陽だまりは直ぐそこにあった。 いつも明るく、元気に、真っ直ぐと見つめてくる、小さな陽だまりの少女------- 彼女が目の前に現われてからというもの、氷室の調子は狂いがちだった。 「先生…! 私、葉月君と同じ学校に行きたいんです!! だから一生懸命勉強しますから、教えてください!!」 最初に零一に元気に言った少女の名は、。 1年の2学期の初めのことである。 真剣に、余りにも何度も懇願するから、零一も勉強を見るのを引き受けずにはいられなかった 直ぐに根を上げると思っていたのにな・・・。 良くついて来た。 放課後の補習は週2回。 氷室の指導は厳しくて、宿題も山のように出る。 それをは文句も言わずにこなし、努力をして、成績も葉月と肉薄するほどにまでなった。 この1年間、彼女は休むことなく、氷室の補習を受け続けてきたのだ。 あれほど根性があるとは思わなかった・・・。 入学式のとき、スカーフが曲がっていると注意した、酷く自信のなさげな少女。 それがだった------ 私を見れば、常に覚えていた、小さな少女…。 マンションの窓から、少女が住んでいる家のほうに視線を這わせる。 灯を見つめるたびに、氷室は切なくなった。 今日、から受け取ったノートには、一生懸命勉強した跡がある。 それを見つめながら、氷室はその一生懸命さに愛しさすら感じた。 手を伸ばしても届かない・・・。 そんなことはとうに知ってる・・・。 彼女が誰を見ているかも・・・。 その笑顔を見たいから・・・。 ただそれだけで、今は… そこまで思って氷室は胸の奥が鋭く痛むのを感じる。 心では言い聞かせているはずなのに、苦い現実を上手く受け入れることが出来ない。 の笑顔------ それを思い出すだけで、心は温かくなり同時に乱れる。 最初は、かけがえない教え子だから、”父親”と同じような感情を抱いているだけだと思っていた。 父親と同じように、やがては離れていくと判っていても、無償の愛情を注ぐ。 純粋な愛------- それだと思っていた。 だが------- 最近は、が葉月と仲良く離しているたびに、一緒に子猫を見たりしているたびに、それを見るだけで、どうしようもない嫉妬に駆られる。 ここまで誰かに固執しようとする感情は、氷室には初めてのことだった。 今日通知された、の中間テストの結果。 どの教科も軒並みの成績アップで、このまま行けば、葉月の志望校の一流大学も手に届くだろう。 「先生! 先生も一流大出身なんですね! 益々行きたくなりました!!」 はいつも素直で、氷室の欲しい言葉だけをくれる。 だからこそ、益々この恋は深くなる。 私が頑張るのは・・・。 君の笑顔の為・・・。 君の笑顔の為なら、どんなことでも笑ってできるような気がする・・・。 が誰のために勉強をしているのかは判っている。 それを思い出すたびに寂しさを禁じえない。 だが------- の傍にいられる限り、ずっと、見守ってやりたい。 それが唯一で着る愛の証のように思えた。 氷室はふっと微笑むと、再び、灯に視線を落とす。 「おやすみ、…」 心に封印したその名をそっと呟いた------ 中間試験の発表------ はとうとう総合でも2位に大躍進した。 教科によっては葉月のものより成績のいいものがある。 「おまえがんばったな?」 「うん葉月君!!」 嬉しそうに微笑み、葉月と話しているを遠くに見守りながら、氷室は職員室に帰ろうとする。 「氷室先生!!!」 大きく元気な声で名前を呼ばれて、氷室は振り向いた。 愛して止まない生徒が一生懸命彼に向かって駈けて来る。 「廊下は走るな、」 「でも、嬉しいんです! 先生!!」 息を切らしながら、見つめてくるが眩しくて、氷室は愛しい。 「君が良く頑張ったからだ。今回は良く頑張ったな? ------」 男としての感情を、彼女の名前を心の中に押し留めて、氷室は満足そうに微笑みかけた--- この感情は、誰にも知られてはいけない・・・。 特に君だけには・・・。 いつかは巣立っていく君を、私は見送らなければならないのだから・・・ |
| コメント ふたりの恋はこれからどうなるんでしょうか?? 切ない片思いをするシリーズにする予定です。 |