すっかり闇に包まれた京都の夜景を、頼久はじっと見つめていた。
彼がかつて生活をしていた京と同じ場所であるはずなのに、今は、夜でも真の闇になることはない。
この時代に、愛する少女と一緒にいるためだけにやってきて早、半年。
今は”モデル”という、かつての自分には考えられないような職業についている。
だいたい、あの時代にはそんなモノはなかった。
だが、武道への未練は断ち切りがたく、仕事の合間を縫っては、近くの寺で週二回、子供たちに剣道を教えている。
いずれは、モデルなんぞは止めて、道場を開くのが夢だ。
もちろん、傍らには愛する少女がいることが絶対条件だ。
今日も彼女は、彼の世話を細かに焼くために、彼のマンションに来ている。
最初は、かつての主である彼女にそんなことをさせるのは気が引けた。
だが、彼女に説得をされて、ようやく受け入れることが出来た。
愛してる・・・。
今は素直にそう感じる。
こちらで覚えた煙草を銜え、頼久は夜の闇をじっと見詰めていた。
「頼久さん、コーヒー…」
食後のコーヒーを手に、あかねはリヴィングに入ると、はっとした。
彼女の瞳には、夜景を見つめる頼久が寂しげに映ったからである。
頼久さん…、本当は寂しいんじゃないの?
私と過ごすために、あなたは全てを捨てて、この時代にやってきてくれた・・・。
だけど、それが本当に正しかったのか、時々不安になる…
あかねの小さな胸が切なげに詰まる。
頼久がどこか遠くを見ているようで、どこか遠くに行ってしまうようで、言い様のない不安に苛まれた。
「神子殿?」
あかねの不安げな視線に気がついたのか、頼久はそっと振り返った。
大きな瞳に涙をいっぱい貯めて、じっとこちらを見ている。
「神子殿!」
すぐさま彼女に駆け寄り、彼はその華奢な肩を抱く。
「どうかされたのですか?」
気遣わしげに揺れる彼の瞳に、あかねは切なさを覚えた。
「…コーヒーはいったよ」
「あ、有難うございます。テーブルに置きましょう」
すっと彼女の手からコーヒーカップの乗ったお盆を受け取ると、彼はソファーの前のテーブルに置いた。
その間も彼女は何かに怯えるような小動物のような眼差しを彼に送る。
「神子殿…」
彼女の不安を取り除くために、彼はそっと抱きしめた。
優しくだけれども暖かい抱擁は頼久らしいとあかねは思う。
「ねえ、前から行ってるみたいに、名前で呼んで欲しいの。私、もう”龍神の神子”じゃないから…」
「はい・・・。あかね殿」
「”殿”はいらないわ」
彼女の言葉に、彼は深い微笑を浮かべると、そっと、彼女の顎に手を置いた。
不安を取り除くにはこれが一番だと感じながら。
「----あかね…」
あかねの瞳が、その低い声に導かれて閉じられる。
二人の唇が、深く重なり合った。
息が出来ないほど激しく、情熱的に、あかねの唇は塞がれる。
頼久は彼女を強く、そしてきつく抱きしめる。
ようやく唇が離されて、あかねは胸で息をする。
「少しは、気がまぎれましたか?」
「うん…、だけど、敬語も止めてね」
彼の広い背中に手を回し、あかねはより強く彼を離さないようにする。
「あかね!?」
「頼久さん、寂しくない?」
不安げに訊かれて、怜悧な彼は彼女の不安な原因を感知する。
「----寂しくない・・・。あなたがいるから…」
深く、慈しみのある眼差しを彼に向けられ、あかねは護られているのを感じる。
「ほんとに? 私がいればいいの!? 」
「はい」
「でも寂しいでしょ? 大好きな仲間にあえなくて!?」
涙がじんわりと湛えられた眼差しを送られると、頼久は切なくなる。
それだけ彼女の涙は威力がある。
「いいえ…。ここにはあなたも天真もいる」
「でも、でも…!!」
「神子殿」
「…んっ!?」
少し困ったような声が聴こえたときには、もう遅かった。
彼の唇に、情熱的に塞がれてしまう。
唇をくまなく愛されて、あかねは頭が白くなるのを感じる。
ようやく、唇に愛を伝え終わると、頼久は更に彼女を大きな愛情で包み込んだ。
「あかね…、私は、あなたがいればどこにいてもいいんです。
反対にあなたがいなければ、生きている意味がない。
あなたさえいれば、この世界は薔薇色に見える。
この時代に来て、本当によかったと思っています」
「本当に!?」
今度は、泣き笑いの格好になる。
「あなたさえいれば何もいらない…」
「頼久さん…」
「愛しています…」
再び唇が重ねられる。
コーヒーの湯気が立ち上り、恋人たちを包み込んでいた・・・。
コーヒーのデザートは、恋人たちの甘いひと時で・・・。
完
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後書き
八葉の方々って、結局自分の時代を捨てて、愛に殉じる訳じゃないですか。
故郷の時代が懐かしいと思うときはあると思うんです。
そういったところから、この創作が出来ました。
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