この質問が始まりだった---- 約束の地。木の曜日の午後。 いつものように、爽やかな風に吹かれながら、恋人たちは短い逢瀬を楽しんでいた。 「ねえ、アリオス、街の人から、この間酒場でいい飲みっぷりの、銀の髪の男の人がいたって聞いたんだけれど、それって、あなた?」 「確かに俺だが・・・、それがどうしたんだ?」 「うん・・・、お酒って美味しいのかなって・・」 少女は青緑の瞳を輝かせながら、興味深げに訊いてくる。 その質問が、妙に可愛くて、彼は喉を鳴らして笑ってしまう。 「クッ、ガキだな?」 「もう! 子ども扱いしないでよ! だって、お酒って、身体が熱くなって、なんか、ボーってするじゃない? そんなののどこが楽しいのかって、思うもの」 彼は思い出す。 そう、あの旅の途中、酒場に無理やりついてこられて、困ったことを。 彼女はお酒を少し飲むなり、その強さに倒れてしまったのだ。 「クッ、そんなとこがお子様なんだよ」 額をついっと押され、彼女はそれを押さえながらむくれる。 「もう、真面目に答えて?」 その仕草ひとつひとつが、彼を魅了していることを、彼女は知らない。 アリオスは満足げに微笑むと、口を開いた。 「ああ。やっぱり酒は強いやつじゃねえとな。こう、身体の芯まで熱くなるようなな。ウォッカが、なんていったってサイコーだな。まあ、お子様のおまえじゃ判らねえだろうがな?」 楽しそうに話す彼の表情は少年のようだが、しっかりと彼女をからかうことも忘れてはいない。 「ねえ、そんなにおいしいものなのっ!」 彼の言葉がよほどいいものに聞こえたらしく、彼女は大きな瞳をさらに見開いて、興味深げに、身を乗り出してくる。 「ああ」 「飲みたい!! アリオス、酒場に連れて行って!!」 その一言に、アリオスは頭を抱える。 一度悪酔いしてえらい目にあったというのに、彼女は一向に反省の色すらなく、また挑戦しようとしている。 「ダメだ!!」 アリオスはきっぱりと強く言う。 「なんで!?」 とたんに恨めしそうな表情を浮かべる、彼だけの少女に、思わず溜息を漏らした。 「おまえな、学習能力ねえだろ? あんな思いをしたくせに、まだ飲むって言うのか?」 「あれから随分経ったもの! きっと強くなってるわ!」 「----本当にそう思うのか?」 「うん」 二人はじっと見詰め合う。 アリオスは判っている。 この少女が一度言い出したことは絶対に諦めないことを。 それが逢ってこそ、今の二人もあるのだ。 アリオスは、半ば、諦めたように溜息を吐くと、しょうがないとばかりに彼女を見た。 「しょうがねえ、一回だけだぞ?」 「わーい!!」 とたんに明るい表情になるアンジェリーク。 全く現金なものである。 二人は土の曜日に酒場を行く約束をして、その日は別れた。 いったい、何が起こるやら・・・ 頭を抱えながらも、少し嬉しげな彼なのであった---- --------------------------------- 土の曜日がやってきた。 その日は朝からアンジェリークは楽しみで仕方なく、そわそわと落ち着きなく一日を過ごした。 ようやく彼との約束の時間となり、女王陛下は、自ら、バルコニーの下へと、横の木を伝って降りてゆく。 バルコニーの下までやってくると、何度も身体を揺らしながら、アリオスの到着を、今や遅しと待ち受けた。 「待たせたな?」 「アリオス!!」 彼の姿を見るなり、彼女はその身体にしっかりと抱きつく。 彼はもちろんしっかりと彼女の身体を抱きとめてくれた。 「行こう? アリオス」 「ああ」 二人はしっかりと腕を絡ませ、天使の広場にある、老舗の酒場へと向かう。 厳かな月明かりに照らされて、彼女はあくまで楽しそうだったが、アリオスはこれから何が起こるかを考えずに入られなかった。 「うわあ!」 酒場に入ると、最早何人かが出来上がっていて、 楽しそうにアルカディアの民族民謡に合わせて踊っている。 益々アンジェリークの期待に胸が膨らんだのは言うもでもない。 二人は、二人がけの席に向かい合わせで座わる。 彼女は音楽にあわせて楽しげにリズムを刻んでいるが、彼は彼女を見守るように見つめている。 ったく、人の気も知らないで・・・。 だけどそこが可愛いとことなんだけどな・・・ 「あ、らっしゃい! 兄さん。今日は可愛い彼女を連れてますが、妹さんで?」 「違うわ、恋人よ。ね?」 飲んでもいないのに、彼女はすでにテンションがかなり高くなっている。 楽しそうに笑う彼女に、アリオスは頭を抱えたくなる。 「あ、俺はウォッカ。こいつは林檎酒の・・・、薄いやつ」 「え〜、アリオスと一緒のがいい」 「俺のより、甘くて上手いやつだ。な?」 「判った・・・」 甘く見つめられてしまうと、天使はひとたまりもなく、素直に彼に従う。 「はい。だったら、ウォッカと林檎酒の薄いのと」 酒場の店員は上機嫌で注文を取ると、すぐにカウンターへと向かった。 「ね、アリオス?」 「何だ?」 「ここ、アリオスのお気に入りの場所?」 「ああ。そうだ」 「だから、私もここにいると楽しいのよ!」 太陽のような余りにも可愛らしい微笑みに、彼は心が澄んでゆくのを感じる。 そして彼女への愛しさが増してくることも。 ここに誰もいなければ、きっとその場で抱きしめて、口付けをしていただろう。 「はい、おまち! お姉さんが林檎酒で、兄さんがウォッカと・・・」 すぐさま注文のものがやってきて、二人の目の前に並んだ。 「うわ! ね、アリオス、飲んでいい?」 「ああ。ただしゆっくりな?」 「うん! 戴きます〜!!」 一口口につけると、途端に彼女の表情は嬉しそうに輝いた。 「おいし〜!!」 それで勢いがついたのか、彼女は、すいすいと飲み始める。 「あ、おいっ! もっと、ゆっくり飲め!!」 「え、なんれ? すっごく、おいひいよ」 彼が制止するのも聞かず、彼女は再び飲み始める。 すでに呂律も満足に回らなく、瞳は赤みを帯び、白い肌は桜色に染まっている。 「おいっ! アンジェ・・」 薄いお酒だったのが不幸だったのか、彼女はジュース感覚で全部を飲み干してしまった。 「ぷは〜」 その溜息は、いっぱしの酒飲みと同じだが、彼女がすると妙に可愛らしい。 「あ〜あ、飲んじまったぜ、このお嬢さんは・・・」 彼は半ば諦めたように、今夜何度目かの溜息を吐いた。 「はれ? はらほれひれはれ? アリオス〜っ!」 「お、おいっ!」 アンジェリークはそのままアリオスにしっかりと抱きつく。 彼女の身体はアルコールで熱くなり、 彼の理性を揺るがす。 「おい、アンジェ!!」 「アリオス〜、大好き〜!!」 華奢だが、丸みを帯びた豊かな死体に、彼は欲望が湧き上がってくるのを感じる。 まさに彼の理性を試されているような感じだ。 「ったく。しょうがねーな」 「きゃっ!!」 彼は彼女を抱き上げ、そのままお金を払って、酒場から出てゆく。 好奇の目が、彼の背中に突き刺さる。 「ね〜、どこ行くの〜」 酔っ払った天使ほど始末に終えないものはないと、アリオスは思った。 「帰るんだ!」 「え〜。もっとアリオスと一緒にいる〜」 天使は彼の精悍な胸に顔を埋め、理性の限界に挑戦させるのだ。 「おいっ! アンジェ!!」 彼の理性はもう限界にちかかった。 愛しい少女に擦り寄られて、半ば誘惑までされているのだ。 そのまま・・・。 でもおかしくない。 だが彼はじっと理性にしがみつく。 愛しい少女を抱きたいのは山々だが、それは、彼女が正気なときにしたい。 やはりこうだとフェアではないような気がするから。 「----ほら、明日になったら、また逢えるんだからな?」 「うん・・・」 「アンジェ?」 少女はいつしか眠りの世界へと入り込んでいた。 「ったく・・・、たいした天使様だよ・・・」 額にそっと口付けを落とす。 その寝顔を見ていると、徐々に理性が戻ってくるのが判る。 愛らしく、清らかな寝顔。 この寝顔を汚したくないから。 守りたいから。 彼は、今日のところは持ちこたえる。 アリオスはそのまま、彼女を抱きかかえて、部屋へと、こっそりと送り届けた。 肝心なところは、見つかるとやばいので、魔導を使ったが、それ以外は、星空を見ながら、彼女を抱きかかえて歩いた。 心が澄んでゆくような気がする。 この暖かさを、これからもずっと、側で感じていたい。 いつもにも増して、彼の表情は優しかった---- 彼女の部屋に着き、彼はそっとベッドに寝かせる。 「お休み、俺の天使・・・」 そっと額に口付けると、彼はそこから立ち去る。 これ以上そこにいれば、もはや、制御できなくなるから。 「今度は、ちゃんと、おまえを貰うぜ? 覚悟しとけよ? アンジェ・・・」 -------------------------- 翌朝、アンジェリークは目がさめると、ベッドで寝かされていることに気がついた。 衣服は夕べのまま。 私、アリオスとお酒を飲みに行って・・・ 記憶が蘇ってくる後とに、彼女は顔を炎のように赤らめる。 「もう!! アリオスのバカ〜」 彼のせいでは決してないのに、一人悪態を吐くアンジェリークであった。 もちろん、その日、約束の地に来た彼女は、アリオスに散々からかわれたのは、言うまでもない。 |