「スタジアムって初めてだから、何だか嬉しいな?」
「楽しいからな?」
スタジアムの関係者駐車場に車を停めて、ふたりはしっかりと手を絡み合わせ、スタジアムの中に入っていった。
熱狂な応援で知られる”アルカディアタイガース”の試合を今日は見にきている。
「特別ボックス席もいいが、やっぱり”アルカディア・タイガース”の試合は、ライトスタンドで観るのが最高だからな?」
「うん! 楽しみ〜!」
期待でいっぱいというような笑顔を向けてくるアンジェリークが、とても愛らしくて、アリオスは繋ぐ手をさらに強く握りしめた。
「やっぱり球場に来ると、焼き鳥とカレーは食っておかねえとな」
「美味しいの?」
「名物だからな」
通路側の売店で、お茶とビール、焼き鳥とカレーを買った後、ふたりは外野指定席に向かう。
試合までまだまだだが、かなりの人々が入ってきており、応援団は鳴り物の準備などをしている。
席に座ると、グランドの芝が美しく輝いている。
やはり、天然なだけある。
「綺麗ね、芝」
「だろ? やっぱり生で見ねえとな」
ふたりはゆったりと座り、試合開始までの雰囲気を楽しむ。
その合間に、買ってきた食べものを味わった。
「美味しい〜!」
「名物だからな。外だから余計に美味いかもな」
一生懸命食する彼女を、愛しげに見つめる。
「ほら、カレーが付いてるぜ?」
「あっ・・・」
アリオスに指で唇を拭われて、アンジェリークは恥ずかしそうに上目遣いでアリオスを捉えた。
「そんな目をするな? したくなるだろ?」
ストレートなアリオスの言葉に、アンジェリークはさらに耳朶まで赤く染め上げる。
「もう・・・」
「今夜もお泊まりだな? アンジェ」
「二週間よ・・・、今日で」
アンジェリークは、二週間前にアリオスの家に泊まったのだが、それから毎晩引き止められて、もう半月近くもアリオスの家にいる。
公認の仲なので、両親に咎められることはないのだが。
「このまま同棲しちまおうぜ? おまえが可愛いから、もう帰したくねえしな」
甘い告白をスタジアムで聞こうとは思わなかった。
同意の証しにそっとアンジェリークは頷いた。
先発メンバーが発表され、アリオスはそれを食い入るように見ている。
少年のような眼差しの彼に、アンジェリークは更に彼を愛していることを確認してしまう
アリオスの全てが好き・・・。
どこが好きだと細かいところを言うと、キリがないぐらいに・・・。
「アンジェ、メガホン用意しろ。応援しようぜ」
「うん!」
アンジェリークは二本の色違いのメガホンを出して、アリオスにどうするのとばかりに頭を捻った。
「これを叩くんだ。応援マーチに合わせてな」
「うん」
「周りを見ていれば、その感じが判るはずだ」
頷いて気構えていると、黄色いジャージを着た男が椅子の上に立ち、横にいる男が「レッツゴー」と書いた紙をこちらに向かって見せる。
「この掛け声に合わせてメガホンを叩く」
アンジェリークは見よう見まねで、一生懸命叩き始めた。
メガホンを叩くのは意外とストレス解消になり、楽しい。
「アリオス楽しい!!」
「だろ? スタジアムは最高だぜ」
選手それぞれに楽しげな応援マーチがあり、まだ作られていない選手には、スタンダードな曲に、選手の名前と「アイヤ」という掛け声が入ったものになる。
応援が楽しくてストレスがどこかに飛んでいくような気がする。
アンジェリークはすっかり夢中になっていた。
「相手の攻撃だ。今のうちに残りの焼き鳥食うぞ」
「うん」
アリオスに焼き鳥を渡されて、彼女は美味しそうに頬張る。
その表情がまた可愛らしくて、アリオスを魅了してした。
「最初は野球だなんてって思ってたけど、凄く楽しいし美味しい〜」
「おまえの料理には負けるけどな」
「もう・・・」
焼き鳥の串をもったまま恥ずかしそうに俯く彼女を、アリオスは喉を鳴らして笑う。
「だって・・・」
恥ずかしそうに顔を上げた彼女の口は、焼き鳥のタレでべとべとになっている。
「ったくガキみてえだよな、口の周り」
「えっ!?」
気がついた時には、唇を奪われていた。
焼き鳥のタレを綺麗に拭うように唇を奪われて、アンジェリークはアリオスにされるがままだった。
「綺麗になったぜ?」
「有り難う・・・」
もちろん見えないように、アリオスは上手くキスをしてくれたが、それでも恥ずかしさは拭いきれない。
「誰も見てねえよ? 試合に夢中だからな?」
「もう・・・」
恥ずかしくて堪らなくて、しばらくはアリオスの顔をまともに見ることができなかった。
試合は、しばらくは膠着状態が続いたが、それを破ったのは、応援チームのホームランだった。
「こっちくるぞ!」
「うん!!!」
アリオスはボールを捕まえられればと思っていたが、アンジェリークは、こちらにとんでくると少し怖いような気がして、びくびくしている。
「デカイな! 来たぜ!?」
「きゃあっ!」
アンジェリークは、自分の視界にボールが入って来るのを感じ、思わず目を閉じた。
いやっ!
次の瞬間、アリオスの手の影を感じたかと思うと、周りではどよめきが起こる。
それに導かれて恐る恐る目を開けると、アリオスがボールを片手でキャッチしていた。
「大丈夫か? アンジェ」
「アリオス…」
ボールがキャッチできたことよりも、アンジェリークをボールから守れた事のほうが大きい。
周りが見ているにもかかわらず、怖がる彼女を慰めるように、彼はぎゅっと抱きしめてやる。
「あ、アリオス大丈夫だから…」
彼が守るように抱きしめてくれるのは嬉しい。
だが、周りの視線が恥かしくて堪らない。
「そうか?」
「うん…」
アリオスは微笑むと、アンジェリークからそっと身体を外した。
五回が終了し、オーロラヴィジョンの画面がスコアボードから客席に変わる。
「今日のBEST COUPLE!!!」
アナウンスされた瞬間、二人はギョッとした。
オーロラヴィジョンにハートの縁取りがされ、二人の姿が映し出されたのだ。
チャーリーのやつ〜!!!
『今日のBEST COUPLEは、とっても仲の良いこのおふたりに決定です〜!!』
球団のオーナーで、今日のチケットと駐車場を確保してくれた、アリオスの友人の仕業だと気づき、アリオスはすこしだけむっとしてしまう。
『とっても仲の良いお二人にどうか拍手を送ってあげてください〜!!!』
スタンド中からメガホンの拍手が鳴り、ふたりとも照れくさくなってしまった。
「アンジェ…」
「え!?」
次の瞬間には、アンジェリークはアリオスに唇を奪われていた。
それがバックスクリーンに大きく映し出され、スタジアムが沸きかえる。
ハートの枠のしたには、”いつまでもお幸せに”とメッセージが入り、スタジアムにいたもの全員が、大きなメガホンの拍手を送った-----
「もう・・・やだ・・・・」
本当に恥かしいとばかりにアンジェリークは顔を両手で隠して、いやいやと幼子のように首を振る。
「アンジェ」
アリオスは苦笑いをすると、アンジェリークに優しく囁きかけた。
「俺たちが人前でキスをするのは、今日と…
-----結婚式の時だけだ」
何よりも甘い言葉に、アンジェリークは顔から手を離すと、最高の笑顔でアリオスに応えた----- |
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