Piano Lesson


 ようやくキスはしたけれど・・・。
 私たちはそれから一進一退。
 アリオスは”私の想い受け止めてくれる”って言ってくれたけど、あれ以上の言葉は何もくれない。
 いつもと同じ日常。
 特に変化はなく、週末にピアノを教えてくれるだけで、それ以上のものはくれない。
 アリオスらしいと言えばそうだけど、ちょっと不満かな・・・?

 いつものようにピアノの前に座る。
 教則本を片手ににらめっこ。
「今日でこの曲は終了だ。しっかりとやれ」
「うん」
 返事をした後に、はアリオスの顔を見上げる。
「ピアノ弾いて、アリオス」
「はあ?」
 アリオスはわざと顔をしかめると、に顔を近付けた。
 整った横顔が近付いて来たものだから、この間のキスを思い出して、は真っ赤になった。
「イヤだ」
 思い切り無味乾燥した声で言われ、途端には口を尖らせる。
「どうしてよ〜!」
「聴きたかったら、CDを家で聴くか、ライウ゛でな?」
「う〜!」
 拗ねるが本当に可愛らしくて、アリオスは思わず笑ってしまった。
「ほら、これが終わったらメシ作るんだからな? レッスンは早めに済ませるぜ」
「判ってるけど、聴きたいのっ!」
「今日は、おまえの好きな常夜鍋だぜ?」
 温かな野菜たっぷり鍋。
 想像しただけでも、おなかが鳴りそうだ。
「やるわよ・・・」
「当然」
 言葉が元気のなくなったは、仕方ないとばかりに溜め息を吐く。
 その上、恨めしそうにアリオスを見れば、彼は煙草を口に銜えて、平然としている。
「・・・アリオスのピアノ、生で聴きたかったな・・・?」
 ぽそりと、は囁くと、アリオスをもう一度だけ上目遣いで見つめた。
 そのきらきらと輝いた縋るような瞳が、アリオスの心に深く届く。
「「・・・」」
 お互いに無言で見つめあう。こうなってしまうと、結局、アリオスが負ける。
「しょうがねえ・・・。椅子から下りろ」
 一瞬だけ、大きな目をくりっとさせて、は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
 憎たらしいのに可愛いく感じているのは、惚れた弱み。
 アリオスは椅子を座り、突然、の手を掴んだ。
「きゃっ!!」
 力づくで膝の上に乗せられて、はびっくりとして口をぱくぱくと空けて、金魚のようにしている。
「俺が弾いて、おまえも弾く。これで時間短縮出来るぜ」
「アリオスっ・・・」
 手を握られて、は真っ赤になってしまう。
「連弾するぜ、
「・・・うん」
 鍵盤にアリオスの指が滑り落ち、繊細な音が奏でられる。
 慌てて、も弾き始めた。
 聞き惚れていたら、怒られてしまうから、一生懸命弾く。同じメロディを二人で弾く。
 こんなに素敵な共同作業はないと思う。
 は、アリオスのメロディを損なわないように、一音、一音を大切に弾いた。
 指が触れそうで触れない距離が、とてもなまめかしく思える。
 完全に弾き終えると、は大きな息をひとつ吐いた。
「よく頑張ったな? 今までで一番よかった」
「ありがと」
 背後からぎゅっと抱き締められて、はからだの奥が疼くのを感じた。
「ご褒美は何がいい?」
「ご褒美はキスがいい・・・」
 恥ずかしそうには俯いて話すと、アリオスは更に抱き締めてくる。
「オッケ」
 アリオスは僅かに笑うと、顔を近付けてくる。
「アリオス」
 直前まで顔を近付けると、がその名前を呼んだ。
「何だ?」
「好きよ、私、アリオスのこと・・・。大好き」
 真剣に思い詰めたように、は見つめる。
「何だよ?」
「アリオスは私が好き? 好きだからキスしてくれるんでしょ?」
 が本当に気にしているのが判る。
 アリオスはふっと笑うと、の柔らかな頬を持ち上げた。
「好きって言うよりな、俺はおまえに惚れてるんだよ」
 憎らしいほどの笑顔の後に下りてくるキスは、とても甘い。
「んんっ・・・」
 何度か甘いキスを繰り返した後、「ご褒美」だと言って、更に深いキスをくれた。
 強くそして深く包みこむようなキス。
 キスだけで、甘い世界に連れていってくれた。
「アリオス・・・」
 唇が放された後も、アリオスの膝の上から、はしばらく動けなかった。
「鍋、一緒に作って食おうぜ?」
「うん・・・」

 キッチンに連れていかれ、アリオスの手伝いをする。
「豚肉を切ってくれ」
「うん!」
 いつものように、アリオスのお手伝い。
 彼はキッチンの達人だから、それに従う。
 嬉しくて少し恥ずかしい。
 アリオスのお嫁さんになるまでには、せめて彼に何も指示を受けないですむようになりたい。
 それはのささやかな願いだった。
アリオスがすりばちで、ごまと味噌をすって、本格的な下拵えをしている頃、は具材を切るのに奮闘していた。
 本格的なだし汁の良いにおいに、はますますおなかを空かせるのであった。

 今回は、もかなり手伝ったが、仕上げはやはりアリオス。
 その間、はテーブルのセッティングをした。
 彼は常夜鍋を完成させると、テーブルにあるカセットコンロの上に鍋を置く。
 食欲をそそる匂いに、は待てそうにない。
「ほら、うまいぜ?」
 皿を貰うなり、は出来立てのあつあつを食した。
「おいし〜!」
「だろ?」
 コクコクと頷きながら、は夢中になって食べる。
 味噌ベースの汁も美味しいし、豚肉もホウレン草も最高で、スタミナがつきそうな鍋だ。
 あっというまに、中の食材を全て食べきってしまった。

 すっかりと鍋の中をあらいざらい食べると、おなかも十分満足。
「しめはうどんだな? 美味いぜ?」
「もう入らない〜!」
 口ではそう言いながら、おなかに入ってしまうのはお約束である。
 アリオスは冷凍さぬきうどんを中に入れてくれて、それを最後は頂く。
 小どんぶりにうどんを入れてくれて、その上には浅葱とごまがふりかけてある。
「おいしそ〜」
 やっぱり欲望には逆らえなくて、は美味しそうにうどんをすする。
 アリオスが作る料理は、どれもほっぺが落ちるほど美味しかった。
「おいし〜」
「だろ?」
 アリオスもの嬉しそうな顔が大好きで、ずっとみつめていた------

 食事の後はふたりで仲良くお片づけ。
 と言っても、鍋なので殆ど片付けるものはなく、直ぐに終わってしまった。
「今日は凄く美味しかった〜!!!」
「そいつはよかったな」
 大絶賛のに、アリオスは満足げな微笑を浮かべている。
・・・」
「何?」
 アリオスがゆっくりと近づいてくる。
 彼は僅かに口角を上げて微笑むと、を見つめた。
「俺にも”ご褒美”をくれねえか?」
「いいよ?」
 何が来るのか知らずに、は笑って頷く。
 アリオスはそのまま彼女に近づくとそっと耳打ちをした。
「------おまえ」
 これにはは耳まで真っ赤にして俯いている。
 胸がドキドキと激しい鼓動を鳴らす。
 答えはもう自分の中で決まっている。
 がゆっくりと頷くと、次の瞬間にはアリオスに抱き上げられていた-------

コメント

アリ×アンドリーム小説です。
このシリーズの話し自体、凄く、書きやすくって、好きです。

モドル