「もう、どうしてこんなにひっきりなしに保健室(ここ)に来るんだ」
溜め息を吐きながら、レヴィアスはようやく一息つくことが出来た。
彼が、スモルニィ学院の保険医として転任してきて三日。
休み時間は、ひっきりなしに訪れる女生徒の山に、レヴィアスは辟易していた。
やれ少し貧血がするだの、頭が痛いなどといっては、保健室に駆けつけるのだ。
ったく、暇な話だな…
彼のこの冷たい態度が、やれクールな大人の魅力だの、カッコいいなどと言って、女子高生人気を煽っていることなど、彼は知らない。
ったく、保健委員会の委員長か何か知らないが、また、コドモを相手にしなければならんとは、俺もついてないな…。
放課後に、保健委員会の委員長が、委員会について説明しにやってくることになっていた。
それが運命の出会いになるとは、彼は思っていない。
うざったい行為としてしか、捉えてはいなかった。
躊躇いがちの、礼儀正しいノックが響き、レヴィアスは、今日何度目か判らない溜め息を吐くと、席についた。
「入れ」
「失礼します」
明るめだがしっかりとした可愛い声が響くと共に、栗色の髪の少女が中に入ってくる。
最早、スモルニィの生徒は総て見たと思っていたレヴィアスだったが、少女を見た瞬間息を飲んだ。
少女がここにいるだけで、その空気が清らかに変質する。
天使か…
「おまえさんは…?」
栗色の髪の少女に釘付けになりながら、彼はやっとのことで感情を抑えた声で言う。
「保健委員長、アンジェリーク・コレットです」
「ああ、そこに座ってくれ」
「はい」
促されて、少女は柔らかく微笑みながら席へとついた。
「先生、これが保健委員会の書類です。新年度に当たって、色々方針を立てています」
「そうか…」
書類を受け取り、早速目を通す。
アンジェリークは、書類に目を通す、艶やかな横顔のレヴィアスをうっとりと見つめる。
先生、噂通り、素敵だな…
少女の熱い視線に、フッと微笑むと、彼は異色の瞳を彼女に向けた。
「何だ?」
突然声を掛けられて、彼女は恥ずかしそうに視線を伏せる。
「あ…、先生って、黙って気難しそうな顔をしているのもいいですけど、笑った方が素敵だなって、思って…」
少女の言葉に、レヴィアスは深い微笑を浮かべ、彼女を異色の瞳で捕らえた。
「そんな風に言われたのは、初めてだな。----本当にそう思うか?」
「絶対思います!! ----あっ、言い過ぎ…、でしたね…」
強く言って、彼女は恥ずかしかったのか、急に真赤になって俯いた。
「----いや…」
少女と共にいると、笑顔でいられるのは何故だろう…。
レヴィアスは、初めて逢ったにもかかわらず、少女に、心を暖かく満たされるのを感じる。
最後にこのような気持ちになったのは、何時だったか、思い出せないほどの昔だったはずだ。
だが、少女はいとも感嘆にそのことを思い出させる。
他の誰にも、それは出来なかったことだった。
「コーヒーでもいれよう」
「あ、先生、私やります。前の先生のお手伝いを何度かしたことがありますから」
さりげなく制して、少女は立ち上がると、保健室の奥にある小さなパントリーに向かった。
「先生のカップはどれですか?」
「俺のは黒だ。おまえはその奥の白いのを使うといい」
「はい」
パントリーに立った彼女は、手早くコーヒーを作り、直ぐにそれを運んできた。
彼女はミルクを多くしたカフェオレ、レヴィアスは好みがわからなかったのでブラックにミルクのポーションと角砂糖を添えた。
「どうぞ」
「ああ。有難う…」
受け取る彼に嬉しそうに微笑む彼女に釣られて、彼もまた笑顔が零れる。
「じゃあ、具体的に委員会の事を教えてくれないか?」
「----保健委員会の大きなものは、月一回。四班に分かれる小委員会も月一回、夫々の班で分かれてあります。小委員会ごとに提出される書類を持って、保険医の先生と、基本的には、委員長である私が、週一回ミーティングを行います」
テキパキと話す彼女は、やはり委員長のそれで、先ほどの少し内気なそれとは違っていた。
「で、今日はその顔合わせと説明と言うわけだ」
「ハイ、そうです」
二人は書類を片手に、様々な意見を交換しながら、有意義な午後の時間を過ごすこととなった。
「あっ、もうこんな時間ですね?」
一通りの話し合いが済み、アンジェリークが腕時計を見たときには、既に六時近かった。
「有難うコレット、すまなかったな…」
「いいえ…」
二人は自然と見つめあう。
過ごした時間はとても名残惜しく、二人は互いにもう少しいっしょにいたいと望んでいた。
「あ…、私、帰りますね? 先生、また来週」
「ああ、待ってる」
”待ってる”
自然に出た言葉だった。
レヴィアスは、そんな自分に驚きながら、自嘲気味に微笑む。
「失礼しました」
まるで向日葵のような笑顔を彼に向けると、彼女は一礼して保健室から去った。
その姿を見る目ながら、レヴィアスは光に包まれる自分を感じる。
彼はその光のナをまだ自覚をしてはいなかった。
”恋”と言う名の光を----
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次の週からと言うもの、レヴィアスはアンジェリークが来るのを待ち侘びるようになっていた。
普段の日、彼女は、良くクラスメイトの付き添いにきていたが、それ以外のことで保健室に顔出すことはなかった。
『レヴィアスに逢いたい為になった保健委員』とは違い、彼女はきちんと仕事をこなす。
それが彼には好ましかった。
だが、少し残念な気もしていた。
もっと彼女と話したい、そう思わずに入られなかった。
俺も変ってしまったものだな…。
あの少女に逢えるだけで、これほど心が満たされるとは…
二人は、逢って話をするたびに、お互いに惹かれあっていた。
週一度のミーティングは二人にとって、密度の濃い、なくてはならない時間になっている。
そんな二人の空気を、敏感に察し、余りよくないように思っている者たちもいた。
保健委員の中でも、”レヴィアス親衛隊”と化している者たちである。
彼らが、アンジェリークに妬いていることを、彼は敏感に察知していたが、彼女はそれに気付いていなかった。
コレットに何かしなければいいがな…
しかし、レヴィアスの予感は当たってしまうのである。
「あ、レイチェル? 保健委員の子達に、委員会のことで中庭に呼ばれてるから、私、行くね?」
お昼のお弁当をそこそこに、アンジェリークは席から立ち上がった。
「アンジェ…、最近、一部の保健委員がアナタがレヴィアス先生と仲がいいものだから、嫉妬してるって聞いたよ。気をつけなきゃ」
彼女の親友であるレイチェルは心配そうに眉根を寄せる。
「大丈夫だって、レイチェルは心配性ね? じゃあ、行ってくるね」
あくまで穏やかな微笑を浮かべると、彼女は静かに教室を出てゆく。
「やっぱり心配だよ、アンジェ」
彼女の後姿を見送った後、レイチェルは慌てて保健室に向かう。
勿論、このことをレヴィアスに報告するために----
「コレット、委員長、っちょっと来て」
「え、何!? きゃっ!!」
約束の場所に行くなり、彼女は女生徒数人に締めをされ、そのままずるずると飛込み用のプールへと引きずられた。
「あなた、レヴィアス先生が迷惑だ何て考えたことはないの!? 委員長ダカラって、あんなにベタベタして、うっとうしいのよ!!」
「え、私そんな…」
何をいっているのか理解出来ず、アンジェリークは怯えながら呟く。
「いい子ちゃんぶって!!」
「きゃっ!」
リーダー格の少女に強く頬を叩かれ、アンジェリークの頬は腫れ上がる。
「いい、もう先生に近付かないって誓って、保健委員を辞めるって言ったら、離してあげるわ!」
言うのは、いつもレヴィアスにくっついて離れない、少し派手な少女だ。
アンジェリークは、頬に残るじんじんとした痛みに堪えぬきながら、唇を噛み締め、力強い眼差しを彼女たちに向ける。
「私は止めないわ! そんなに先生が好きなら、もっと素直になればいいのに…。こんなことなんかしないで。だったらきっと先生も…」
「馬鹿にして!!」
「きゃあああ!」
かっとなった少女にドンと押されて、バランスを崩したアンジェリークは、そのままプールの中に音を立てて落ちていった。
くっ苦しい…
彼女はそのままプールのそこへと沈んでゆく。
その音を聴いて、駆けつけていたレヴィアスとレイチェルは、一瞬ひるんだ。
「遅かったか!!」
レヴィアスはそのままプールまで走ってゆき、レイチェルもそのまま追いかける。
彼義気を切らしてプールサイドに吐くと、沈んでゆくアンジェリークの姿が見えた。
「コレット!!」
なんの躊躇いもなく、彼はそのままプールの中へと飛び込んでゆく。
「先生!」
誰もが息を飲み、先ほど、アンジェリークを拉致したもの立ちは震え上がって、動けないでいる。
プールに勢い良く沈みながら、アンジェリークは意識を無くしつつあった。
朦朧とした視界に、艶やかな黒髪を乱して泳いでくるレヴィアスの姿が見える。
ふふ、先生…、何だか水の精みたい…
彼に手を伸ばそうとした瞬間、彼女は意識を手放した。
アンジェ!!
意識を手放した彼女を、悲痛の思いで捕まえると、彼はそのまま泳いで上へと向かう。
頑張ってくれ、アンジェリーク!
おまえがいなければ、俺はいったいどうしたらいい…
彼は全速力で泳ぎきると、意識を飛ばした彼女をプールサイドに寝かしつけた。
頼む…、助かってくれ…
誰もが固唾を飲んで見守る中、レヴィアスは、巧みに、彼女に人工呼吸を施す。
しかも、唇と唇を合わせて。
だが、彼女たちは、自分たちで原因を作った以上は文句をいえなかった。
「…ン…」
何度か人工呼吸を施すうちに、彼女の瞼が動き、ゆっくりと目を開けられた。
「先生…」
儚げに何とか微笑む彼女を、彼は抱きしめる。
その時、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
「ほら、おまえたち、授業に戻れ。後は俺がやっておく」
「あ…はい…」
少女たちは気まずそうに返事をすると、アンジェリークをチラリと見た。
「ごめん…」
アンジェリークをプールに突き落とした本人がぶっきらぼうに謝ると、そのまま洋室に走っていってしまい、仲間もそれに続いた。
「ハート、コレットの体操服を保健室に持ってきてくれ」
「はい」
レイチェルも慌ててロッカーへと向かう。
「さて、おまえは少し休め…」
「・・はい…、先生、有難うございました…」
そのままレヴィアスに抱き上げられ、彼女は保健室へと向かった。
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レイチェルが持ってきてくれた体操服に着替え、アンジェリークはベットに座って唇を指でなぞっていた。
人工呼吸とはいえ…、私のファーストキスだった…
そう思うと、耳まで真赤になるような気がする。
「どうだ、気分は?」
艶やかに呟きながら、レヴィアスがベット室のカーテンを引いてくれた。
「ええ、すっかり…」
いって、彼の魅力的ない色の瞳に捉えられ、彼女恥ずかしそうに俯く。
「あいつ等の処分はどうする」
「ううん、いいです」
「コレット!」
彼女は柔らかに微笑んで、彼を見る。
「だって、レヴィアス先生が好きなあまりやったことですに、何もなかったことに…」
「だが!」
「いいんです…。私だって、同じ立場だったら、やっていたかも…」
言って、彼女は真赤になって顔を隠す。
その言葉と態度に、彼は誰にも見せたことのない深く甘い微笑を、彼女だけに送る。
「先生…」
うっとりと見惚れているのもつかの間、彼女は急にレヴィアスに力強く抱きしめられ、喘いだ。
「先生っ…」
「俺はさっき気付いた。おまえを愛してる…」
甘く艶やかなテノールに、彼女は最初は驚愕した。
だが、嬉しさがこみ上げて来、自然と彼の背中に手を伸ばす。
「私も…」
震える声で言った彼女が可愛くて、彼はフッと優しい微笑を彼女に向ける。
「アンジェ…」
くぐもった声で囁いて、彼は彼女の顔を両手で包むと、そのまま、今度は本当の口づけを彼女の唇に落す。
ひめたる恋はこんなに狂おしく甘いのだろうと、彼らは感じる。
一度唇が離された後も、何度も口づけが角度を変えて繰り返される。
好きにならずに入られなかった、運命の相手との恋の成就に、二人はは酔いしれていた。
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コメント
13459のキリ番を踏まれたリン様のリクエストによる、
「保険医レヴィアスと保健委員アンジェ」のなれ初め編です。
いかがでしょうか? リン様
気に入っていただけると幸いです。
取ってもへボクって申し訳ないです。
