約束の夜空


 合宿の最終日は妙に寂しい------
 氷室と、また、ばらばらの屋根の下で暮らすことになるから。
 ひとつ屋根の下で暮らしてこの一週間は、にとっては何よりも幸せで堪らない日々だった。
 零一のためにだけ作った、ヘルシーな夏野菜カレーも悦んで食べてくれた。
 健康志向の彼のために、密かに玄米を混ぜ込んだご飯なども炊いたのだ。

 零一さん…。
 美味しいっていってくれて、凄く嬉しかった・・・。

 明日はもうはばたき市に帰るせいか、部員たちは打ち上げとばかりに、ロケット花火の派手なものを飛ばしている。
 は、みんなと盛り上がる気分にはどうもなれなくて、ひとりでそっと抜け出し、同じ合宿所の敷地内にある、小さな裏庭の石段に、一人、腰をかけていた。
 明日から氷室と一つ屋根の下で暮らせない。
 それは当たり前のことのはずなのに、妙に胸が痛い。

 零一さんはどう思っているのかな…

 満点の空を見上げて、一人ごちた。
、いないと思ったらここにいたのか」
 聴きなれた声に、ははっとして振り返った。
 そこには、氷室が微笑みながら立っている。
 あの堅物無表情の氷室零一のこの笑顔を見たら、誰もが驚くだろう。
 知っているのはだけ。
 だけが知っている、宝物のような笑顔だ。
「零一さん…!!」
「隣は構わないか?」
「はいっ! もちろん!!」
 嬉しそうに笑うに、氷室は満足そうに頷きながら隣に腰を掛けた。
「皆と過ごさなくて良いのか?」
「零一さんこそ」
「私は君と過ごしたかったからここに来た」
 確かに言葉の感情は何もない。
 だがメガネの下の涼やかな眼差しには、温かな光があるとは知っている。
「-------私も、零一さんと、明日から一つ屋根の下でいられないと思ったら、少し切なくなって・・・。
 騒ぐ気分にもなれなくって、独りになりたくなったんです・・・」
 膝を抱えるが妙に子供っぽく、愛らしく思えて、氷室は穏やかな笑みを浮かべる。
…。私も同じ気持ちだ…」
「零一さん…」
 氷室はそっと柔らかなの頬に触れると、ゆっくりと顔を近づけていく。
 彼女の心を癒す為に。
 触れるだけのキスをする。
 軽く羽根のようなキス。
 氷室のキスは、いつも優しくて、とろけるように甘い。
 は触れるだけのキスに、胸を甘く焦がした。
 自然と二人は肩を寄せ合い、手を握り合って空を見上げる。
「はばたき市では見れない星空ですね…?」
「空に悪いものは一切ないからな」
「はい」
 二人はじっと星空を眺め、その美しさを共有することを、何よりも大切だと考えている。
「今見えている、何億光年と離れている星にも寿命がある…。
 私たち人間は、星よりもずっと短い命だが、命をリレーすることによって、無限の、それこそ星にも負けないほどの命を持っている…」
 氷室の言葉を、はひとつづつ噛締めるかのように聞き入る。
 時折横顔を見て。
 時折、その瞳をみて------
 氷室はふとを見つめた。
 少しだけ表情は緊張しているように見える。
 お得意の咳払いをすると、氷室はの肩を抱く。
「------いつか・・・。この星に負けないように、一緒に命のリレーをしよう…。
 この星の光に誓って…」

 零一さん…!!!

 余りにも遠まわしな言い方が氷室らしい。
 は、彼の意図することを直ぐに感じ取ると、漣のように躰中を喜びが駆け巡っていくのを感じた。
「零一さん…」
 嬉しくて泣く一歩手前まで瞳を潤ませて、は氷室を見つめている。
 氷室は何も言わずに、を優しく腕の中に包み込む。
「いつか・・・。一つ屋根の下にいられるように、この星空に願いを込めよう」
「零一さん…!!」
 はもう言葉を発することが出来ないほど、感動している。
「来年の春には・・・」
 ここまで言いかけて、氷室はやめる。
「零一さん…? んんっ」
 は続きが知りたくて堪らなかったが、訊こうとして唇を軽くふさがれる。

 来年の春にはは卒業する。
 そのときには、この誓いがもっと確かなものになっていると、氷室の言葉で確信する。

 それまで、もう少し待たなくっちゃね・・・

 氷室のキスに酔いしれ、夜空の誓いを胸に秘めたの高校生活最後の合宿が、今、終わりを告げようとしていた--------
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ロマンティックな合宿最後の夜。
定番?


モドル