
「ねえ、アリオス、何かアルカディアの御伽噺を聞かせて?」 「はあ!?」 恋人であり、このアルカディアを救おうと懸命になっている少女が、またもやおかしなことを訊いてくる。 そこが銀の髪の青年にとっては面白いところであり、可愛いところだと思うのだが…。 「何でそんなことを訊くんだ?」 眉根を寄せながら、アリオスは怪訝そうに呟いた。 「だって、アリオスなら知っていると思って」 「イヤダ。おまえなあ…悪ィが、俺はそんなロマンティックに出来てねえんだよ。そんなもんは、あの赤毛に訊けよ?」 「アリオスだから、訊きたかったのに!! もう、意地悪!!」 少女は口をへの字に間経てしまい、口を尖らせて、不機嫌そうに彼を見る。 「ったく…、そんなにふてくされんなよ。仕方ねえから、代わりにアルカディアの音楽の話をしてやる」 「ホント!!」 先ほどのふてくされたかを這うそのように、彼女の表情は明るい輝きに満ちていた。 興味深げに大きな瞳を輝かせ、彼女はアリオスの話にしっかりと聞き耳を立てる。 「----俺は、ちょくちょく酒場に行くんだが…、そのときにいつも音楽が奏でられている。ここの音楽は、踊るためにある。夕食後に集まって、バグパイプなんかを演奏しながら、思い思いにダンスをするんだ。決まった型なんかねぇ。面白ければなんでもありってやつだ。老若男女を問わずにみんなで楽しんでる。俺は、特に参加したいと思わねえが、ああいううのを見ていると、音を愛するのに形式や気構えなんて必要ないということを、つくづく感じるぜ。宮廷楽団の演奏も、高尚なオペラも悪くねぇが、俺はここの音楽のほうが好きかも知れねえな…」 彼が話している間、彼女は熱心に耳を傾ける。 その眼差しがとても暖かく、彼を優しく包んでいる。 「----前みたいに、また…、連れてって欲しいな…」 はにかみながら、上目遣いで離すこの愛しい天使の申し出を、どうして断ることなど出来るのだろうか。 「----しょうがねーな。そのうち連れてってやるよ」 「もう、いつも、いつも”今度”って! 私は、”今度”じゃなくって、"今”連れて行って欲しいのよ!!」 かんしゃくを起こしてしまった少女は、どこか可愛らしく、彼は怒られているにも関わらず、思わず笑顔をこぼれてしまう。 「何が…、おかしいのよ…」 「クッ、おまえをまた連れて行ったら、酔っ払って、介抱するのが大変じゃねえか? おまえはコップ一杯の弱いアルコールでダウンするからな? あの時は何って言ってたっけ? 『わらしは新宇宙の女王なのれす!!』って、管巻いてたっけな?」 からかわれて、アンジェリークは顔を真っ赤にすると、そのまま罰が悪そうに彼に背中を向けた。 「もう…、知らないっ! アリオスのバカ…」 すねる姿も可愛らしくって、彼は彼女を見つめる眼差しを愛しそうに細める。 何度このようにからかっただろうか。 二人にとって、このやり取りは最早日常茶飯事、しごくあたりまえのことになってきている。 再び、このようなやり取りが出来るのは、二人の愛が起こした奇跡。 幾度の悩みを乗り越え、二人はようやくいまこうして再会できるようになった。 それをかみ締めるために甘いやり取り。 二人はそう感じていた。 彼女は相変わらず彼に背中を向けたままだ。 「----しょうがねーな」 彼は彼女に背後から近づくなり、その華奢な身体をそっと背中から抱きしめた。 「アリオス…」 背中に彼のぬくもりを感じる。 「準備しておけ…、今夜迎えに行く…」 「うん…」 甘い声にうっとりと瞳を閉じながら、彼の逞しい手を彼女は握り締めていた---- --------------------------------------- 夕食後も、そわそわしてしまい、アンジェリークは落ち着かなかった。 心がさらに高まりを覚える。 アリオス、どうやって迎えに来てくれるんだろう…。 いつもより彼女は少しおめかしをしていた。 折角アリオスが迎えに来て、夜のデートに誘ってくれるのだ。 手を抜くことなんて出来ない。 「待たせたな? アンジェ?」 艶やかな彼女を魅了して止まない声が窓から響き、彼女は思わず振り返って、窓を開けた。 「よう、待たせたな? アンジェ」 アリオスは木によじ登っており、甘い微笑を彼女に投げると、そのままバルコニーめがけて飛び降りた。 「アリオス!!」 彼が入ってくるなり、彼女は嬉しそうに彼の胸に飛び込んでくる。 「アンジェ・・」 その暖かさが嬉しくって、彼は思わず彼女を抱きしめる。 「有難う、約束守ってくれたんだ…」 「あたりまえだ。おまえとの"約束"は俺にとってはぜったいだからな?」 「…うん、有難う…」 彼女は、彼の広くて頼りになる胸に顔を埋めながら、彼の香りを一杯に吸い込む。 「おい…、いつまでそうしてるつもりだ? 俺の理性が持たねえだろ? ほら、行くぜ? おまえの親友とやらに見つからねえようにな・・・」 「うん」 アンジェリークはアリオスに導かれて、するすると木を降りる。 「おまえ、上手いな…。ひょっとして、前世はサルだったんじゃねえか…」 「もう、バカ!」 「いてっ!」 彼女は彼の足をぽんと叩き、憎まれ口の復讐をした。 「ったく、今がどういう状況かわかってんのかよ」 「あ、ごめんなさい・・・」 「誤るならやるなよ」 際限ない、犬も食わないようなバカップルぶりを発揮するふたりを、月は恥ずかしそうに見つめる。 「よし、降りれたな」 彼も彼女が下りたことを確認してから、木から飛び降りる。 「おい、行くぜ?」 「うん! アリオス!!」 二人はどちらからともなく手を取り合って、そのまま夜の街へと繰り出した。 --------------------------------------- 「うわあ!」 酒場に入るなり、アンジェリークは嬉しそうに声を上げた。 すでに演奏は始まっており、バグパイプなどの素朴な楽器が、心地いい音楽を奏でている。 それに乗せて、とても幸せに踊る人たち。 それだけで、 とても暖かい気持ちになる。 「ねえ、アリオス!! 私たちも踊りましょうよ!!」 強引に彼の手を取り、彼女は輪の中へと引っ張ってゆく。 「お、おい、俺は、連れて行くとはいったが…、一緒に踊るとは言ってねえぜ?」 アンジェリークの明るい強引さに、彼は戸惑いを隠せず、苦笑する。 ったく、この天使には適わねえな… 「ほら、アリオス〜!」 「しょーがねーな。一回だけだぞ?」 眉根を寄せながら仕方ないとばかりにアリオスは言う。 だが彼女を見つめる眼差しは優しくて、まんざらでもなさそうだ。 彼の言葉を聞いたと単為、少女の表情が一気に明るいそれへと変わる。 全く現金なものだと彼は思う。 「だからアリオス大好き!!」 「ったく…」 照れくささの入った笑みを彼は浮かべると彼だけの天使に今度は自分から手を差し伸べる。 「踊ってくださいますか? 天使殿?」 「喜んで!!」 二人はそのまま、踊りの円へと幸せそうに入っていった。 二人の踊る姿を見た誰もが、感嘆のため息をつく。 長身の端正な青年に腕をとられて、彼の前をまるで天使のような少女がくるくると舞わる。 「あんたたちは似合いのカップルだよ!」 「そうだな!!」 二人を囲むギャラリーがいつしか多くなり、口々に二人への賞賛の声を上げている。 「きゃっ!」 彼女はその声に木を取られたのか、突然バランスを崩した。 彼女の華奢な身体を、彼は難なく受け止める。 「おっと」 「ごめんなさい」 「ったく、おまえは危なっかしいやつだな?」 楽しげに甘く耳元で囁き、彼は彼女の華奢な腰をそっと引き寄せ、ダンスを続ける。 その姿に、またもやギャラリーから感嘆の声が漏れた。 「みんな見てるわね…。ちょっと、恥ずかしい…」 「いいぜ、見せ付けてやろうぜ?」 言って、彼はかのジョン頬に僅かに口付ける。 最初は一回だけと言ったアリオスであったが、彼女の気がすむまでずっと踊り続ける。 こんなに楽しく踊ったのは、初めてだ… 彼こそがこのシチュエーションに酔っていたのかもしれない。 ------------------------------------- 補佐官に見つからないようにと、アリオスは早めに切り上げて、彼女を館まで送り届ける。 それは何よりも切ないような気分に彼女はなる。 「アリオス…、有難う、今日は楽しかった…」 「俺もだ…」 夜道を一緒に歩いていた二人は、少し歩みを止め、互いに見詰め合う。 「アリオスと踊ったから、明日からまたがんばれる。だって、踊ることでいっぱい愛をもらったもん」 余りにもの彼女の可愛い言葉。 「サンキュ。おれは・・・、おまえに音楽なんて奏でてやることは出来ねえし、ましてや作ってやることも出来ねえ。 なのにおまえは俺の気持ちを館とってくれたんだな?」 「だって、アリオスのことは何でもわかるから…」 「アンジェ」 アリオスは包むように彼女を抱きしめる。 「また…、誘ってね?あなたのそばだったら、どこでもいいの」 「----俺もだ…。まだアルカディアで見ていない場所は一杯あるから、一緒に行こう…」 「うん…。約束ね」 「ああ。約束のキスだ…」 彼女は待ちわびるように目を閉じ、彼はそっと口付ける。 今度の約束は、必ず叶えられることは、二人は本能で感じていた。 |

