
AFTER DESPERADO
「まあ、とても美しいですわ。王女殿下」
「有難う、女官長」
今日はいよいよ戴冠式。
アリオスとの結婚式も明日に迫っている。
女王の正装である、純白のオーガンジー使いのドレスを身に纏い、大きなミラーの前に彼女は姿勢良く立っていた。
そこかしこに女王としての気品が満ち溢れている。
ついこの間までは、女子高生をしていたとは到底信じられないほどだ。
「女官長、”アリオス”は?」
その名を聞いて、女官長は深い微笑を浮かべ、まるで彼女を見守る母親のような表情になった。
「礼拝堂の警備がぬかりはないか、最終のチェックをされておられますわ。ホントによく気がつく殿方で…」
厳しいことで知られている女官長が、アリオスを誉めてくれて、彼女は誇らしくさえ思う。
彼が生まれつきの婚約者であったことを、感謝せずにはいられない。
「----あの・・、女官長…」
先ほどまで、女王にふさわしい表情をしていたアンジェリークが、ふいに少女のそれに戻った。
少しはにかんだような、あどけない表情に。
「アリオスを呼んでくれませんか?」
「畏まりました。アルヴィース公爵様をお呼びいたします」
女官長がアリオスを呼びに行こうとした時、力強いノックが部屋に響いた。
そのノックの仕方で、アンジェリークには誰がきたかが判る。
自ら尋ねてきてくれただけなのに、彼女の心は高まって、もうどうしようもないほどに心臓が早鐘のように打つ。
アリオス…。
アリオス、大好き…!
「俺だ」
心地よいテノールが、ドアの前から聞こえて、益々彼女は落ち着かなくなる。
早く逢いたい!
準備が忙しくて、ここ三日もあえなかったから…
「まあ、アルヴィース公爵様。今、殿下のお申し付けでお呼びに行かせて戴くところでしたのよ」
ドアを開けながら、女官超は本当に嬉しそうにアリオスを向かい入れた。
女官長にとって、この若い二人を見るだけでも楽しいのだ。
「王女様。公爵様がお見えですわ」
アンジェリークは、女官長の言葉に頷きながらも、その視線はアリオスに釘づけだ。
今日の彼は、アルカディア軍最高司令官の正装をしている。
濃紺地に金モールが光る軍服姿は、くらくらするほど素敵で、そこに女官長がいなければ、すぐさま抱きついていたことだろう。
それぐらい軍服姿は似合っていた。
肩にかする銀糸が乱れるのが、ひどく艶やかで、それだけで彼女の心を潤んでしまう。
「王女様」
呼ばれて、彼女はようやく我を取り戻して、声の主である女官長を見た。
「あ、何かしら?」
婚約者であるアリオスに見惚れていたことを知られたくなくて、取り繕う彼女に、女官長はほほえましく思った。
「私は控えの間で待機しておりますから、御用があればいつでも仰って下さいませ」
言われた途端、彼女は耳まで真っ赤にして、恥ずかしそうに俯く。
そして小声で「有難う」と囁く。
それだけで充分とばかりに女官長は頷くと、隣の控えの間に入っていった。
二人きりになり、アンジェリークは艶やかな眼差しをアリオスに向ける。
「アリオス…」
「緊張してねえかと思ってな?」
ゆっくりと彼が近づいてくる。
その仕草も堂にいっていて、彼女は見惚れるあまり動くことなんて出来なかった。
形の良い手が、そっと彼女の頬に当てられる。
それだけで、全身に甘いうずきが走り、彼女は思わず瞳を閉じた。
白い頬が、うっすらと上気する。
「…大丈夫よ? 戴冠場所までは、あなたが導いてくれるもの」
「そうか…」
全てを包み込んでくれるような深い眼差しに穏やかな微笑を滲ませ、彼は彼女を見つめる。
その眼差しを見てしまったら。
もう、何もいらないとすら思う。
彼が手を頬から下ろすと、とても残念な気がして、彼女は眼差しでその手を追いかけた。
「綺麗だな…。似合ってるぜ?」
全身をただ、その異色の眼差しで見つめられるだけなのに、彼女の心は深い愛情を感じずにはいられない。
彼のテノールは、とても甘い響きで、心からの賛辞であることがわかった。
「アリオスも…」
「は? ヤローにそんなのはいいんだよ」
少し笑うと、彼はその腕で、彼女をふわりと包み込んだ。
抱きしめられるだけで、安心してしまう。
彼女は彼の精悍な胸に顔を埋めながら、その香りを胸にいっぱい吸い込む。
そうすれば、この、全世界が注目する、厳かな儀式を乗り越えられるような気がするから。
「アリオス?」
「何だ?」
彼はそっと彼女の栗色の髪を撫でる。
「…ずっと…、側にいてね?」
甘く囁かれる、彼女の縋るような言葉。
その甘い想いが、孤独だった彼の心を何よりも満たしてゆく。
言葉だけで、幸せをくれるのは、彼女だけだから。
アリオスは離すつもりなどない。
彼女のためにだけ生きると、そう決めているのだから。
「アンジェ…、俺は、おまえが”側にいて欲しくない”と言っても、側にいる。
おまえだけだ…、アンジェ。俺がずっと側にいたいのは。
判ったな?」
「うん…」
「いい子だ・・」
アリオスはそっと彼女のまぶたに口付け、甘い微笑を彼女に送る。
その笑顔を見るだけで、彼への愛情が日に日に深くなっていることを感じる。
アリオス…。
愛してる。
もうどうしようもないぐらいに・・・
彼の背中に手を這わせれば、ふと銃の感触を感じた。
「アリオス?」
彼女の手が止まった場所で、彼は全てを悟る。
彼女が何を言いたいのかを----
「一応な? おまえに何かあったら困る。
----おまえを守るためだったら、何だってするから」
「・・・ん・・・」
言葉だけで泣けてくるのはなぜだろう。
心が嬉しくて、たまらなくて、彼への愛情が溢れて止まらなくて…。
「こら泣くな? 折角綺麗にしてもらったのに」
「うん、うん」
「しょうがねえ
彼は少し楽しそうにそういうと、彼女の涙を、体温よりも少し冷たい唇で拭ってくれた。
「あ・・・」
彼女はそのまま彼の唇を見つめ囁く。
「ね、キスして?」
「口紅がはげるぞ?」
「・・・いいの・・・」
「ッたく…」
彼女の可愛らしい願いを聞かずにはいられない自分に苦笑しながら、彼女の顎を持ち上げる。
「おまじない、ね?」
「バカ」
そのまま唇が重ねられる。
互いの愛を確かめ合うために。
深く奪い、与え合う。
「あっ…」
何度目かの口付けが済む頃には、戴冠式まで時間が迫っていた。
ちらりとアリオスは腕時計を見る。
「そろそろだな?」
「うん」
アリオスはそっと彼女の手を取り、彼女も彼の腕の中に手を滑らせる。
「アリオス…、ずっと、ずっと、側にいてね?
私の心は、いつもあなただけのものだから」
恥ずかしそうに、だが力強い彼女の言葉に、彼は言いようのない幸福を感じた。
「いつまでもおまえのために生きよう…。
いつまでも愛してる…」
彼の言葉を心に刻み込んで、彼女は深呼吸をする。
その思いがあれば、これからもずっとやっていけそうな気がする。
「行くぜ? 新女王陛下?」
「・・・はい」
アリオスによって、扉が開かれる。
その先に何が待っていても、”二人”ならば頑張っていけそうな気がする。
どんな困難も乗り越えていけそうな気がする。
アンジェリークとアリオスは新たな一歩を踏み出し始めた----
Comment
いつもお世話になっている、空山樹様が「Piece Of Moon」という、とても素敵なサイトを開設されましたので、そのお祝い創作です。
「DESPERADO」の二人の、その後の甘い創作ということで、頑張ってみましたが、いかがでしょうか?
折角のお祝いなのに、ヘンで申し訳ありません。
ヤッパリ甘いの苦手だな(笑)