キスしてくれて、次の約束もしてくれた・・・。
これってやっぱり・・・。
真っ赤になりながら、アンジェリークはぎゅっと縫いぐるみを抱き締めた。
やっぱり・・・そうだよね、うん!
そうだ!
小さい頃から彼以外視界に入ったことなんてなかった。
アリオスの横には常に綺麗な女性がいて、いつも自分の席がそこにないことをアンジェリークは歯がゆく見ていた。
それが手の届くところにあるなんて。
楽しみだな…、アリオスに次に逢えるのが・・・。
その時まで女を磨こうと一生懸命なアンジェリークだった。
次の約束の日、アンジェリークはアリオスにメイクを教えてもらったところまで自分でして、約束の場所であるスタジオに向かった。
三週間振りにアリオスに逢うせいか、嬉しさと緊張が渦巻いている。
もっともっと綺麗に大人になってアリオスを惹きつけたい・・・。
切ない思いがアンジェリークの心に渦巻いた。
アトリエに入ると、何やらぱたぱたとしているのが判った。
「あっ、アンジェちゃんっ!」
中に入るなり、スタッフのひとりが声を掛けてきた。
「部屋で待っててくれってアリオスさんからの伝言」
「判ったわ。何か入ったの?」
「ルクレチアさんのメイクさ。これからパーティがあるとかで。すぐに終わるから」
スタッフは慌てた風にぱたぱたと走り去ると、残されたアンジェリークは少し不安になる。
キスはしてもらったけど、一度だけだし、ちゃんと正式な言葉を言われた訳じゃないもの。
それに、アリオスはあれだけ素敵だから、モデルさんや女優さんにもてるもの・・・。
幼馴染みである以上、アリオスの女性遍歴は知っている。
ルクレチアがその中に入っているのも。
外から音が聞こえたので、ブラインドの隙間から覗いてみると、車の横にアリオスとルクレチアがいた。
金の髪の彼女と銀の髪の彼がとてもお似合いのように思える。
ねえ、私以外にそんな素敵な笑顔を向けないで?
お願い・・・。
ルクレチアから軽くだがアリオスの唇にキスをした。
まるでスローモーションのようで、アンジェリークは時間が止まってしまう様な気がする。
・・・!!!
否応もない嫉妬心が心に突き上げる。
アンジェリークは泣きたくなるのを堪えながら、まるで子供が拗ねたと同じように机の下に小さくなって入り込んでしまった。
アリオスが悪いの・・・っ!!
アンジェリークが見ていたことをアリオスは気付いていたせいか、素早くルクレチアに気のない挨拶をすると、アンジェリークの待つ自室へと向かった。
厄介なお姫様を慰めてやらねえとな・・・。
「アンジェ、おい」
ドアを開けて中に入ると、アリオスは部屋の中を見渡す。
机の下から出ている小さな足に、アリオスは僅かに笑みを浮かべた。
昔から、やることは変わらねえな・・・。
「アンジェ、出てこい?」
机の下を覗くと案の定に小さくなったアンジェリークが拗ねていた。
「・・・おい、早く出てこい。メシを食いに行くぜ?」
それでもアンジェリークは出て来ない。
「・・・消毒・・・、しなきゃ嫌だ」
ぼそりと呟かれて、アリオスは愛らしくてフッと笑った。
「だったら消毒してくれるか? 俺の唇をおまえの唇で」
良くない微笑みを浮かべられて、彼女は真っ赤になって俯く。
「・・・だってキスなんて二回しかしたことない」
「何!?」
ぴくりとアリオスのこめかみが震えた。
俺が初めてじゃねえのか?
どこのどいつだ!
急に彼の表情が堅くなる。
「おい、怒らないから言ってみろ。俺の他には誰だ?」
彼が嫉妬をしているのは明白だった。
そう思うと今度は嬉しくなってしまう。
アンジェリークの表情が明るくなり、顔をひょいとアリオスに向けた。
「誰だ?」
相変わらず彼の表情は強張ったままだ。
「猫のアル・・・」
小さく言った。
その瞬間には、アリオスの表情が嬉しいものに変わった。
「------消毒してくれるんだろ?」
彼は屈むとアンジェリークと同じ目線になり、その眼差しを見つめる。
「あ…」
大きな瞳を伏目がちにして、アンジェリークは恥かしそうに俯いた。
「…もう誰ともキスしない?」
「俺からはしねえ。おまえだけだからな、するの」
「うん…」
甘い声で返事をして、恥かしそうに上目遣いでアリオスを見つめる。
「目を閉じて?」
「しょうがねえな」
笑いながら、アリオスは目を閉じてくれた。
恥かしげにおずおずとアンジェリークはアリオスに顔を近づけていく。
目を閉じてゆっくり。
少し固めの唇にアンジェリークの唇が重なった。
「んっ・・・」
触れた瞬間には、アリオスに腕を捕まれて身体に引き寄せられていた。
触れるだけのアンジェリークのキスから、深く包み込むアリオスのキスに変わる。
初めてのキスと同じでとても甘く、更に深みを増している。
舌で唇を深く愛され、その後には口腔内を犯される。
唇が離れたときは、どちらかのものとは判らない唾液が糸を引いた。
「はあんっ…」
アリオスに捕まりながら甘い声を上げる彼女にの唇の周りの唾液を、アリオスは丁寧に舌で拭ってやった。
「メイクさせてくれ?」
「うん…」
甘い痺れに頭をぼうっとさせながら、アンジェリークは、彼に運ばれてドレッサーの前に座った。
綺麗に化粧直しをした後、アイライン、チーク、そしてアイシャドーを入れていく。
「目を少しだけ伏せろ?」
「うん」
目を伏せるとビューラーで長い睫をあげ、仕上げはマスカラ。
フルメイクだ。
最後は-------
「この口紅は”Angel”おまえをイメージして作った」
「アリオス…」
甘い言葉に身体が震える。
嬉しさの余り、アンジェリークは大きな瞳に涙を溜める。
「ウォータープルーフだから、泣いてかまわねえ」
「アリオス」
さっきから彼の名前しか言えない。
それでも充分に気持ちは伝わっている。
「俺の天使はおまえだけだからな? アンジェ」
コクリと頷くだけで、もう名前すらもいうことが出来ないほど、アンジェリークは嬉しかった。
「唇を少し開けろ?」
「うん」
自分のためアリオスが作ってくれた色を、アリオスが唇に塗ってくれる。
今までの口紅の中で、一番自分に似合っているような気がする。
大好き。
大好き。
愛してるのよ?
「出来たぜ?」
鏡に映る自分が、いつもの自分ではないように思える。
とても綺麗で、なんだか信じられない。
「なんか、私だなんて信じられない…」
「正真正銘のおまえだ…。
俺の天使なんだからな?
俺にとってはおまえが一番綺麗だから…」
「アリオス…」
しっかりと抱き合った後、アリオスは真摯な眼差しでアンジェリークを見つめる。
「愛してる…。
これからもずっとおまえは俺のものだ…」
「愛してるわ…。アリオス…」
ようやく言葉で素直に愛を確認しあった二人には、もう何も怖いものはない。
これからどんなことがあっても2人で乗り越えていけるのだ。
半年後------
2人はめでたく結婚した。
アンジェリークのおなかには既に子供もいる。
幸せいっぱいの二人を祝福するように、アンジェリークをイメージした”Angel”シリーズが、アリオスのブランドから発売された。
売れ行きは凄く、世界中から引き合いがきているという。
コスメの魔法は、2人を最高に幸せにしてくれたようだ------- |
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