路面電車の音を遠くで聞きながら、泰明とあかねは、小さく、そしてすっかり寂れてしまった「安倍晴明神社」に訪れた。
「ここがお師匠が生まれたとされる場所か…」
「ですってね」
泰明は、感慨深げに神社の境内を見渡す。
神社の中は昼間なのに薄暗く、静まり返っている。
「あ、泰明さん!! 手を清めましょうよ!!」
賑やかに言いながら、彼の手を引っ張るあかねに、フッと温かな眼差しを送る。
「しょーがないな、神子は…」
この少女の明るさ、真直ぐな気性が彼を救い、共に生きたいと心から願った。
その願いがかなえられ、今は同じ時空を過ごすことが出来る。
夢のような時間のように彼には思える。
二人は手桶で手を清め、先ずは、晴明の父とされる、安倍保名(泰名)を祀っている「泰名稲荷神社」に参拝する。
ここは、安倍晴明神社の末社として境内にある神社だ。
「泰明さん、晴明様から、ご両親のお話を聞いたことはありますか?」
「----ない」
きっぱりと言われて、あかねは少しおもしろくない。
頬を膨らまして、少し拗ねる風の彼女に、泰明は苦笑する。
まったく、見ていて飽きないな…
「そんな顔をされても、知らないものは知らない」
まるで人形のような----実際元の彼はそうだったが----端正な顔が、困ったように歪む。
その表情が、あかねは大好きだった。
「泰明さんらしい…」
「そうか?」
「うん!!」
自然と自分の腕に腕を絡ませてくる彼女の暖かさがひどく愛しかった。
二人は、神社にお参りを済ませ、ふと、隣にある古びた井戸を見つけた。
「安倍晴明公産湯井の跡」
看板をあかねは読みながら、泰明の顔を見上げた。
「この井戸を、お師匠は本当に産湯を使ったんだろうか…」
じっくりと泰明は井戸を眺める。
井戸には、金物屋で売っていそうな竹で組まれた敷物に、重そうな石が乗っている。
「へえ〜、重そう」
あかねにイタズラ心が芽生え、彼女は、良くない微笑をにんまりと泰明に浮かべた。
「…って、おまえ、まさか?」
いつもは無表情な泰明も、彼女の考えを察して蒼ざめる。
「中が見たいと思わない?」
「おい、やめないか!?」
「へへへ。やってみなくちゃ判らないじゃない」
泰明が制止するのも聞かず、あかねは石を取り除こうとした----
その瞬間----
「きゃあっ!!」
あかねが石に触れた途端、彼女は見えない力に突き飛ばされたかのように、そのまま尻餅をついた。
「神子!?」
素早く泰明は彼女に駆け寄ると、抱き起こす。
「大丈夫か」
「うん…、大丈夫…、あっ!!」
いきなりあかねは大声を上げ、呆然と胸元に手をやった。
「どうした、神子」
「ネックレスの鎖が…、泰明さんに頂いたネックレスの鎖が〜!!」
大きな瞳にいっぱい涙を貯めて、あかねはすまなそうに泰明を見つめた。
「そんなもの、またいつでも買ってやる。これでイタズラは懲りただろう」
「うん」
まだ肩を引き攣らして涙を堪えているあかねが、泰明はひどく愛しい。
「神子…」
突然、唇をふさがれて、今度は別の意味であかねは驚いた。
軽い触れるだけのキス。
それでも、あかねの顔を赤らめるには充分で。
「泣き止んだか?」
コクリ。
あかねは少し恥ずかしそうに頷く。
「さあ、お師匠にお祈りをして帰ろう」
「うん」
泰明に手を差し伸べてもらい、あかねは立ち上がる。
路面電車と、行き交う車の音が、二人を包み込む。
優しい午後のひと時だった。
完
交通アクセス
「安倍晴明神社」
JR天王寺駅・大阪市営地下鉄御堂筋線天王寺駅から
徒歩…20分
天王寺から阪堺電気軌道上町線(ちんちん電車)に乗り換え、東天下茶屋駅下車・徒歩5分
ちんくの家からちゃりで10分(笑)
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後書き
安倍晴明神社は、安倍王子神社の末社として今はひっそりと阿倍野の片隅にある神社です。
機会があれば、是非行ってみてください。
ちなみにあかねちゃんのイタズラしてペンダントの鎖が切れたエピソードは、tinkの実話です。
しかも、安倍晴明神社のお守りペンダント!!
すみません。もうしません(笑)
次回は、頼久さんと「松尾大社〜華厳寺(鈴虫寺)」です。
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