に眩暈を覚えるほどの甘い旋律を感じ、息が出来なくなる。
「----サンキュ、アンジェリーク」
「あ・・・、あのね・・・、プレゼントも持ってきたの」
「プレゼント?」
「・・うん・・・。ちょっと、離してくれる?」
 アリオスは、仕方なくアンジェリークの抱擁をといてやった。
「ありがと・・・」
 彼女は、穏やかな愛情が篭った微笑を彼に向け、大事そうに、黒い小さな包み髪をアリオスの手のひらに乗せた。
「ホントは、明日のデートに渡そうと思ったんだけど・・・」
「あけていいか?」
「・・・うん・・・。ちょっと早いけど、お誕生日のお祝い・・・」
 アンジェリークが時計に目をやると、11時15分になっていた。
 アリオスは、愛しげに目を細めながら、パッケージを優しくといてゆく。
 アンジェリークは、彼のその姿を、どうしようもないほど鼓動を速め、喉がからからになるのを感じる。

 どうか、彼が気に入ってくれますように・・・!

 アリオスは、パッケージを開け終わると、嬉しい驚きに息を呑んだ。
 中に入っていたのは、天使がモチーフにした男性用のシルバーのチョーカーだった。
 アンジェリークと同じ名のアクセサリーだ。
「----いつも一緒にいたいから、同じ名前のものをレイチェルに手伝ってもらって、選んだの・・・」
 アンジェリークは、愛しさが零れ落ちる瞳を彼に向け、切なげに呟く。
 何よりも嬉しくて、アリオスは、激しすぎる彼女への愛をぶつけるかのように、きつく、きつくアンジェリークを抱きしめた。
「サンキュ、おまえと思って大事にする」
「・・・うん・・・」
 ゆっくりとアリオスの唇がアンジェリークに落ちてくる。
 お互いの想いを、夫々に流し込むように、何度も、何度も、求め合う。
 唇を吸い、舌を絡めあいながら、お互いの想いを注いでゆく。
 何度目かのキスが終わり、唇が離されると、アリオスは、アンジェリークの首筋に唇を押し付けた。
「・・・俺の誕生日に、もうひとつプレゼントをくれないか?」
 彼のくぐもった低い声は、何よりもアンジェリークを魅了する。
「12時になったら・・、おまえをもらう・・・」
「うん・・・、いいよ・・・」
 アンジェリークは、テレながら首を縦に振る。
「じゃあ、それまで何をするの・・・?」
「いちゃつくんだ」
 そう云って、アリオスはアンジェリークを抱き上げる。
「離さないぜ・・、ずっとな?」
「・・うん・・・、ずっと離さないでね・・・」
 永遠の恋人たちは、甘い会話を綴りながら、寝室へと消えていった。----

 アンジェリークが、ちゃんとアリオスに"誕生日おめでとう"と言えたかは、それはあなたの心の中で・・・。      


コメント
アリオスのお誕生日創作の第一弾です。
せっかくの誕生日ですから、幸せな二人を書きたかったんです。
アリオスの希望がかなえられるストーリーは、別部屋で、そのうち描きます。
本当に、アリXアンは、勝手に動いてくれて、書いているこちらまでを幸せにしてくれるいい子ちゃんです。