Sweet Heater


 二月は一年で一番寒い時期。
 だからこそ、愛する男性に温めてもらいたいもの。
 暖かな部屋でアンジェリークはずっとアリオスを待っている。
 夜遅くまで仕事をしているだろう彼の為に。
 彼と暮らし始めてまだ二週間。
 冬の夜がこんなに切ないとは思わなかった。
 仕事が忙しい彼の為に、毎日のように待つ。
 それが時々切なくもなる。
 昨日のアリオスは、やはりぎりぎり深夜前の帰宅で、ほんのりと移り香がした。
 それに気がついたとき、とても切なくてたまらなかったが、何とかそれを”我慢”して抑えた。
 彼が、ヘアデザイナーという職業柄仕方がないということは判っている。
 だが、心の奥ではそれが辛くてしょうがなかった。
 心が痛くてしょうがなくなる。
 キッチンのコンロにかけてある、温かなポトフを覗き込むと、余計に辛くなった。

 赤ちゃんが出来たら、寂しくなくなるのかな?

 そんなことを思いながら、テレビのスイッチを付ける。
 これで少しは切なさがなくなると思ったが、かえって泣きたくなった。
 テレビの音はただの雑音。
 全く寂しさが治まらない。
 それどころか、切なさを増してしまう。
「アリオスぅ・・・」
 つまらないテレビを消すと、アンジェリークはふたりの寝室に向かった。
 そこにある、彼の渋いレザーのライダースジャケットを羽織り、アンジェリークは再びキッチンに戻る。
 ほんの少しだが気持ちが落ち着く。

 こうしていると、アリオスに抱き締められている気分になるわ・・・。

 どこか心がふわふわと温かくなるのを感じた。
 少しおなかも空いているような気がする。
 ポトフを食べるまでもないので、ミルクを温めることにした。
 これでアリオスが帰ってくるまで、充分にもってくれるだろう。
 温かなミルクを片手に、しばらくは心地好い時間を過ごす。
 お供は、今日買ってきた雑誌だ。
「これにアリオスがやったヘアメイクが載っているものね〜」
 ミルクとジャケットで温まりながら、楽しそうに雑誌のページをめくっていた。
「やっぱりアリオスのヘアメイクって光ってるな」
 恋人として誇らしい気分になる瞬間だ。
 次のメイキングのページで、少し切なくなる。
 彼が真剣にモデルを美しく変身をさせ、僅かに微笑んでいる写真があった。
 それを見た瞬間、先程から温まりつつあった心が、急にしぼんでしまう。

 アリオス・・・。
 お仕事なのは判ってる・・・。
 だけれど、本当は誰にもそんな笑顔を向けてほしくないの・・・。
 誰にも・・・。お願い、私だけに笑いかけて・・・。

 アンジェリークはいつの間にか泣いていた。
 アリオスのジャケットを握り締めながら、彼女は肩を震わせて咽び泣く。
 寂しくて堪らなくて、アンジェリークは胸を引きつらせた。
 寂しくて堪らなくて、アンジェリークはジャケットごと抱き締めて、いつしか眠りに落ちていった。
 しばらくして、アリオスは疲れた躰を引き摺りながら、ようやく我が家に戻る。
 今は、本当に心から”我が家”と思える。
 ひとりで暮らしていた頃は、眠りに帰るだけの家だったが、今は違う。
 心から愛することが出来るアンジェリークが家に温かさという彩りを添えてくれた。
 だから帰るのは、今は楽しくてしょうがない。
 アリオスは玄関の鍵を開けて、戸締まりをしっかりとした後、キッチンに向かった。
「ただいま」
 そう言えば、いつもは飛んでくるアンジェリークが、今日は飛んでこない。
 少し不審に思いながら、リビングに入ると、すぐにその理由が判明した。
「アンジェ」
 床には愛らしい彼女が、そのまま床につっぷしたまま眠っている。
 しかも、可愛くも彼のライダースジャケットをぶかぶかのくせに着ていた。
 その姿が、とても愛しく思える。
「アンジェ・・・」
 アリオスは甘い声で彼女の名前を囁くと、その瞼にキスをした。
「んっ・・・」
 彼に気がついたのか、僅かにに瞳を開け、アンジェリークはアリオスの姿を捕らえる。
「アリオス・・・」
「こんなところに寝てると風邪を引くぞ? 眠たかったらベッドに運んでやる」
「…うん…。アリオスが暖めてくれればいいの」
 アンジェリークは切なそうに言うと、彼にぎゅっと抱きついた。
 彼女の仕草が余りにも可愛くて、彼は甘く微笑む。
 この微笑みは彼女のだけのもの。
 決して雑誌ではない、深き思いの詰まった微笑だ。
 それで先ほどの切ない思いは、総て帳消しになった。

 アリオスは私だけの甘い微笑みを、誰にも向けないのは知っているのに・・・。
 どうしてあんなに切なくなったんだろう・・・。

「アリオス…」
 それが嬉しくて、彼女は更にアリオスを抱きしめる。
「しょうがねえな・・・」
 アリオスはそのままアンジェリークを強く抱きしめると、しっかりと暖めてやった。
「おまえも俺を暖めてくれよ?」
「うん…」
 ふたりは甘い気分に浸りながら、お互いの躰を温めあう。
 これ以上の最高の”暖房”はないと感じながら・・・。

コメント

甘いのはいいですね〜



モドル