4月の始め、アンジェリークの両親は、再び海外へ戻ることとなり、アリオスと二人で空港まで見送りにきていた。
「アンジェ、しっかりね。アリオスさんに着いてがんばるのよ?」
「うん…、お母さん」
母と娘は互いに見つめあい、涙ぐんでいる。
暫く逢えなくなるのがお互いに判っているからだ。
「アリオスくん、アンジェを頼んだ。おちょこちょいな娘だが、宜しく頼む」
「はい。アンジェリークは俺が守ります」
「頼んだ」
義理の親子となった、アリオスとアンジェリークの父は、お互いに見つめあいながら、深い微笑を交し合う。
お互い"アンジェリーク”と言う名の絆に強く結ばれ、今や信頼関係が構築されている。
「お父さん、元気でね」
「何かあったら、先ずはアリオス君に頼れ」
「うん…」
父と娘もまた温かい穏やかな光に包まれ、アリオスの心を温かくする。
やがて、搭乗の最終手続きの案内が響き渡り、彼女の両親も荷物を手にする。
「じゃあアンジェリーク、アリオスさん、お正月にはまた帰ってきますから、それまでは体に気をつけてね」
母の穏やかな微笑が二人を包んだ。
「お父さん、お母さんも体に気をつけてね」
手を振りながら、寂しさに少し涙ぐむアンジェリークを、アリオスはそっと腰を抱いて支える。
「それじゃあ」
彼女の両親は何度か振り返った後、静かにエスカレーターに乗って往く。
まるで子供のように、何度も何度も、それこそ見えなくなるまでアンジェリークは両親に手を振りつづけていた。
「アンジェ…」
涙を拭っている彼女を、そっと彼は頭を抱いて慰める。
「ん…、ありがと、アリオス」
「行こうか」
「ん…」
彼にやさしく手を引かれて、両親の飛行機を見送るために展望台へと向かった----
展望台から両親を見送った二人は、車に乗り込み家路へと向かう。
アンジェリークの家は、昨日からアリオスのマンションだ。
車に乗ってからも、アンジェリークは寂しさからかアリオスに甘え、ずっと彼の腕を掴んで離さない。
それが彼には、この上なく可愛く思われる。
「アリオス、帰りはスーパーに寄ってね? 色々お買い物をしなくっちゃ」
「オッケ。"ビッグ・ドラゴン”だな?」
「うん、よろしくね」
車は、二人の思い出の場所で、これからも想い出の場所になるだろう、スーパー”ビッグ・ドラゴン"へと向かった。
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車を駐車場に置くと、二人は仲良く店内へと入る。
今までは、買い物篭は二つだったが、これからは一つだ。
もちろん、それはアリオスが持つ。
「あっ、アリオス、レタスが10円!!」
嬉しそうに指差すアンジェリークの指の先を見ると、確かに『タイムサービス・レタス10円』と表示がしてある
もちろんレタスが載せられているワゴンには、ベテラン主婦たちが、いつものように大挙して群がっている。
「マジかよ」
「待っててね、取ってくるから」
「おい、また、押しつぶされて、押し出されるぞ!!」
「平気!! 主婦はね、これぐらいの競争にも勝たなきゃいけないから!!」
アリオスの制止も聞かず、アンジェリークはワゴンへと走ってゆく。
「しょーがねーな」
苦笑しつつ、アリオスも彼女の後をついてゆく。
彼女は、一人暮らしが長かったせいか、経済観念はしっかりとあり、こういったワゴンセールが大好きなのだ。
ただ華奢な彼女の体では、いつも、ワゴンセールは歴戦練磨の主婦たちに、弾き飛ばされてしまう。
その状況を、彼は幾度となく助けてきた。
アリオスがレタスワゴンを覗きにゆくと、案の定アンジェリークは、またもや苦戦をしていた。
「おい、大丈夫か?」
「アリオス!」
またもやはじき出された彼女の体を支えながら、アリオスは片手で軽くレタスを取って、買い物篭に入れた。
「有難う!! これで朝食、美味しいサラダ作るからね」
嬉しそうな甘い微笑を向けられると、アリオスも思わず嬉しくなり微笑を返してしまう。
出会って始めの頃も、このようにレタスを取ってやって、彼女が嬉しそうにしたことを思い出す。
二人は手を繋いで、他の食材を選び始めた。
「ねえ、アリオス、お昼と夕ご飯は何が食べたい?」
「おまえ」
耳元で甘く囁かれて、アンジェリークは全身から火が出る想いがした。
「もう…、そうじゃなくてご飯のこと!」
はにかみ、俯いてしまった彼女の恥ずかしそうな表情が、なんとも彼は可愛くて、自然と満たされた微笑が彼から漏れる。
「----メシはおまえの手作りだったら何でもいい。おまえは何でも上手だからな。それよりも、俺はおあずけ食って、飢えてるんだからな…、おまえに…」
スーパーという公共の場であるにもかかわらず、彼はすきをついて、彼女の耳を甘噛みする。
「…やん…、も…、アリオスのバカ」
今度は耳まで赤くして、彼女は上目遣いで彼を諌めた。
その表情がどれだけ彼をその気にさせるか、この少女はまるで判っていない。
アリオスは、そんな子供っぽいところも含めて、この天使が愛しくて堪らなかった。
結局、昼食は簡単に出来るシーフードピラフとサラダ、夕食は仔牛のフィレ肉のシェリー風味のソースと合えたステーキ、野菜のポトフと決まった。メニューは結局アンジェリークが考えた。
アリオスとしては、さっさと買い物を済ませて、彼女をいち早くマンションにつれて帰りたかった。
昨夜は彼女の両親が最後の夜ということで、マンションに泊まっていったから、結局は何も出来なかったからだ。
「ね…、なんか変な匂いしない?」
「え? 俺にはいつもの実演販売の釜メシの匂いしかしないぜ? おまえが試食するのが好きな」
実演販売の前を通りかかり、いつもなら強引にアリオスを誘って試食しようとするアンジェリークが、今日に限っては近寄ろうともしない。
「気分が悪いんじゃねーか?」
心配そうに枯れは彼女の表情を覗き込む。
そうすると先ほどよりか、幾分か蒼ざめているようにも思える。
「ん…、ちょっと、匂いにやられたかもしれない…」
「俺がレジはとおってやるから、おまえは入り口のベンチで休んどけ」
「ん…、ごめんね」
アンジェリークはハンカチで口元を抑えながら、ベンチへと腰掛、アリオスが来るのを待つ。
アリオスは、レジの列に並びながらも彼女が心配でたまらず、何度も彼女が座っている方向を覗き込んだ。
素早くレジで清算を済ますと、食べ物が腐らないように保冷材を貰い、袋に食材を詰め込んで、彼女の元へと向かった。
「おい、アンジェ、大丈夫か?」
「ん…、何とか」
言葉ではそういうものの、彼女は今だ気分が悪そうだ。
大きな荷物を抱えているにもかかわらず、彼女を支えて立ち上がらせると、直ぐに駐車場へと向かった。
車に彼女を乗せると、彼はマンションとは反対方向に車を走らせ始める。
「どこにいくの?」
「決まってる、病院だ」
「有難う」
アンジェリークは力なく瞳を閉じる。
そのまま車は、"スモルニィ総合病院”へと向かった。
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アンジェリークが診察室に消えて30分。
アリオスのいらいらは頂点に達していた。
心配で堪らなく、落ち着くために缶コーヒーを飲んだが、いっこうに気分は収まらない。
病院が禁煙のためか、煙草も吸えず、彼は心を持て余す。
アリオスの元に看護婦がやってきて、、彼は立ち上がる。
「アリオスさん、奥様が待ってますから、診察室へどうぞ」
看護婦に促され、アリオスは不安な心を抱えながら、診察室へと向かう。
看護婦に案内されたのは、内科ではなく、産婦人科だった。
「どうぞ、奥様がお待ちです」
促されて中に入ると、そこにははにかんで座るアンジェリークの姿があった。
「あ、ご主人ですか。 産婦人科のリュミエールです。どうぞおかけください」
穏やかに微笑む医師は、彼に一枚の写真を渡す。
それは、白黒で、何かわからないが影がうつっているのがわかる。
「これは?」
「おめでとうございます。3か月ですよ。それは、あなた方のお子さんです。まだ小さすぎて判りませんが」
一瞬、惚けたような顔をアリオスはしたが、その後に喜びが溢れてきて、リュミエールの前なのにもかかわらず、アンジェリークを抱きしめた。
「嬉しい? 私は、凄く幸せよ!!」
「アンジェ…!!」
口付けをしようとした二人に、間髪いれずにリュミエールの咳払いが入る。
「後は、おうちでどうぞ」
「はい。じゃあそうさせてもらいます。アンジェ、行くぜ?」
「うん!! 有難うございました」
アリオスとアンジェリークは手早くリュミエールに礼だけを言って、そのまま彼の言う通り家へと急いだ。
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家に着くなり、アリオスはアンジェリークをソファに座らせ、彼女に深く口づけた。
「お父さんとお母さん、きっとびっくりするわね。…いきなりだから…」
頬を染めてはにかむ彼女は、本当に嬉しそうだ。
「----これから、無理するなよ? 大事な体だからな」
「うん…」
「名前、もう考えてあるんだぜ?」
「え?」
アンジェリークは驚いたように、そして嬉しそうに彼を見る。
「----"レヴィアス”正統なる者。ぴったりだろ? まあ。男だったらだけどな?」
「"レヴィアス”とってもいい名前ね」
二人とも幸せそうに微笑み合った。
アリオスはこのときは思っていなかった。
まさかこのお腹の中にいる子供が、最大の恋敵になろうとは(笑)
アンジェリークはその夜、両親に手紙を書いた。
お父さん、お母さんへ。
もうじき、ママになります----
この私が母親になるなんて、ちょっと信じられないけれど、私たちは、お父さんとお母さんに負けない親になります。
アリオスの大きな心があれば、私はいつでも幸せだけども、もうひとつ幸せの要素が増えて嬉しいです。
今度、お目にかかるときには、家族がひとり増えています。
本当に楽しみです。
では、お体にお気をつけて、アンジェリーク。
アリオスが、実家である"アリオス・インダストリ”を継ぎ、この子供が成長してどうなるかはまた別の物語になる。
ALL OF MY LIFE

コメント
「高校教師」のエピローグです。
まさかこのような展開になるとは、一体誰が想像したことでしょうか(笑)
当初、もう時効だから言いますが、「WHERE〜」の二人の子供が、「FAMILY〜」のレヴィアスにしようと思ってたんですが、やめました。
そしてこの設定は、このキリ番連作の2作目には出来ていた設定なんです。
だから完結編で私は、「中途半端」と書いたのでした。
彼らの子供の活躍は、「FAMILY TIES」でご覧下さいませ。
ここまでお読みいただいた皆様、本当に有難うございました。
高校教師な二人のプロセス編を、また機会があれば書きたいとおもいます。
