Birthday Present


 栗色の髪を上げて、アンジェリークは、上品なワンピースに袖を通し、少しぎこちなく微笑む。
 今日はお呼ばれで、おしゃれをしたものの、「子供ぽさ」は拭い切れない。
「やっと17になれたのにな・・・」
 大きな溜め息を吐いて、アンジェリークはがっくりと肩を落とした。

『17歳ってもう大人よね? 数字では割り切れない何かがあるわ』
『俺からみたら二十歳以下はしょんべん臭いガキだ。下らねえこと言ってねえで勉強しろっ!』

 昨日の会話が脳裏に蘇り、また溜め息をひとつ吐いてしまう。
「17になれば何か変わると思ってたのに、これじゃあ何一つ変わらない・・・」
 ほんの少し色付くリップを塗って、アンジェリークは、切ない溜め息をまた、ひとつ吐いた。
「アンジェ、時間よ!」
「はーいっ!」
 もの思いもそこで切れ、ぱたぱたと下に降りていく。
 忙しげに、少し大胆に。
「お待たせ!」
 笑って母親に言い、両親と共にパーティ会場へと向かった。




 今日は誕生日なのについてないな・・・。

 いつもならバースディパーティなのだが、今日は両親について、重要な取引先のパーティに出席しなければならなかった。
 主催はアルウ゛ィース財閥で、アンジェリークの幼なじみであるアリオスが総帥を務めている。
 大財閥の保護を受けて町工場をきりもりしているアンジェリークの両親にとって、行かなければならない重要なパーティなのだ。
 「アンジェリークも一緒に」というアリオスの半ば命令に近い言葉に、誕生日にも関わらず、出席しなければならなくなってしまった。
 招待状を入り口で渡し、アンジェリークはパーティ会場のバンケットルームへと入った。
 そこには、アンジェリークの好物ばかりが並べられていて、飲み物も彼女ごのみのものが多い。

 これってちょっと気を遣ってくれたのかな?

 そう思うと心が温かくなるのを感じた。
 毎年、誕生日の翌日は、アリオスがどこかに連れていってくれていた。
 それが今年に限って”お誘い”がなく、一抹の寂しさと切なさが禁じ得ないアンジェリークであった。

 パーティが始まり、総帥であるアリオスが壇上に立って挨拶を始める。
 シックな黒のタキシード姿の彼は、くらくらするほど素敵だ。

 やっぱり、素敵だな、アリオス・・・。
 私とは、もう住む世界が違うひとよね。なんだか、凄く寂しい・・・。
 今年は、誕生日のお誘いもなかったし、もう、私はいらないのかな・・・。

 パーティの華やかな雰囲気と裏腹に、アンジェリークの気分はどんどん沈んでいくのだった----

 アリオスの挨拶も終わり、後は、歓談に時間が割かれた。
 アリオスが、他の大人の女性と仲良さげに話しているのが恨めしくて、アンジェリークは料理を食べる。
 どれも不思議とアンジェリークの好みの味になっている。
「美味しい・・・」
 食べることで、彼女は気を紛らわせた。
「いたっ!」
 不意に身体のバランスを崩し、アンジェリークは足下を見た。
 ストッキングに血が滲み、アンジェリークは顔をしかめる。
「靴擦れ・・・」
 ふうっと溜め息を吐くと、彼女は料理を取るのを止めた。
 ただでさえ沈みがちの気分が、余計にブルーになった。
 両足から出血をしており、何とか痛みを堪えて椅子のある場所まで歩いていく。
「アンジェ、座れ」
 振り返ると、そこにはアリオスが椅子とスリッパを持って立っていた。
「アリオス・・・」
「その足じゃ痛いだろ? これに履き替えろ? 俺の控え室で手当てをしてやる」
「有り難う・・・」
 素直にアンジェリークは椅子に座り、靴を脱ごうとする。
「待て、俺がしてやる・・・」
「いいわ・・・。それぐらい自分で」
「いいから」
 アリオスは、さっと屈み込むと、アンジェリークの足を手にとり、靴を優しく脱がしていく。
「・・・んっ!」
 身体に痺れるような甘さが走り抜け、アンジェリークは思わず声を上げた。
「痛かったか?」
 少し笑みの含んだ声。彼は彼女が感じていると知っていて、わざと声を掛けるのだ。
「大丈夫・・・」
 彼は笑みで答えると、彼女の小さな足に、スリッパを履かせた。
「さて、これで歩けるだろ? 着いてこい」
「うん」
 アリオスに立ち上がらせてもらい、アンジェリークはよろよろと歩く。
 彼が歩幅を合わせてくれて、嬉しかった。

 少し歩くと、控え室に着き、そこに入るなり、アンジェリークは抱き上げられた。
「きゃっ」
「ガキなのに背伸びするからだぜ?」
「私は子供よ!」
 彼に言われて、アンジェリークは頬を大きく膨らませながら、足をぶらぶらとさせる。
「そこがガキなんだよ」
「きゃあっ!」
 ソファに突然座らされて、アンジェリークは大きな声を上げてしまう。
「手当てしてやるから、パンスト脱げよ」
「え!?」
 いきなりの言葉に、アンジェリークは真っ赤になって、目を大きく見開く。
「あ、あの…」
「んだよ。とっととやれ? 出来なかったら俺がやってやるぜ?」
 ニヤリと良くない笑顔を浮かべられて、アンジェリークは真っ赤になって首を何度も振った。
「…自分でやる…」
「だな?」
 アンジェリークは恥かしそうにワンピースの中に手を入れる。
「見ないでよ?」
「クッ、さあな」
 彼は目を両手で覆うふりをして、隙間から見ていた。

 綺麗な足だよな…。
 俺が美しいと思う、唯一の女になっちまったな…

「脱いだわ!」
 達成感のあるような声でアンジェリークが言うと、アリオスは一応覆っていた手を外す。
「オッケ」
 彼は横にある救急箱を手に持ち、再びアンジェリークの足元に跪いた。
 足をもち、彼女の靴擦れした箇所を丁寧に消毒し始める。
「んっ…」
「我慢しろ?」
「うん…」
 消毒液が染みて、アンジェリークは顔を顰める。
 その表情が可愛らしくて、彼は思わず微笑んでしまう。
 足を消毒してもらう行為は、とても淫らのような気がして、甘い痺れが身体を覆う。
 体の奥が熱くなるような感覚を、アンジェリークは感じた。
 それに流されないように、彼女は必死で踏ん張る。

 なんだか身体が熱い…。
 私ってヘンなのかな…

「ほら終わった」
 ぺちんと足を叩かれて、アンジェリークはほっと息を吐いた。
 息が詰まるような甘い感覚は、彼女には拷問に近い。
「有難う…」
「今日はそのスリッパ履いとけ。もう、無理してそんなハイヒールは履くんじゃねえぞ?」
「・・・うん…」

 この靴擦れは、私が”まだ子供”な表れ・・・

「子供なのかな…、私…」
 ぽつりと切なげに呟く。
 アリオスはフッと笑うと、アンジェリークの横に座った。
「17は大人だとおまえは言ったよな?」
 アンジェリークは首を振る。
「ううん…。私はまだ子供だわ…。その証拠がこの靴擦れだもん」
「----だが…」
 アリオスは言いかけて、アンジェリークを黄金と翡翠の眼差しで真摯に見つめた。
「心はおまえは”女”だ…。もう”少女”じゃねえ…。
 ----違うか?」
「-----アリオス…」
 心の全てを見透かしてしまうような眼差しに、アンジェリークは動くことは出来ない」
「どうして…」
 アリオスは甘やかな優しい微笑を彼女に向けると、立ち上がり、チェストに向かった。
「おまえ、今日17の誕生日だよな?
 プレゼントやるよ?」
「ホント!!! 嬉しい!!!」
 無邪気に笑って喜ぶ彼女が可愛らしくて、。アリオスは微笑んでしまう。
「ほら、これだ?」
「え!?」
 渡されたのはただのメモで、アンジェリークの頭の周りにクエスチョンマークが飛んだ。

 何だろ?

 メモを開け、そこに書かれてあったのは、アリオスのファミリーネームである”アルヴィース”であった。
「アリオス?」
 不思議そうに彼女が小首を傾げると、アリオスは優しげな眼差しをアンジェリークに向ける。
「おまえに、俺のファミリーネームをやるよ。
 返品は不可。死んでもでも保障だ」
 不可解だったメモ書きの謎がようやく解けたような気がする。
 アンジェリークは、ようやくそれがプロポーズだと判り、泣き笑いの表情をアリオスに向け、いたずらっぽく言う。
「有難う…。
 これが一番欲しかったの」
 次の瞬間には、アリオスにしっかりと抱きしめられていた。
「アリオス…」
「一生離さねえからな?
 おまえのご両親には、今日プロポーズすることを事前に言っておいた…」
「有難う、アリオス!
 最高に幸せだわ…」
「おまえは、ガキじゃねえよ…。
 立派な女だ。
 俺が保障する…」
「有難う・・・」
 二人の唇が甘く重ねられる。
 至福を感じながら、アンジェリークはアリオスの背中に回す手に力を入れた。

 最高のバースデイプレゼントを有難う…アリオス…
   
コメント

さくら様お誕生日おめでとうございます〜

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