お留守番


「うん、平気だから…」
「本当に大丈夫だな?」
「うんだいじょうぶだってば!!」
 何度も玄関で押し問答をした後、アリオスは何度目かの心配そうな溜息を吐いた。
「必ず電話をするからな?」
「うん」
 潤んだ瞳をアンジェリークは向けると、何度も平気だと頷く。
 こんな意地らしい妻の表情を見ていると、アリオスは居たたまれなくなった。
「アリオス、時間よ? 遅れちゃうわ? 私なら大丈夫よ?
 あなたは明日になったら帰ってくるし、それに、私は一人じゃないもの・・・」
 ほんの少しアンジェリークは頬を赤らめると、まだ突き出てはいないおなかをそっと撫でる。
「ああ。じゃあ行ってくる」
 アリオスは名残惜しそうにアンジェリークの頬に手を伸ばすと、優しくそこを撫でた。
「行ってらっしゃい!」
 最後に甘いキスをして、アリオスを送り出した。

 -----ここからアンジェリークは一人ぼっち…。
 朝は学校に行くから気はまぎれるものの、今夜は一人でどうしようか------
 そんなことを考えながら、アンジェリークはとぼとぼと学校に向かった。


 学校に行けば、親友がいる。
 レイチェルたちと話すによって幾分か気分が、紛れたような気がした。

 これだったら、何とか今夜のお留守番は大丈夫かな?

 そんなことを思っていたのもつかの間。
 やっぱり、スーパーに買物に行くと、アリオスを思い浮かべ、彼の分もついつい買い込んでしまう。

 明日・・・。
 帰ってきたときに、いっぱい、いっぱいご飯を作ってあげなくっちゃ!

 スーパーのカゴにふたり分の食材を見たとき、ほんの少しだけ寂しくなったが、アンジェリークは何とかそれを堪えた

 結婚して、ばらばらで寝るのは今日が初めてじゃないのに・・・。
 アリオスが出張するって言うだけで、何でこんなに切ないんだろう・・・


 家に帰って、アンジェリークは食事を作る。
 ついつい多めに作ってしまう。
 それを食卓に並べて自分ひとりで食べる空しさに、胸が張り裂けそうなぐらい痛くなった。
「ふえ〜ん、アリオスぅ…」
 いつもは、われながらとても美味しくご飯が出来ると思っているのに、今日に限っては全くあじけがないと言ってもいい。

 アリオスぅ…!!!

 再び涙が出てきて拭ったときに、不意に、電話が鳴り響いた。

 アリオスっ!!

 アンジェリークは慌てて箸を置くと、電話に出た。
「はい?」
「アンジェか? 俺だ」
「アリオス!!!」
 受話器を通して訊く夫の声は、いつもにも増して艶やかでやさしい響きがある。
「今日は大丈夫だったか?」
「うん。今、夕ご飯食べてたとこ」
「俺も仕事終わったから、明日は直ぐに帰ってくるからな?」
「…うん。早く、早く帰ってきてね?」
 強く心に込めて、アンジェリークはアリオスに囁いた。
「ああ。帰ってくるからな?
 おまえのメシが恋しいもんな…、もう…」
「明日いっぱいご飯作って待ってるからね?」
「ああ」
 ふたりは暫く電話の前で無言になる。
 明日になれば逢えるのは判っている。
 だが、今すぐ似合いたくて、その想いで言葉を詰まらせた。
「アンジェ、ちゃんと戸締りして置けよ? 心配だからな?」
「うん! 何度も見に行くわ」
「その調子だ。明日の夜は覚悟して置けよ? 今日の分もな?」
「…バカ・・・」
 昨日の夜も、アリオスはそう言ってアンジェリークを烈しく愛した。
 そのことを思い出し、彼女は真っ赤になった。
「ちゃんと、留守番できたらご褒美やるからな?」
「うん」
「じゃあ。愛してる・・・」
「私も愛してる…」
 電話が切れた。
 暫くの間、アンジェリークはずっとツー音を聞いていた-------
「さてと! ごはん! ごはん!!」
 ほんの少しだけ気分をよくして、アンジェリークは食卓に向かった------


 夕食後、シャワーを浴びて寝る支度をする。
 再び戸締りの確認をする頃には、外は烈しい雨になっていた。

 イヤだな・・・。
 アリオスいないのに・・・

 遠くには雷音も聴こえ始め、アンジェリークは萎縮する。
「いやああっ!!」
 耳を塞ぎながら、アンジェリークは足早に寝室に向かった。
 誰もいない寝室。
 アリオスの匂いのついたベッドにもぐりこんで、それを吸い込む。

 アリオスと一緒にいるみたい・・・

 そう考えた瞬間、大きな音が彼女の耳を襲う。
「きゃああっ!!!」
 近くで雷が落ちたようだ。
 いつもなら、アリオスに縋りつくことが出来るのに、今は、出来ない。
「アリオスぅ・・・、帰ってきてよ…」
 おなかの中には彼の子供がいるが、子供といっしょでもなんだか頑張れない。
 切なく囁きながら、アンジェリークはふとんの中に小さくなって丸くなる。
 ------そのまま泣きつかれたのか、彼女は眠りに落ちた。



「アンジェ…!!」
 アリオスが家に帰ってきたのは、午前3時。
 余りにもの心細そうなアンジェリークが心配で、仕事を一日で済ませて、帰ってきたのだ。
 深夜に出発し、車を飛ばして、ようやくの帰宅だった。
 急いで部屋に戻ると、愛しい妻は、ベッドの片隅で小さくなって眠っていた。
 顔にいっぱい涙の痕をつけて。
「アンジェ…」
 心細かったキモチを思うと、アリオスは柔らかな微笑を浮かべた。
「------大丈夫だ、アンジェ・・・。もう帰ってきたからな」
 アリオスは優しく囁くと、妻をしっかりと抱き締めて、そのまま眠りに落ちた-------


「…んんっ」
 アサヒを感じて、アンジェリークは目が覚めた。
 とてもふわふわとしていて温かくてキモチ良い。
 安心する温かさに、アンジェリークは笑った。
「あ・・・」
 目を大きく開けてその光景を疑った。
 ちゃんと、愛する彼が抱き締めてくれていたのだ。

 帰ってきてくれたんだ・・・・

 嬉しくて涙が滲んでしまう。
「-----起きたか?」
 アリオスは眠そうな声でアンジェリークに囁くと、そっと目を開けてくれた。
「アリオス…!!」
「おはよう、アンジェ」
「アリオスッ!!」
 そのままアンジェリー句は愛する夫に抱き着くと、泣きじゃくる。
「こら、泣くなよ」
「だって・・・・」
「奥さん、おはようのキスは?」
 甘く囁かれて、今度は顔を真っ赤にする。
 アンジェリークは泣き読むと、頬を真っ赤にしてアリオスにキスをした。
 甘い甘いキス。
「帰ってきてくれて、有難う…」

 やっぱりふたりが一番ね?

コメント

甘い甘い新婚さんです(笑)

モドル