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kiss


 放課後。
 は氷室がこっそりピアノを弾いているところを捕まえに、音楽室に行った。
「君は、本当にやるのか?」
「先生、私、先生にピアノを習いたいんです」
 の決意は本物だ。
 音大を目指していると、が担任の氷室に打ち明けたのは、ついこの間の懇談。
 
 先生は面を食らったような表情になったけど、その後は、”がんばれ”と言って、笑ってくれた。
 先生は、私に音楽の楽しさを教えてくれた。

 が音大に行きたいと思ったのは、やはり氷室が原因。
 氷室の奏でる音は、あの「完ぺき主義者氷室零一」が奏でているとは思えない、繊細で優しい響きを持ち、あの音がきっかけで、はもっと音楽を真剣にやりたくなった。
 とは言うものの、いざ、音大を目指そうと思って、目の前の壁に立ちはだかったものがある。
 必須科目ピアノである----------

 だって、私は子供のときから、自慢じゃないけど、ピアノはおろかピアニカだってど下手だったんだから

 そのが決死の決断である。
「先生、ピアノは受験の必須科目なんです! 教えていただけませんか?」
 氷室は無表情だった。
 無表情で冷たいのはいつものことだが、は氷室が照れくさそうに眩しそうに笑うことだって知ってる。

 そう・・・。私だけの秘密なんだから-------

「------私など頼まずに、音楽教師に補習をしてもらえばよかろう」
「先生じゃなきゃイヤ」
 きっぱりと言う。
 の頑固さは、完ぺき主義者の頑固者で評判な氷室が呆れるぐらいである。
「だったら、この間連れて行ったジャズバーに、いいピアニストがいるから紹介してやる」
 先生にピアノを習わなければ意味はないとばかりに、はかなり食い下がっていた。
 何をしたって食い下がる自信はある。
「先生が良いんです! 氷室先生が!!」
 時々こうやってストレートに言わないと伝わらないこともあるもの。
 はもちろん粘った。
 一生懸命粘った!!!
 本当に氷室のレッスンを受けたいから、だから必死に縋りつく。
 思い詰めた目で、氷室をじっと見つめる。
 言葉でだめなら、気持ちで押すというわけである。
「…しょうがないな。ピアノの前に座りなさい」
 負けたとばかりに溜息を吐くと、氷室は少し伏目がちにピアノを指差した。
「本当ですか! 先生のピアノも完璧だから!! 凄く嬉しい」
「こら、そんなに喜ぶな」
 ピョンピョンと飛び跳ねると、氷室は慌てて私を制してくる。
 その表情も、やはり好きだと感じるは、「氷室病」重症である。
「ほら、座りなさい」
「はい!」
 ピアノの前に座って脚をぶらぶらさせていると、氷室がもう一つ椅子を持ってきて隣に座ってくれた。
 一瞬、氷室の香りがして、は心地が良い。
、おまえはピアノはどこまでやっている」
「何ですか?」
「ピアノのレッスンの進み具合だ。バイエルとかソナチネとか」
「何ですか? そのバイエルンって、ソーぜー時の一種????」
 これには流石の氷室を目を覆った。
「------…。おまえはそれで音大を目指すのか?」
「ええ! 目指します!!」
 きっぱりと言い切る彼女は、彼が好きな瞳をきらきらと輝かせている。
 これには氷室は勝てるわけがない。

 この俺が11も違う女子高生に振り回されてるんだからな?

 溜息を吐くと、氷室は座りなおした。
「じゃあ、ゆっくり行くぞ?」
「はい!!」
 は本当に嬉しくて、愛らしい顔に満面の笑顔を浮かべてると、不意に、掠めるように氷室の唇を奪った。
「な…!!!」
 いつも冷静沈着な氷室零一も、流石にこれには参ってしまったようである。
 明らかにうろたえている。
 は涼しい顔をして笑うと、頬を赤らめる氷室に耳打ちをした。
「-------私は、何でもアナタから習うんだもん! ピアノもキスも。
 ね、零一さん??」
 11歳年下の、彼の生徒であり恋人であるは、プライベートと同じように彼を呼び、幸せそうに微笑んだ------   

コメント

ちょっと振り回される先生が書きたかったんです(笑)

モドル