「これでよし・・・っと」
アンジェリークは、村の初老の女性に頼まれた手紙を無事にポストに投函すると、満足げに微笑んだ。
「じゃ、帰るぜ」
一緒に着いてきたアリオスは、さも面倒臭そうに云うと、一人すたすたと歩き始める。
「ちょっと〜、待ってよ〜、アリオス!」
アンジェリークは、慌てて彼に向かって駆け出し、彼の腕に手を伸ばす。
「追いついた!」
アンジェリ−クは、ふふっと笑いながらアリオスの腕に自分の腕を絡める。歓喜が体から零れ落ちる。
「----チッ、しょうがねーな」
アリオスは、言葉とは裏腹に、愛しそうに目を細めながらアンジェリークを見つめた。
「・・・だって、皆さんの前ではこんなこと・・・、出来ないでしょう?」
アンジェリークは、頬をわずかに赤らめさせ俯きながら、云う。
「クッ、たしかにそうだ」
アリオスは、口角を僅かに上げ、皮肉げに笑う。彼独特の笑い方。アンジェリークの大好きな微笑だ。
「・・・ね、アリオス?」
アンジェリークは、上目使いにアリオスを見上げると、子供がおねだりをするような視線を彼に送った。
「何だ?」
「手・・・、繋ぎたい。腕を組むよりこっちの方が好きだから・・・」
アリオスは深い笑みを僅かに浮かべると、、絡めていた腕を優しく抜き取り、アンジェリークに差し出す。
「ほら、トロトロすんな」
「アリオス! だから大好き」
アンジェリークは、アリオスの大きな手に自分の手を絡めて、しっかりと握り締めた。
アリオスの手もそれに合わせて力がこめられる。
「私ね・・・、手を繋ぐ方が好きなのは、大好きな人の体温をじかに感じることが出来るから・・・」
アンジェリークは、愛しい人の横顔に無垢な視線を向ける。
愛と信頼を帯びた光は、アリオスを切なさで息苦しくさせる。
アンジェリーク・・・。俺は、いつかおまえを裏切らなければならない・・・。
穢れきった俺は、おまえからそんな瞳で見てもらえる資格などない・・・。
なのに・・・、俺は・・・。
傷つけると判っているのに、おまえへの想いが止まらない・・・。
いつか別れのときが来ると判っているのに、おまえを離せない・・・、離したくない・・・。
俺は・・・、卑怯者だ・・・。
アリオスは、唇を血が滲むほど噛み締め、アンジェリークに絡める手に力をこめる。
「アリオス・・・、痛い・・・」
アンジェリークの消え入りそうな声に、アリオスは慌てて力を緩めた。
「わりい、力入れすぎたか? 痛くないか?」
アリオスはそう云って、アンジェリークの手を取ると、そこに唇を寄せる。
労るように優しく。想いを封じ込めるように深く。
「大丈夫だから・・・、アリオス。ね?」
アンジェリークの消えてしまいそうでいて、強さを持った優しさが溢れる声が、彼に降りてくる。
アリオスは、それに導かれるように、刹那、瞳を閉じた。
アンジェリーク、俺は、いつかおまえを殺さなければならない・・・。
だが・・・、今の俺にはそれが出来るのだろうか・・・?
愛しくて、愛しくて、魂の底から本当に愛しくて、堪らなくて・・・。
そんなおまえを、俺は裏切ってしまっている・・・。
アリオスは、ゆっくり瞳を開くと、深く、切なげな笑顔をアンジェリークに浮かべた。
「せっかく二人っきりになれたんだ、ゆっくり、寄り道して帰らねえか?」
アンジェリークは、向日葵のような明るい笑みを顔中に浮かべた。
いつか来る別れに備えて、たとえ1分でも1秒でもおまえのそばにいたい。
おまえの表情を一瞬たりとも見逃さないように、1秒たりともおろそかには出来ない。
伝えよう・・・。
たとえ、刹那の視線であろうとも、俺の想いの丈を・・・。
二人は、村へと続く森を、わざと大周りで歩いていた。
秋を迎え、黄金色に染まった木々の間を縫って、寄り添ってゆく。
二人を迎える道は、黄金の枯葉の絨毯に敷き詰められている。
「うわ! 凄いわこの森!! 道全体が黄金のベッドみたい〜!!! ね、ここで昼寝しよう!!!」
アンジェリークは、感嘆の声を上げると、嬉しそうに、無邪気にアリオスを見上げる。
「----クッ、ここで寝るって、おまえ、見かけによらず大胆だな」
アリオスは、アンジェリークの瞳をいたずらっぽく見つめ、微笑む。
「----へっ・・・?」
アンジェリークは、きょとんとした後に、恥ずかしさを顔の全面に浮かべた。
「もう!!! アリオスのバカ! ・・・そんな意味でいったんじゃないもん・・・」
アンジェリークは、最初こそ勢いがよかったが、徐々に恥ずかしさがこみ上げてきて、トーンダウンする。
彼女は、すねてしまって、アリオスに背中を向ける。・・・しかし、手はつながれたままだが・・・。
そんな、アンジェリークが、可愛くて、愛しくて、アリオスはついつい苛めてしまう。
「判った、寝ます、寝させていただきます、お姫様」
二人は、手を繋いだまま、枯葉の上に寝転び、一緒に木々の隙間から見える,澄んだ透明な空を眺めていた。
「ねぇ、手紙ちゃんと届くかな?」
「郵便屋がサボらなきゃな」
「また、そんなことを言う!」
アンジェリークは頬をパンパンに膨らましてむくれるが、その目は笑っている。
「手紙っていいわね。だってその人の想いがいっぱい詰まってて、開けるとそれごと伝わるかんじがして。私、手紙を書くのも読むのも大好き!!!」
アンジェリークは、無邪気に云ったが、アリオスは内心複雑だった。
手紙か・・・。
書いた者の想いを伝えるのは、その通りだろう・・・。
だが・・・、伝えられるのは、決して幸せのものばかりじゃない・・・。
・・・エリスも・・・。
「----今日みたいな、幸せな手紙ならいいが・・・」
アリオスは、視線を宙に彷徨わせながら、深い哀しみが漂う低い声で言う。
「アリオス・・・」
彼の表情が余りにも寂しすぎて、アンジェリークは、繋いでいる手に力をこめる。
「----もし・・・、、愛する者が、自分を助けるために死に赴く前にしたためた手紙だったら?」
「アリオス・・・!」
アンジェリークは、胸の奥から搾り出すような声で呟き、いきなり、隣のアリオスに抱きついた。
「アンジェリーク!」
「いや、いや!そんなの絶対いやだ!!」
アンジェリークは、アリオスの胸に顔を埋め、何度も首を横に振りながら、泣き始めた。
アリオスは、天使をその胸に強く抱きしめて、宥める。
「----おい、泣くな。ヘンなこと言って悪かった」
「----ううん、大丈夫・・・。でもそれって哀しすぎる! 愛する人のために自らの命を絶つなんて! 残された人が不幸になる」
「もういいから、アンジェリーク」
アリオスは、優しく彼女の背中を叩く。
エリスのことを自分のことのように思って泣いてくれるこの小さな少女が愛しい。
「----私だったら、絶対そんなことはしない! 私は、愛する人のために死のうなんて思わない。愛する人のために生きていたい!」
・・・ドクン。
アリオスは、心臓が大きな音を立てて打つのを感じる。
「私は、アリオスの為に生きていたい・・・!!!」
その瞬間、アリオスは、心の氷が総て溶ける思いがした。
どうしても欲しかった一言・・・。
エリスは、決してくれなかったが、目の前にいる、この小さな天使は、いとも簡単にくれる。
おまえに・・・、完敗だ・・・。
おまえを魂の底から愛している理由が、ようやくわかった・・・。
だけど・・・、もう遅すぎる・・・。
一度踊り始めれば、もう、取り返しがつかない・・・。
「----アンジェリーク!」
アリオスは、このぬくもりを忘れないように、腕の中の記憶にとどめるように、アンジェリークをしっかりと抱きしめる。
アンジェリークは、彼の胸の中に顔を埋め、力強く抱き返す。
「愛してる・・・、誰よりも・・・、おまえだけを・・・」
「愛してる、アリオス・・・」
日が傾き始めても、刹那の恋人たちは、枯葉のベッドに包まれ、互いのぬくもりを確かめていた。
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コメント
「聖なる郵便屋」のイベントのこじつけ創作。私ってば、反省の色なしの、連続へぼいSIDEです。
どなたかtinkに教育的指導をしてください。
今回のテーマは、エリスは、「愛する人のためなら死ねる」的考えの持ち主で、
アンジェリークは「愛する人の為に生きたい」的考えの持ち主と思い創作しました。
midiは古い賛美歌