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Piano Lesson

2

 教えたという事実を否定することは出来ない。
 アリオスは、金曜日に、プリンセスホテルロビーで行われる独奏に、がやってくると踏んでいた。

 また、あの幸せそうな顔で、にぱーと笑うんだろうな・・・。
 いつまでたっても子供だ・・・。

 深い微笑みを浮かべると、アリオスは再びアレンジに集中する。
 まさか、あの鬼才と言われているアリオスが、こんなに穏やかな表情をするとは、誰も想像出来ないだろう。
 のことを思い浮かべるだけで、アリオスはとても穏やかな気分になる。
 それだけで、アレンジという小難しい作業が捗る。
 いつもあの笑顔がそばにある。
 それが活力になって素晴らしい仕事が出来るのだと、アリオスが気がつくのはもう少し後のことである。

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「この週末、デートなの!?」
「まあ・・・、レイチェル、そんなもんかな・・・」
 余りにもの親友の勢いに、は度肝を抜かれつつ、言葉尻をなんとかごまかす。
 正確に言えば、「アリオスを見に行く」だけで、デートではない。
 にとってはどちらも同じようなものなのだが。
「平服はダメなんだって! どうしたらいい?」
「そうねえ・・・」
 じっとを見つめると、レイチェルは思い付いたとばかりに、ニコリと笑った。
「あのゴスロリ調のワンピースはどう? あれだったら、可愛いし、お人形さんみたいでいいわよ。靴とか少しアレンジをすれば、いかにもって感じじゃないしね〜。やってみる価値はあると思うけど・・・」
「うん!」
 しっかりと頷くと、は真剣な眼差しで、レイチェルを見ている。
「薄く化粧をするのもいいかもね。大丈夫! 当日は、このレイチェルが何とかするからね!」
 力強い親友の言葉に、は励まされ、かなり気分がよくなった。
「うん! 後ね、もうひとつお願いが・・・」
 親友が上目遣いでじって見つめる。
 愛らしい表情に、レイチェルはついつい笑って、甘やかせてしまいそうになてしまう。
「ついてきて欲しいの」
「ついて? デートでしょ? どうして?」
 不思議そうに目を丸くし、レイチェルは小首を傾げた。
「エルンストさんと一緒に、出来たら付いてきて」
「どうして・・・?」
 はにかんだ表情のが意図している理由が判らない。
 レイチェルの頭の上には、クエスチョンマークが飛び交う。
「デートっていうより、アリオスがピアノを弾くのを、プリンセスホテルのロビーに見に行くだけなの・・・」
 最後は尻つぼみに声が小さくなり、小さな体をより小さくするを、レイチェルは呆れたとばかりに溜め息を吐く。
「しょうかないわね・・・。いいわ! エルに言っておいてあげる。一緒に行こう」
 オトコマエなレイチェルに、は抱き付いた。
 嬉しくて堪らないという感じで、笑顔が溢れ返っている。
「ありがと、レイチェル!」
「ワタシはさ、アナタの恋を応援したいしね! だって7年もずっと同じ男性が好きなアナタの一途な気持ちが、ワタシは凄いと思うんだ!」
「うん!」
 親友のしっかりとした言葉に、は勇気をもらう気分になった。

 頑張らないとね!!

アリオスへの恋の成就のために、は真っ向から挑もうとしていた。

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 当日は朝から少し緊張していた。
 授業の後、の家でレイチェルが準備をしてくれ、エルンストが6時30分に迎えにきてくれるのだ。
 翌日休みなこともあり、レイチェルたちはそのままプリンセスホテルでお泊まりらしい。

 羨ましいな・・・。

 そんなことをぼんやりと思いながら、は放課後が来るのを誰よりも待ち遠しく思っていた。

 放課後、の家に行き、朝、預けておいた荷物をレイチェルは紐解く。
 レイチェルに言われた通りに、顔を洗って、基礎化粧を整えると、親友はじっと見つめてきた。
「アナタは少し手を加えたら、すごーく綺麗になるんだからね?」
「有り難う」
 親友に面と向かって言われるのは、凄く嬉しいが、妙に照れくさい。
 レイチェルは早速、の化粧を始めた。
「やっぱりアナタは綺麗だよ、うん」
 すべすべとした陶器のような肌は、レイチェルも化粧しがいがあると思う。
 薄目の化粧とはいえ、眉はマスカラ、目はシャドーとライナー、口紅などで彩りを添えていった。
「顔はこれでよし。ワンピース着て」
「うん」
 用意していたゴスロリ風のワンピースを身に付け、ストッキングを履いた。
「髪は、ウィッグがいいわよねー! 少し長い感じに・・・」
 に長め背中ぐらいのウィッグを付けてみる。
 それが余りにもはまり、レイチェルは声にならない感嘆の声を上げる。
「人形みたい・・・! 凄い可愛い! きっとアリオスも喜ぶよ!」
 レイチェルの余りにもの感嘆ぶりに、も鏡を見せてもらう。
 そこには自分とは思えない姿が、映っていた。
「これでアリオスはいちころ!」
「もう、レイチェルったら・・・」
 苦笑しながらも、そうなったら幸せだと、そんなことを考えていた。


 約束の時間にエルンストが現れたので、とレイチェルはプリンセスホテルに予定通りに向かった。
「アリオスさんがピアノをホテルのロビーで弾くなんて珍しいよね」
「お友達が盲腸になったらしいの」
「なるほど」
 納得とばかりにレイチェルは頷いた。
 ほぼ定刻通りに車はホテルに着き、とレイチェルは一足先にロビーに向かう。
 期待が心の中でいっぱいだった。


 まさかあのアリオスがロビーの演奏をするとは、ホテルの誰もが驚いたようだった。
 あくまでアリオスはクールで、時間になると譜面を持ってロビーに向かう。
「ねぇ、今、ロビーにいた女の子見た? 人形みたいですごく綺麗だったよね〜」
 横を通る女達の噂話を耳にしながら、それがまさかだとは、アリオスは思わなかった。
 ロビーに着くと、済みのピアノに向かった。
 ピアノはもちろんスタンウェイ。
 最高級品。
 は、アリオスがピアノに座る様子も、見逃さずにじっと見ていた。
 黒いタキシードのアリオスに魅了されながら、彼の演奏を熱っぽく聴き入る体制を作る。
 アリオスはふと顔を上げた。
 そこには、ウィッグを付け、艶やかさを増した、本当に人形のように美しいが手を振っているのが、見える。

 あいつ・・・。

 心の奥が甘い痛みにかき乱されるのを、彼は始めて感じた。
 指先が静かに鍵盤に落ちる-------
 繊細な音。
 曲は、9月に相応しい月光-------
 アリオス流のアレンジがされてあり、誰もが彼の奏でる調べに耳を傾ける。
 通常、誰も気にとめないロビーのピアノが、一気に格を増し、ロビーがコンサートホールになった。

 やっぱりアリオスは凄いな・・・
 ねえ知ってる? 私はこの人にピアノを習っているのよ?

 誰もが聞き入るアリオスの音を、少しだけは自慢げに感じ、幸せそうに笑っている。
 その笑顔がこちらに向けられてるのを感じ、アリオスは更に胸が苦しくなって、妙な気分になった。

 ッたく・・・、妙な気分だ・・・。
 つい昨日まで、あいつは小学生だったはずなのに、いつしか中学生から高校生になり・・・、ガキから一気に飛び越えて、”女”になりやがった…。

 時折、ヘの男の視線が気になり、アリオスは更に胸の奥がもやもやとするのを感じる。

 くそ!!

 彼女を何度もしつこく言い寄る男を、アリオスは殴りたくなってしまう。
 睨みつけるような視線を送ると、いいタイミングで、レイチェルの恋人エルンストが上手く交わしてくれた。
 心の中がこんなに色々と変化するのは、アリオスがピアノを弾き始めて、初めてのことであった。

 ようやく9時になった。
 アリオスのお役御免の時間。
 そのときを待っていたかのように、彼はむごんですたすたとの元に早足で歩いてくる。
 はアリオスが迎えに来てくれたと思い込んで、にこりと微笑みかけた。
 その瞬間。
 躰が宙にふわりと舞う。
 アリオスはを肩に担いで、再び同じスピードで歩いていく。
 これに呆気に取られたのは、レイチェルとエルンスト。
 一方のもまだ何が起こったのか、十分に把握できてはいない。
「悪ぃな、こいつは俺のものなんでな。もらって帰る」
それだけ言うと、アリオスはを連れてすたすたといってしまった。
「あっ、アリオスっ!」
 余りにものストレートな言葉には真っ赤になる。

 !!
 グッドラック!!!
 後は頑張りなよ!!

 駐車場まで連れて行かれて、ようやく下ろされた。
「アリオス…、あの、今のは…」
 希望的観測で、はアリオスを上目遣いで眺める。
 次の瞬間。
 甘いキスが唇を深く奪ってきた----------
「んんっ!!!」
 余りにも深く、愛撫の激しいものだったから、はアリオスに躰を支えてもらえないと立っていられなかった。
 ようやく唇を離されて、潤んだ瞳で見つめあう。
「------おまえの想い、受けて立つぜ?」
 憎らしい微笑とともに、アリオスは抱き締めてくる。
 もう、にはそれ以上のものは何も必要なんてなかった------

コメント

アリ×アンドリーム小説です。
わ〜ん!!!
アリコレ最高!!
ドリーム万歳(笑)

モドル