「ほら出来たぜ?」 「うん・・・」 鏡に写る自分が、一番自分らしいのは判ってはいるが、どこか物足りない気がする。 いつものように、サロンが閉店後、著名な美容師である恋人にヘアカットをしてもらったのだが、何故か心が沈んでしまう。 浮かない表情をするアンジェリークに、アリオスは怪訝そうに眉根を寄せた。 「どうした? 気分でも悪いのか?」 艶やかな栗色の髪を揺らしながら、首を横に振る。 「なんだよ、黙ってちゃ判らねえだろ!?」 いつものように、半分癇癪を起こしつつある恋人に、アンジェリークは小さな声で言う。 「・・・して・・・」 「何?」 「もっと大人っぽくして・・・」 「おまえは十分可愛い。そのままでいいじゃねえか」 彼はますます不機嫌になり、苛立たしげに煙草を口に銜えた。 「それは恋人の欲目だわ! だって・・・、アリオスは、私以外の女性はいつも大人っぽくしてるのに・・・」 華奢な体を小さくして卑屈になっている彼女に、アリオスはさらに言いようのない怒りが込み上げる。 「いつも言ってるじゃねえか! 卑屈になるなって!! おまえ、本当に怒るぞ!!」 華奢な肩を掴んで、アリオスは自分に向き直させ)た。 「って・・・!」 いきなり、近くにあったファッション雑誌を彼に投げ付けると、彼女はそのスキに、腕から逃れる。 「アリオスのバカ!!! 綺麗にするのはいつも違う女性ばっかりで、私なんて適当なんでしょ! この雑誌に載っている彼女も、私なんかとは比べ物にならないくらい綺麗にして! ものにした女なんて、もう興味なんかないんでしょう!!」 「おまえ・・・!」 その手を掴もうとして、彼は彼女に交わされてしまう。 「もう大嫌い!!」 泣きながらサロンを飛び出していくアンジェリークを、アリオスはすぐに追いかけて行く。 「アンジェ!!!」 目の前の車道にアンジェリークが飛び出していくのが見える。 その時。 彼女の目前に車が迫っていた---- 「アンジェ!!!!!」 はっとしてアンジェリークは自分が車に牽かれる寸前であることに気がつく。 だが恐怖心が先行して動けなかった。 アリオスは魂からの叫びを上げると、一瞬で、アンジェリークを抱いて、歩道へと連れて行く。 刹那、車は二人の鼻先を何事もなかったかのように過ぎ去っていった---- アンジェリークは一瞬何が起こったか判らなかった。 ただからだが震えて恐怖心が先行する。 「アリオス…」 「バカ!!!」 そのまま彼はアンジェリークは、息が出来ないほど抱きすくめると、彼女の温もりを確かめるかのように 口付けをした。 「アリオス・…、アリオス…」 唇を離された途端、アンジェリークはしっかりと彼の首に腕を絡める。 「ここじゃなんだ、店の中に入ろう」 「ん…」 アリオスは、アンジェリークを落ち着かせるために、サロンの奥の控え室に連れて行き、そこで椅子に腰掛けさせると、再びしっかりと抱きしめてやった。 「ごめんね…、ごめんなさい…」 「もういい」 しっかりとアリオスは抱きしめて、彼女の温かさを感じる。 「…おまえに何かあったらどうしようかと思った…」 「アリオス」 苦しげな彼の言葉に、アンジェリークもまた涙でその想いを伝えた。 「心臓が止まるかと思った。 お前がいないと俺は生きていけねえから…」 「アリオス!!!」 あまりにもの情熱的な告白に涙が出そうになる。 彼につりあいたくて、雑誌のモデルに嫉妬をしてしまった自分が、余りにも情けないように思えてくる。 「…アリオス、いつも綺麗な女性と仕事しているから、私…、不安になって…」 「バカ・・・」 素直に自分のことを言う彼女がたまらなく可愛い。 愛しくてたまらなくて、アリオスはその華奢な身体をさらに抱きしめる。 「おまえはいつでも俺の中では一番綺麗な女だ…。 おまえを化粧をすれば、一番魅力的になるのは判っているから、誰にも曝したくねえんだよ」 「アリオス・…」 軽いキスを何度も重ねて、二人は愛情をしっかりと確かめ合う。 「こんやおまえを家に送るつもりだったが、予定変更だ。おまえは俺のマンションに連れて帰る。いいな?」 「うん・…」 アンジェリークははにかむように同意すると、再び彼の身体に腕を回す。 二人は何度もキスをしたあと手早く店を片付けて続きをした…らしい。 |