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Piano Lesson


 アリオスに初めて、彼の出演するジャズコンサートに招待され、はその準備に余念がない。
 お気に入りのワンピースを着て、栗色の髪を愛らしく結い上げる。
 化粧も、この間ほど念入りではないが、薄く、らしくしてみる。

 アリオス…。
 喜んでくれるかな?

 何度も鏡の前でターンまでして、は準備を念入りにした。
 大好きなアリオス-----
 ついこの間彼のものになったは、少しばかり頬を染めながら、準備に一生懸命頑張った。
 今夜もコンサートのあと、打ち上げに参加させてもらうことになっている。
 そのあとは、アリオスの家でおとまりするのだ。
 両親が公認の相手の上、アリオスはきちんとと交際すると、両親に挨拶をしてくれた。
 元々、の母とアリオスの母は友人同士で、こっそりと「ふたりが結婚すること」を夢見ていたのだから、これには大賛成だった。
 遠足の前日の子供のように、昨日は興奮しながら荷造りをした。
 コンパクトにまとめられて、彼女は満足だ。
 アリオスの家に殆どものをおいているので、あまり鞄に入れるものもないからだが。
「さてと、いってきます〜!!」
 荷物を持って、うきうきとはコンサート会場に、電車で乗り込んだ------


 やはり人気コンサートということで、会場は熱気で溢れかえっている。
 ジャズコンサートということで年齢層は、よりも少し高めだが、どの顔を見ても興奮し、きらきらと目を輝かせている。
 もちろん、オシャレに余念のないものたちも少なくはない。
「きゃ〜!! このモノクロのアリオス凄くカッコよくない?」
「思う、思う!!」
 アリオス-------
 その名前には過剰反応して、ピクリと聞き耳を立てる。
 やはり恋人のこととなると、とても気になってしまうである。
「やっぱり今日はアリオスのピアノを楽しみにしてる人多いよね〜」
「うん、絶対!! だって、ぎりぎりまでアリオスが出ること発表されなかったでしょ? このキャパじゃアリオスだとパニックになっちゃうもんね〜。公演三日前に発表なんてねえ〜」
 そうなんだ------
 は前々からこの日を開けておけといわれていたので判っていたが、このようなことになっているとは、正直知らなかった。

 アリオス人気あるんだ・・・。

 恋人がこんなに熱く語られているのを聞くと、は少し照れくさい。
 だがどこか寂しさも禁じえなかった。

 アリオスが公演のパンフレットに載っているとのことだったので、はロビーに行って、早速買い求めた。
 全編モノクロームのそれは、今日出演するミュージシャンを綺麗に写している。
「アリオス、アリオス…あった・・・」
 アリオスの写真は、ピアノを弾きながら、煙草を咥えているものだった。
 今日のメインではないのでその見開きの1ページだけだが、ゲストのわりには破格の扱いになっている。
 白いシャツを着崩しているのが、いかにもアリオスらしい。
「やっぱりカッコいいな・・・。惚れ直しちゃいそう…」
 は開演までの間、ただただアリオスの写真だけを見つめ、幸せに酔いしれていた------


 灯が落とされ、雰囲気の良い照明がともされる。
 今日のライブのコンセプトは、”場末のジャズバー”だ。
 今日のアリオスはあくまでバックバンドの一員。
 照明は余り当たらないが、それでもには一番輝いて見える。

 やっぱり、好き・・・。

 ジャズナンバーはお馴染みのものが多い。
『私を月まで連れてって』『帰ってくれれば嬉しいわ』『サマータイム』などのスタンダードが曲目に並ぶ。
 ヴォーカルの女性の力量も大したものだが、は、やはり、アリオスの並外れたピアニストとしての力量に酔いしれてしまう。
 サックスなどの音にまぎれていても、ちゃんとアリオスの奏でるピアノの音だけは聞き分けていた。
 ただ彼だけを見つめる-------
 はじっとスポットライトの影で輝くアリオスを、目を離さずに見つめていた------


 ライブが終わると、は、アリオスに言われたとおりに、アンコールの前に、バックステージパスを使って彼のもとに向かった。
 ちゃんと彼の好きなアルコールを片手に、笑顔と一緒に恋人を労う。
「アリオス…!!」
、来たな?」
 とても魅力的な笑顔を浮かべると、アリオスはを迎える。
 煙草を片手にリラックスした雰囲気の彼は、とてもステキだった。
 彼女は恋人が余りにもステキだったので、思わず見惚れてしまう。
「あら、彼女は?」
 先ほどまで艶やかに歌を歌っていた、ディーヴァ、ケイトが笑いながらやってくる。
「俺の女」
 余りにもアリオスがストレートに言うものだから、は真っ赤になってしまう。
「そう…。こんばんは、打ち上げ楽しんでいってね?」
「有難うございます」
 は笑顔で挨拶したものの、ケイトの鋭い視線が気にかかる。

 あの人もひょっとしてアリオスのことが・・・

 恋する女の勘と言うのは、当たってしまうものなのである-------


 打ち上げ場所のレストランは、貸しきり状態になっていた。
 スタッフたちが楽しそうにおしゃべりに花を咲かしている。
 もその中に入ろうとするものの、中々入れないでいた。
 その上ケイトがアリオスを離そうとしない------
 にとっては最悪な打ち上げと言っても過言ではなかった。
 アリオスが何度もを見るが、ケイトが頑として離そうとしない。
 時折、勝ち誇ったようにを見ることすらある。
 彼も大人のせいか、ある程度は気を使っているようだ。
 だが------

 お願い、お願いだからアリオス,早くその女性と離れて・・・!!
 御願い・・・!!

 は何度も祈るような気持ちになったが、それが中々受け入れられない。
 心が重くなって泣きそうになる。

 ここにいたくない…

 は堪らなくなって、出て行ってしまう。
 とぼとぼと歩いていると、夜遅いせいかヘンな男に絡まれた。
「なあ、これから遊ばないか?」
「あ、あの…わたしっ!」
 逃げようとして、は手を捕まれる。
「…!!!!」
 そのときだった。
 急に男の手が離れる。
「-------汚い手はどけるんだな…」
 聴きなれた声。
 だが、今までで一番恐ろしい声だった。
 恐る恐る見てみると、そこには------
「アリオスっ!!」
 彼の表情は今までガ見た中でも、最も恐ろしい部類に入るものだった。
 こわいと言っても過言ではない。
「あ、何だ、お兄さんの連れ立ったんっすか・・・、す、すみませんっ!!」
 男は、アリオスの恐ろしい形相に恐れをなしたのか、彼が手を離すなり逃げていってしまう------
 その様子をは呆然と見ていた。
「アリオス…」
 彼を見つめると、強張った表情がそのままになっている。
…」

 怒られる…!!

「すまなかった」
 彼はぎゅっとを抱き締めると、そのまま腕に力を込める。

 息が出来ない…

 力強く抱きすくめられて、は喘いだ。
 彼の体の熱から気持ちが伝わる。
 もう何も聞かなくても良かった。
 それで充分だと、は思う。
「帰るぞ…。
 家に帰ったらおまえの身体消毒してやる・・・」
「あ、あの、ケイトさんは…?」
「おまえのほうが大事に決まってんだろ?」
 嬉しかった。
 恋人はちゃんと欲しい言葉をくれる。
「直ぐに帰るぞ? タクシーを待たせてる」
「うん…」
 二人はしっかりと手を繋ぐと、タクシーに向かった。

「さっきのアリオスさんすごかったですねえ」
「そうね」
 ケイトはくすりと深い微笑を浮かべながら、琥珀色の液体に視線を落とす。

 アリオス…。
 あなたの拒絶ちゃんと受け取ったわ・・・。
 ”悪いが・・・、これ以上は勘弁しろ。あんたは、俺の女じゃねえ。
 俺の女はあいつだけだ”
 そう言って席を立ったときのあなたは、本当に彼女を愛しているのが直ぐに判った。
 お幸せに、アリオス・・・


コメント

アリ×アンドリーム小説です。
このシリーズの話し自体、凄く、書きやすくって、好きです。

モドル