アンジェリークは胸を高まらせながら、アリオスが来るのを待っていた。
少女らしい白いワンピースに、日傘。
最近、アリオスに”肌は焼くな”といわれているせいか、日傘は欠かせない。
不意にひとごみをみる。
その瞬間、アンジェリークの表情は一気に晴れ上がった。
どこにいたって直ぐに見つけることが出来るんだから!
これがアンジェリークの自慢。
187センチの長身で、しかもスタイルも良い。
レイバンのサングラスがとても似合って、彼女は見るだけで心が熱くなってしまう。
周りにいる女性も、皆アリオスに釘付けになってしまっている。
そんな彼が脇目も触れず真っ直ぐ自分に近づいてくるのが、アンジェリークには誇らしかった。
「待ったか?」
「ううん、ちっとも」
いつもの会話。
アンジェリークはいつも10分前には約束の場所に着くが、忙しいアリオスはいつも定刻である。
「こら、待った証拠に鼻てかってるぞ」
「えっ!?」
鼻をつんとされてアンジェリークは真っ赤になってしまった。
アリオスは雑誌にも登場するプロのメイクアップアーティストで、自分の名前を冠したコスメブランドまで持っている。
アンジェリークは幼馴染の特権で、彼に美容の事を色々と教えてもらっている。
今日の約束も、アリオスに色々と化粧道具を買うためのアドバイスをしてもらうのだ。
「じゃあ行くか」
「お願いします〜」
アリオスはすたすたと歩いていき、アンジェリークもその後に続く。
二人は決して一緒に歩くことはなかった。
それはアンジェリークがアリオスに気を使ってのこと。
二十台半ばまで”スーパーモデル”として活躍をしていた彼に、迷惑を掛けたくないからだ。
みんなアリオスを見てる。
そりゃあ、あんなにカッコいいんだもん当然といえば、当然よね…。
幼馴染にとっては嬉しくもあり、なんだか寂しい…
「------おい、着いたぜ」
「えっ?」
顔を上げると、そこはアンジェリークが学校帰りにたまに寄るヴァラエティショップだった。
「ここで全部おまえにぴったりのものは手に入るぜ?」
「専用ショップじゃないの?」
「まだ早い」
きっぱりというと、アリオスは真っ直ぐコスメ売り場に歩いていき、アンジェリークはその後を追う。
てっきり彼のブランドの直営店に連れて行ってくれるとばかり思っていたのだが、意外な場所にアンジェリークは目を丸くした。
「先ず、洗顔料は、ピアーズの石鹸。300円だしお手軽だぜ?
基礎化粧は、毛穴を引きしまえるウィッチヘイゼル、天然素材のヘチマローション、保湿はヴァセリン。これで充分だ」
「えっ? こんなんでいいの?」
「ああ。17歳には充分だ」
基礎化粧品だけでかなりするとおもっていたのにもかかわらず、アンジェリークは肩透かしを食った感じだった。
子ども扱いされてるのかな…
しゅんとしたアンジェリークに気がついたのか、アリオスは、僅かに笑って微笑んだ。
「次はベースだな。
やっぱりこれからの時期は日焼けが大敵だからな。UVカットのものがいるな。後は下地。これはパールが入っているから、おまえの肌を綺麗に見せることが出来る」
”肌を綺麗に見せる”
その言葉が嬉しくて、アンジェリークは少し頬を染め上げる。
アリオスが取った二つのものは、どれも安価で思い切って使えるものではあった。
「最後はパウダーだな」
アリオスは、ピックアップコーナーに行きそこで、小さなパウダーを手に取り、かごに入れる。
そこには”アリオス氏も絶賛!!”と書かれていて、アンジェリークは笑ってしまった。
「いいんだぜ? これ? 保湿もするし崩れにくい。まあ、舞台用のだから当然だ」
「うん」
「これで全部だな、基礎は。
ビューラーに、筆は、大中小一つずつ、紅筆、スポンジぐらいで道具はとりあえずいいだろう。
後のカラー系は、俺のアトリエに用意したものを使え」
「うん、有難う」
アリオスは、そのままかごを持って精算をしてくれる。
アンジェリークはお金を出そうとしたが、アリオスが全部出してくれた。
店を出たあと、近くにあるアリオスのアトリエに連れて行かれ、そこでアンジェリークはお化粧の仕方の手ほどきを受けることになった。
「先ずは洗顔。石鹸はしっかりとあわ立てる。水を何度も補給してクリーミーな泡を作れ」
「はい」
先生であるアリオスに言われたように、アンジェリークは一生懸命泡を作った後、顔をそれで包み込む。
「ごしごしするな? よしそんな感じだ。後は20回ぐらい綺麗に洗顔すればOKだ」
「うん」
洗顔が終わったあと、今度は、トリートメント。
アリオスが、ボールにお湯をいれ、そこにローズマリーのアロマオイルを一滴入れ、アンジェリークにタオルを投げた。
「え?」
「そのタオル被って、このスチームを肌に充分当てろ? 俺がいいというまで」
「はい」
肌を蒸すのはおよそ3分だった。
「どうだ肌を触ってみろ?」
終わった後肌に触れるといつもよりしっとりしているのがわかる。
「凄いふわふわ」
「だろ?」
アリオスは笑うと、今度はアンジェリークを化粧前に座らせた。
「ウィッチへ―ゼルで肌を整えた後は、ヘチマ化粧品、ヴァセリンで肌を整える」
アリオスは、指先を使って丁寧に肌を整えてくれる。
彼の長く繊細な手が肌に触れるたびに、アンジェリークは胸が甘く苦しくなるのを感じる。
アリオス…。
いつも、いつも、モデルの人にはこんなことをしているの?
お仕事とはいえ、なんだか妬けちゃうな…
「あっ…」
ヴァセリンで唇を整えられたとき、アンジェリークは思わず甘い声を上げた。
アリオスの指が唇をなぞる。
それだけで、アンジェリークは身体を震わせてしまう。
「土台を作るぜ」
「うん」
UVプロテクト、下地のパールの入ったベースカラーが塗られると、アンジェリークは、今までに比べて肌が艶やかに見えるのに驚く。
「凄い!」
「だろ? メイクのものは、値段で決まるわけじゃねえんだぜ? 安くてもいいものはあるしな?
おまえはまだ若いし、肌も綺麗だ。
余り高価なものを使って肌を”甘やかす”のもダメだからな?」
「そうなんだ・・・」
「俺はちゃんとおまえにあったもんを選んだつもりだぜ?」
ニヤリと笑われて、アンジェリークは真っ赤になってしまった。
やはり、アリオスが自分のことを考えてくれたと思うと、アンジェリークは嬉しくてたまらない。
「今度は、もっと綺麗にしなきゃな?」
アリオスはそれだけを言うと、アンジェリークの眉を整えてくれた。
そして-----
目に化粧も何もせず、彼は仕上げの口紅にかかる。
口紅はアリオスのブランドのものが出てきた。
「これはまだ未発売だがな」
その色は淡いピンク。
アンジェリークの愛らしさを助長する可憐な色だった。
顔色がさらに明るくなり、アンジェリークは鏡の前でさらにに驚いた顔をする。
「今日はここまで。
来週の休みは暇か?」
いきなり訊かれたが、アンジェリ−クは興奮したように何度も頷いた。
「うん! うん!! うん!!!!!」
「だったらまたここに来いよ? 今日の続きを教えてやるぜ?」
「うん!!!」
アリオスから誘われるのは初めて!!!
心から嬉しかった。
チークなんかなくても、アンジェリークの頬は健康そうに輝き愛らしい。
「…これ以上綺麗になったら、我慢が出来なくなるな…」
煙草を吸いながらアリオスはポツリと呟く。
「え!? なんて?」
「-----なんでもねえよ」
アリオスは少し照れくさそうに言うと、愛しげに目を細めてアンジェリークをみた。
アンジェリークの”美”へレッスンは、まだ始まったばかり------ |
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