夜も更けて、シャワーを浴びようとしたとき、彼は風のように現れた。 「桜を見に行くぜ?」 いきなり言われて、手をきつく取られる。 いつものようにアリオスは有無を言わせないかのように、そのままアンジェリークをひっぱっていく。 「どこに行くの?」 「ナイショ」 「意地悪!!」 頬を大きく膨らませて、アンジェリークが怒ると、アリオスはクッと喉を鳴らして笑った。 「いいから、ついてこいよ」 「もう・・・」 わざと拗ねるアンジェリークも、まんざらではない様子だ。 いつも彼は、”俺様”。 彼の都合の良い時間に現れ、デートをするという、はっきり言って自分本意だ。 振り回されまくっているアンジェリークであるが、それがちっとも嫌だとは感じないのは、よほどアリオスに惚れていて、彼だけにだけ発揮する”マゾ”気質ゆえだろう。 だからこそ、アリオスと上手い具合に噛み合っている。 アンジェリークのマンションの前に無造作に止められたシルバーメタリックのスポーツカー。 オーラの放つそれに乗せられ、闇を行く。 夜の不思議なランデブーに、アンジェリークはひとりロマンティックな気分になった。 「ミステリーツアーみたいだわ」 もう、アリオスのそんなところはすっかり馴れっ子とばかりに、くすくすと笑いながら、アンジェリークはすっかり子供のような表情になっている。 「損はさせねえから」 彼はそれだけを憎らしさと甘さの中間の声で言うと、アクセルを強く踏んだ。 夜のスポーツカーは、まるで”宇宙船”のように思えて、それなりにロマンティック。 アンジェリークはアリオスの肩に頭を凭れさせながら、うっとりとロマンに浸るのであった。 いつものように突然のデート。 これも、”ロックスーパースター”アリオスが恋人だから。 私生活が一切謎なミステリアスな、世界一有名な彼が、まさか、普通の女子高生と付き合っているとは誰が想像できるだろうかと、思う。 それを思うと少しくすぐったかった。 しばらくゆらゆらと車に揺られ、うとうととしていると、車が止まった気配がした。 「着いたぜ?」 「ん・・・」 目を開けるとそこは暗闇。目 を凝らしてもほとんど何も見えない。 「・・・桜なんて見えないじゃない」 「ほら。来いよ、鳥目のお嬢様」「もうっ!!」 アリオスの力強い手でしっかりと握り締められれば、心から安心をする。 暗闇でも怖くない。 彼のぬくもりを感じてながら、しばらくはゆっくりと歩いた。 「まだ?」 「もう少し」 「嘘。結構経っているじゃ・・・」 言いかけて、アンジェリークは思わず口をあんぐりと開ける。 目の前には、言葉には表すことができないほどの光景が広がっていた。 小さく澄んだ池の周りに満開の桜が咲き乱れ、それを厳かな月の光が照らし、幻想的な桜と月が、池に雅に映っている。 -------幽玄。 その言葉しかアンジェリークは見つからなくて、しばらくはぼんやりとしか見ることが出来なかった。 「綺麗・・・」 うっとりと見つめていると急に背後から抱きすくめられる。 「あっ、アリオス・・・」 「この光景を全部おまえにやる・・・ 」「有り難う」 抱き締めてくれるアリオスの腕を握り締めた。 「最高のブレゼントだわ・・・」 しみじみと言い、幸せを噛み締める。 「アンジェ、踊ろうぜ?」 「うん。stingの”ムーン・ライト”歌ってよ」 「しょうがねえな」 アリオスは低い声で”ムーンライト”を歌いながら、アンジェリークの手を取った。 羽根のようなダンスは、心も躰もふわふわと揺れる。 くるくると皿のように回してもらい、アンジェリークは夢心地になった。 アリオスとしっかり手を取り合って、夢見心地でダンスをする。 いつまでも踊っていたい。 だが、アリオスの歌は終わりを迎える。 曲が終わった瞬間、彼は彼女を引き寄せるなり、甘く深いキスを送った。 「んんっ・・・」 甘くも熱いキスをする。 唇が離れた後、アリオスは額に額を付けた。 「アンジェ、一緒になろう・・・」 「・・・はい」 ぎゅっと抱き締められて、感きわまりアンジェリークは小さな声で囁くようにしか返事ができない。 再び唇が重ねられる。 栗色の髪にさくら色の花びらが花嫁の花冠のように、美しく舞い落ちていた。 |
| コメント 今考えている創作のスピンオフ的なお話です。 お楽しみいただけると嬉しいです。 季節感のある甘いお話。 |