「アンジェ?」 女王である彼女よりも少し遅れて、守護聖であるアリオスが、二人の私室に帰ってきた。 部屋に入ると、いつもはぱたぱたと着替えてから駆けてくる、愛しいアンジェリークの姿があるのに、今日に限ってはない。 二人が、アルカディアで再会し、新宇宙で暮らし始めて、補佐官であるレイチェルの計らいで、女王であるにもかかわらずアンジェリークは、アリオスよりも早く仕事から上がることになった。 アリオスの仕事の能力が、人並みはずれていることもあるのだが、アンジェリークが、彼の世話をしたいだろうという、レイチェルなりの判断であった。 今日はアンジェリークはいつもよりも早く仕事から解放されたにもかかわらず、迎えにもこない。 アリオスは、怪訝そうにしながら部屋の奥へと進む。 まだ正装である甲冑を身に着けたままである。 セキュリティは、二人の天才レイチェルとこの宇宙に請われて呼ばれたエルンストの天才コンビに加えて、アリオスの魔導が加わり完璧なはずである。 だからもしものことはないはずだ。 しかし、今まで、一度も欠かしたことがない、彼女のお出迎えがないのが、アリオスには気にかかる。 不意に、彼女のための空間であるキッチンから、可愛らしいが少し音の外れた楽しそうな声が聞こえている。 それに導かれるように、アリオスはキッチンに向った。 そこには、髪をポニーテールを揺らしながら、エプロンをしているアンジェリークが一生懸命何かを作っている。 その後姿を見ながら、アリオスは少し唇を綻ばせる。 「アンジェ…」 「きゃあっ!」 突然、耳元で囁いてやり、背後から抱きしめると、アンジェリークは驚いたのか甘い声を上げた。 「もう…アリオスったら・・・」 口調は怒ってはいても、彼女は楽しそうにクスクスと笑っている。 「ただいま、アンジェ」 「お帰りなさい、アリオス…ンッ」 そのまま唇を奪われて、“お帰りのキス”をされる。 深くて甘いキスをされた後、アンジェリークは恥ずかしくて俯いた。 「アリオス…」 「何を作ってたんだ?」 アリオスはアンジェリークを背後から抱きしめたまま、まな板の上にある、ケーキ型を覗き込む。 「“クリスマスプディング”」 「何だそれ?」 アリオスは、奇妙なものを見るように、型に収まっている“クリスマスプディング”を見つめる。 「私の故郷の宇宙ではね、クリスマスのお祝いに、ドライフルーツがたっぷり入ったケーキを焼くの。これはね、お酒でたっぷりつけたドライフルーツだとか砂糖を使うから、3ヶ月は持つのよ? みんなの幸せや健康を祈って一口だけ食べるの」 「無病息災ってやつか」 「まあそういううこと」 アンジェリークは、本当に楽しそうに、ケーキを作っている。 心を込めて作っているケーキを、アリオスは食べるのが待ち遠しく思える。 「あ、アリオス、あなたが食べられるように、ちゃんと、お酒は多めにしたからね? 大丈夫だと思うんだけど…」 その心遣いが嬉しくて、アリオスはさらに強く抱きしめて、耳元に唇を寄せた。 「おまえの作ったものなら何でも上手いぜ?」 「アリオスッたら…」 真っ赤になりながら、アンジェリークは嬉しそうに笑う。 「さてと出来た! 後はオーブンに入れるだけ」 「持っていってやるよ? オーブンに入れたら良いんだろ?」 「うん! ガスオーブンだしきっと美味しく焼けるわ!」 「おまえ、ガス屋のまわしもんか?」 ふっと笑いかける彼女が、また可愛い。 オーブンまでプディングを持っていくと、そこにはもう一つ入れてあった。 「これは?」 「あ、レイチェルのとこの」 「だから今日はいつもより早かったのか?」 「そういううこと!」 「なるほど」 妙に納得してしまう、アリオスである。 「さてと、後はクリスマスまでのお楽しみ! ディナーも頑張っちゃうからね?」 「ああ、期待してるぜ?」 彼女を抱き寄せると、アリオスは頬にキスを送った。 「さてと、後は、今夜のごはんね? ビーフシチューよ? 着替えてきてね?」 「ああ」 アリオスはやれやれとばかりに、マントを外しながら、寝室へと向う。 「あ、アリオス?」 「何だ?」 引き止められて、アリオスは振り返る。 「明日ね、宮殿の裏の森でモミの木切りに行こうね? お休みだから一緒にかざりましょう!」 「判った」 アリオスはふっと微笑むと、寝室に向う。 天使と過ごすロマンティックで温かなクリスマスを思い浮かべて、アリオスは笑みが零れてくる。 これからは、クリスマスは“楽しみな行事”になりそうだな… |